何着ても似合うよね
実に優雅な、僕らしくない朝の一時が終わり。
別段、用という用もなく。
また今日の朝食の残りか、冷蔵庫に少しばかりの食べ物が補充されてしまったおかげで買い出しの必要もなくなった僕は、悩みもせずに愛咲さんの提案に頷いた。
そうして、多少の食休みを挟み。
化粧の類など必要ない僕はとっとと着替えて、デート──愛咲さんの買い物に付き添いに出た。
電車に乗ったり降りたりと。
そうして訪れたのは、僕んちの近所の閑静さとは対極な、無数に人の行き交う街の中。
巨大なモールがあって、ここらじゃ一番の規模なんで、歩けば同じ学校も人もいるんじゃないかな。知らないけど。
……なんていうか、面白い。
学校通うためだけに、人間溢れる都会へ出る平日でもなし。
まさか僕が休日なんぞに、こんな街中へ躍り出ることになろうとは。恐るべしだね、デート。
……それにしても。
それにしたって、だ。
「……どうしたの?」
「いや、おしゃれだなって。服の名前とか分からないけど、今日もよく似合ってるね」
「そ、そう? 少し大人しくしすぎたかなって思っていたけど、湊くんに褒められると、とっても嬉しい……」
進みながらもどうにも感じてしまう、無数の視線に居心地の悪さを抱く中。
手を握り、隣を歩く愛咲さんに尋ねられるも。
さらりと誤魔化すついでに素直に褒めれば、愛咲さんは少し頬を赤らめながら、お礼を言ってくる。かわいい。
隣を歩く愛咲さんは、やはり綺麗だった。
ピンクのエプロンが可愛さに寄らせていただけで、剥ぎ取ってしまえばそうなるのは当然。
黒を基調としたコーデの相乗作用。
学生とは思えない大人びた雰囲気の美人味は、例え露出が少なかろうとも、周囲の目を惹いてしまうのが至極当然。
……とはいえ。
だからこそと、そう言うべきかもしれないが。
『き、綺麗……!!』
『隣の子、弟かな?』
『彼氏……なわけないか。服ダサいし、流石に釣り合ってなさ過ぎだもんな』
恰好のせいか、それとも単純に容姿のせいか。
ともかく、身長差も相まって。
どうにも僕の扱いは、手を繋いでいても弟か何かとばかり。男として、論外扱い。
彼氏と嫉妬される面倒がないというべきか。彼氏と見られることさえない現状を、恥じるべきか。
……懐には痛手だけど、一セットくらい、まともな外行きの服買っておかなきゃね。
別に僕が好き勝手言われるのも、舐められるのもどうでもいいけど。
僕の服装のせいで愛咲さんまで低く見られるのは、ちょっと申し訳ないからね。この罪悪感に比べたら、僕の食事がちょっぴり減るくらい、何てことはないとも。
……ふふっ。
それにしても、まさか、彼女が出来たことで悩みが増えるだなんて。
まさか僕に彼女が出来るだなんて、想像さえしてなかったからさ。なんか、面白いね。人間やってるね。
「それで愛咲さん」
「なあに?」
「買い物だって言ってたけどさ。行き先、聞いてなかったよね。今日は何を買う予定なの?」
「あ、ごめん。えっと、服を見たいの」
「服」
「そう、服。えっと、湊くんの好みを少しでも知りたいの。近づけたいの」
……ほう?
