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失敗は甘味 

 その後も、買い物デートという名の服選びは続き。

 ランジェリーショップにまで連れ込まれそうになったのを、全力で抵抗なんて一幕もあったけど。


 気がつけば、すっかりおやつ時らしく。

 用件も終わったし、そろそろ解散かなと思っていた頃。

 愛咲さんに「行きたい場所がある」と、あれよあれよと結構人気らしいカフェへと連れられた。


「こちらお冷やです♪ ご注文お決まりになりましたらお呼びくださーい♪」

  

 カップルか女女でしか来なさそうな。

 実際、客の比率は僕を含め男が三人しかいないお店だけど。


 ポップでキュートでファンシーな。

 違う世界の住人のようなメイド服を着こなして。

 にっこり笑顔で接客し、最後にウィンクまでして立ち去っていく店員さんに、つい魅入ってしまう。


 ……ああいうの着て、他人に愛想振りまいて仕事するの、大変だろうな。

 本当、労働者ってすごい。

 バイトさえしたことないし、まともに生きてるつもりもないから知らないけど。

 毎日を必死に、懸命に生きている人達、その輝きをとっても尊敬してしまう。……うん、真似できるとは思えないね。


「ああいう女性の方が、湊くんの好み?」


 多分こういうお店で抱くべきではない、センチな感傷に浸っていると。

 冷たい、とても冷たい声が正面から。

 何だろうと向き直せば、紫紺の双眸が、まるで責めるようにこちらを射貫いてきていた。


「?? いや、別に?」 

「じゃあ服? ああいうひらひら、好みなの?」

「どうだろ。可愛いとは思うけど、普段着には重そうだよね。普段使わないからこそだろうけどさ」


 どこか不安げな愛咲さんの問いに、割と素直に答えを返す。

 

 自分のことだから、薄々知ってはいたけど。

 他人の服装に特別な好みなんて一切ないことに、今日改めて気付かされてしまった。

 

 可愛い人は何着たって可愛いし、綺麗な人もまた同じ。

 僕が何を着ても僕でしかないし、愛咲さんが何着た所でやっぱり愛咲さん。


 何を着ているかではなく、どんな人が着ているか。

 善し悪しやら似合う似合わないは別として、好みであればそれだけ。

 せっかくこんな美人のファッションショーに招待してもらったのに、そんなさもしい感想しか湧いてこなかった。無頓着というより、単に薄情ってだけだね。

 

「それにしても、予約してたんだ。準備がいいね」

「ここのパンケーキカフェ、来てみたかったの。『どんな堅物の心も解す、ふわっふわふわ』が売りのパンケーキ。湊(みなと)くんと来られるなんて、とっても嬉しい」


 ふわっ、ふわふわ……ふわ何個分?

 なるほどね。

 後半、しきりに時計を確認していたのはこれのためだったんだ。納得。


 メニューを確認していけば……うん、どこもかしこもふわふわのパンケーキがいっぱい。

 写真に写るはカラフルで、自宅で作ったらまず成立しない厚み。

 そして何より、目を惹く値段はどれもいい感じ。

 パラパラ捲れど、三桁なんて生易しいパンケーキはどこにもない。というかちゃんとした店でのパンケーキってこんなにするんだ。びっくり。


 ……どうしよう。

 結局愛咲さんチョイスで服をワンセット買っちゃったし、今月はもうそこまで余裕がない。

 流石の僕も餓死は嫌だ。聞く限り、辛いだけらしいからね。それは流石に勘弁だけど。

 

 今もお腹減ったけど、ここはお冷だけ……だと、流石に格好付かないよね。

 何より、一緒に来てる愛咲さんも変な目で見られるかもだ。それは、許されない。

 

 ……そうだ、コーヒーにしよう。

 一杯五百円と、これも中々の痛手ではあるが、

 お金ないデートで店にはいったとき、コーヒー飲んでれば最小限の額で格好付く。近所の兄ちゃんがそう教えてくれたからね。元気にしてるかな、近所の兄ちゃん。


「……あの、その、今日は付き合ってくれてありがとう。……あと、さっきはごめんなさい。少し、はしゃぎすぎてしまったわ」

「あーうん。今度から、もう少し声抑えようね」

「ええ。……本当に、みっともなかった。反省しないと」


 注文を済ませ、暫しの一時。

 不意に切り出された愛咲さんの謝罪に、僕はそうだねと苦笑しながら言い淀むことしか出来ず。

 また彼女も、申し訳なさそうに身を縮めながら、粛々と受け入れるばかり。

 

 ──というのも、だ。


『きゃー! 湊くんかっこいい、こっち向いて!』

『うーん、いい! とってもいいわ! まるで芸術よ!』

『え待って。え、え、何これ。こんなの、素敵すぎる。ああ駄目、すごい、たまんない……♡』


 事は愛咲さんでは、僕の服を選んでいた際のこと。


 アイドルのライブかってくらいに、それはもう。

 思わず僕の方が恥ずかしくなってしまうくらいには、脇目も振らず。


 別段、容姿に優れているわけでもない。

 何ならマネキンの方が着こなしてくれるであろう、そんな凡庸相手に、爛々と目を輝かせながら。

 スマホ片手にああも喜べるというのだから、恋は盲目というのは本当らしい。


 ……にしても、まさか。

 まさかこの僕が、誰かにファッションショーする機会があろうとは。

 ほんと、人生ってのは何が起きるか分からないもんだ。面白くはなかったけど、面白いね。


「……うへ」

「愛咲さん。顔顔。溶けてるよ」

「ふえ!? ……ご、ごめんなさい。つい楽しかったの、思い出してしまっていたから」


 どうしてか、によによしていた愛咲さんを窘めると、実に可愛げのある反応をしてくれる。


 ……そっか。

 僕は買い物に付き合っていただけで。

 何もしてあげられてないし、むしろ一方的にしてもらっていた側だけど。

 それでもきみに楽しいと感じてもらえたのなら、よかった。時間を奪うだけにならずに済んだ。

 

「お待たせしました♪ こちら当店自慢、季節のふわっふわふわパンケーキになります♪ ごゆっくりどうぞ♪」


 そうして運ばれてきたのは幾枚と重なった、とっても分厚いパンケーキ。

 あと少しで夏だからか。

 上にはレモンの輪切りが数枚と、これまたふんわりな生クリーム。シロップは小皿で。


 メニューの写真を見たときから、分厚いなとは思っていたけど。

 これはすごい。

 自宅で作るのとは間違いなく別物。正直値段に納得いってなかったが、これならば、確かにあの額でも頷けてしまうほどボリューミーさだ。


 ああすっご。

 一枚一枚があんなに分厚いのに、まるで綿みたいにナイフが簡単に入ってしまっている。


 ……ごくり。


 あ、駄目駄目。唾呑まない。凝視しない。

 あれは僕のじゃないんだから、ここはグッと紳士っぽく、卑しさ出さずに冷静に。

 僕一人じゃこんなパンケーキ、視覚は疎か存在さえ縁なかったのだから、感謝して一瞥を。


 ああ、そうだ。コーヒー飲もう。

 このコーヒーだって一杯五百円の贅沢品。

 食感は皆無だけど、コンビニに置かれてる十円ガムよりかはお腹も膨れるし、カフェインも取れる──。

 


「──湊(みなと)くん。あーん」



 コーヒーの苦みは人生の苦み。

 そんな気持ちで、必死にふわふわパンケーキへ目がいかないよう心がけながら、自分の五百円に口をつけようとしたときだった。


 愛咲さんから、僕の方へと差し出されたフォーク。

 穂先に刺さっていたのは、今さっきナイフで分けられたパンケーキの一欠片。


「……えっ、と?」

「あーん」

「……あ、あーん」


 頬を多少赤らめながら。

 それでも差し出し続けられたその一欠片を、僕はついされるがまま口へと入れてしまう。


 ──瞬間、あったはずのものが、溶ける。


「!?」

 

 想像を超えた一口。

 厚みがあったはずなのに、いとも簡単に解けていく。

 経験などないが、雲を口に入れたかのような。


 ……美味しい。

 なにこれ、めっちゃ美味しい。

 おまけにレモンの爽やかさとクリームの甘さが邪魔せず共存している。こんなの、初めて。


「ふふっ、美味しい?」

「うん。すっごいね。今まで食べたパンケーキって、偽物だったのかな」

「そんなことはないと思うけど?」


 少しの苦笑で頬を、口を綻ばせながら。

 愛咲さんは自身もまた一口食べ、感激を露わにしたあと、再び僕へと欠片を差し出してくる。


「……あんまり僕に渡すと、なくなっちゃう──」

「私の物は私の勝手。そうでしょ?」


 まるで、僕の言うことなどお見通しと。

 まるで、僕の扱い方など把握済みだと。

 愛咲さんは目を細め、僕の遠慮の言葉へ言葉を被せながら、更にフォークを近づけてくる。


 ……まいったね。

 どうやら、コーヒー一杯で済まそうとしたのは失敗だったみたいだ。


 次回からは、きっちり返せるように。

 打算でけちるもんじゃないと、この人口は次への戒めだ。……うん、甘くて美味し──。



「あれ、愛咲さん?」



 再び受け入れ、口へと入れた。

 その直後、すぐ隣から、愛咲さんを呼ぶ声が。


 振り向けば、そこにいたのは茶髪の女性。

 僕の知らない誰かが、笑顔でこちらに声を掛けてきた。

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