「……ふうん。愛咲さんは、何を着ても可愛いと思うけど?」
「……あのね、そういう話じゃないの」
「そうなんだ」
「そうよ。意地悪ね」
残念、もっとたちの悪いことに素だ。
そっか。
それじゃ、仕方ない。
愛咲さんは何を着ても綺麗だったり可愛かったりだし。
わざわざ僕の好みで服を買ったりするなんて、無駄遣いでしかないと思うのだけど。
それでも。
いいじゃんとは、あんまりならないけども。
愛咲さんがそう決めたのなら、愛咲さんがそうしたいのなら、喜んで僕は尊重するとも。
愛咲さんのお小遣いで、愛咲さんが服を買うのだから、口を挟む筋合いはないとも。
……でも、そうだね。
こんな機会だし、せっかくだしね。
「……じゃあさ、もし良かったら僕のも選んでよ。次からは愛咲さんの好みの恰好で、隣を歩きたいな」
「え、いいの?」
「いいよ。あんまり高いとNG出しちゃうけど、そこは容赦して欲しいかなって」
「ええ、ええ! あなたが望んでくれるのなら、私、頑張って選ぶわ!」
断られること前提に。
それでも一応僕が頼んでみると、愛咲さんは目を輝かせ、どうしてか両手を握り奮起した様子を見せてくる。
断られなかったのは、嬉しいけど。
他人の服を選ぶの、そんなに喜べるのはどうしてだろうか。
少々理解出来ない感性に、内心では首を傾げつつ。
けれど、おくびに出すまいと心がけながら。
まずは愛咲さんの方の服を見に行くことになり、付きそう形でモール内の服屋へと入っていく。
こういうお店に入るの初めてだけど、なんていうかこう。
うん。
愛咲さんの連れとしても、個人としても、僕って存在が非常に場違いな気がしてならないね。
「少し待ってて」
試着室へと入る愛咲さん。
その間一人なので、
それにしても、この一着が……うげ、四桁なんてザラじゃん。
たかだかシャツの一枚でこの高さ。
これ一枚買わないだけで、一週間は贅沢出来るだろうね。
やっぱりさ、いい感じのお店の衣類ってのは、相応にいいお値段してるよ。
適当なマネキンワンセット、上下揃えて一万弱であれば良心的。
すごいね。物価高騰のせいかな。それとも単に、僕の懐と心が貧しいってだけかな。きっとどっちもだね。うへー。
と、適当な値札一枚に、みみっちい思考が浮かんでしまっていたとき。
シャララと。
目の前の赤いカーテンが開けば、そこにいたのは、先ほどとは違う恰好の愛咲さん。
「これ、どう?」
「いいね。なんていうか、とってもらしいよ」
ゆったりとした、ロングワンピ。
カジュアルと清楚。
高校なんぞ通り越して、インテリな女子大生かと思えるほどに窺えてしまう余裕が、彼女の上品さをより引き立たせている。
「これはどう?」
「うん。合ってる」
次。
お店を変えて、ロングカーディガンにデニム。
これから暑くなる季節にも負けない涼しい女性らしさが、とてもグッときてしまう。
「えっと、露出が、少し、多くて恥ずかしいのだけど……」
「おおっ」
更に次。
またお店を変えて。
今度は少し頬を赤らめながら見せてくれたのは、さきほどまでとは一風変わった衣装。
こういうの、フェミニンって言うのかな。
ボディラインがしっかりと出ているそれは、より扇情的で、色めく大人と呼ぶべき服装。
それに、ああ、何より。
その魅力的な太もも。スラリと長くありながら、確かにある肉付き。
流石はバレー部というべきか。運動している女子の体の魅力が、これでもかと押し出されている。
まったく、これはいけない。それ以上は、おっぱい以上によろしくない。
これは毒。往来の欲を誘う誘蛾灯。
健全に生きる小中学生にでも見せてしまえば、生涯の癖が高身長美女に固定されてしまうこと間違いなし。ああ、まさしく劇毒だ。
「……露骨ね。スケベ」
「そんなことないよ。自慢じゃないけど、僕ほど潔白な男子高校生、そういないと思うよ」
顔に出てしまっていたか。それとも、まじまじ見すぎだったか。
しらーっと。
渋い目をしてくる愛咲さんに、我ながら面白いほど言い訳が出てきてしまう。
でもまあ。
この状況だと、非常に見苦しいとは思うけど。
それでも健全な部類だと思うよ。仮にも男子高校生なのに、家にエッチな本とかないしね。




