↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『五歳の徳川慶喜に転生した大学教授、幕府滅亡まであと二十七年』 〜本能寺で信長を救えなかった俺は、今度こそ江戸幕府を終わらせない〜  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/31

第26話 武士をなくすのではない

「父上」


「なんだ」


「武士に、大砲を学んでもらいたいのです」


「うむ」


「測量も」


「うむ」


「医術も」


「うむ」


「外国語も」


「……」


「船も」


「うむ」


「帳簿も」


「それはもう聞いた」


「大事なのに!」


「分かった!」


「本当に?」


「分かったと言っておる!」


「では」


 俺は。


 一度。


 息を吸った。


「そのためのお金をください」


 父が黙った。


 俺も黙った。


 部屋の隅で。


 小野寺新吾が目を閉じた。


 佐久間は。


 いつもの右頬すら動かさない。


 嫌な沈黙である。


「父上?」


「……」


「聞こえています?」


「聞こえておる」


「では」


「ない」


「はい?」


「金はない」


 今度は。


 俺が黙った。


「父上」


「なんだ」


「もう一度」


「嫌だ」


「まだ何も言っていません!」


「もう一度言わせる気であろう」


「はい」


「嫌だ」


「言ってください!」


「なぜだ!」


「現実を確認するためです!」


「現実なら変わらん!」


 父が。


 ものすごく嫌そうな顔で言った。


「金はない!」


 言い切った。


 清々しい。


 いや。


 清々しくない。


 全然。


 清々しくない。


「……ないのですか」


「ない」


「少しも?」


「少しはある」


「あるではありませんか!」


「使い道がある!」


「では、それを」


「駄目だ!」


「まだ何も言っていません!」


「お前の顔を見れば分かる!」


「私の顔は、そんなに分かりやすいのですか!」


「かなり」


 小野寺が言った。


「小野寺!」


「事実です」


「今は父上と話しています!」


「では黙ります」


「最初からそうしてください!」


「七郎麻呂!」


「はい!」


 また。


 父に怒鳴られた。


 最近。


 誰と話していても。


 最後は父に怒鳴られている気がする。


 たぶん。


 気のせいではない。


     ◇


「父上」


「なんだ」


「本当に」


「うむ」


「お金がないのですか」


「しつこい!」


「大事なことです!」


「だから、ない!」


「水戸藩なのに?」


「水戸藩でもだ!」


「大きな藩なのに?」


「大きければ金が湧くと思うな!」


「でも」


「七郎麻呂」


「はい」


「お前は」


 父が。


 少しだけ。


 意地の悪い顔をした。


「国を変えると言ったな」


「はい」


「大砲を作る」


「はい」


「船を造る」


「はい」


「学校を作る」


「はい」


「外国語を学ぶ」


「はい」


「人を数える」


「はい」


「帳面を直す」


「はい!」


「全部」


 父は言った。


「金がかかるぞ」


 俺は。


 何も言えなかった。


 知っている。


 もちろん。


 前世では。


 知っていた。


 政策には財源が必要だ。


 行政にも。


 軍事にも。


 教育にも。


 医療にも。


 インフラにも。


 金がかかる。


 大学の講義でも。


 何度も言った。


『財源なき政策は願望である』


 とか。


 偉そうに。


 学生へ。


 言った。


 だが。


 今。


 五歳の俺は。


 父親に。


「お金をください」


 と言っている。


 情けない。


 ものすごく。


 情けない。


「若君」


 小野寺が言った。


「何です」


「今」


「はい」


「ご自身でも情けないと思っておられます?」


「なぜ分かるのです!」


「顔に」


「もう嫌です!」


 俺は額を押さえた。


 だが。


 逃げている場合ではない。


「では」


 俺は言った。


「帳簿を見せてください」


 父の目が。


 細くなった。


「何の」


「藩の」


「駄目だ」


「なぜ!」


「五歳だからだ!」


「また年齢!」


「当たり前だ!」


「未来を知っている五歳です!」


「便利に使うな!」


「では六十二歳の夢を見た五歳です!」


「もっと怪しい!」


「父上!」


 小野寺が。


 顔を背けた。


「笑いましたね!」


「いいえ」


「肩が!」


「咳です」


「佐久間殿の真似をしないでください!」


 佐久間が。


 静かに言った。


「私の咳は、本物にございます」


「絶対に嘘です!」


「七郎麻呂!」


「はい!」


 また怒鳴られた。


     ◇


「若君」


 その時。


 佐久間が。


 珍しく。


 自分から口を開いた。


「はい」


「一つ」


「何です」


「お聞きしても?」


「どうぞ」


「若君は」


 佐久間は。


 ゆっくりと言った。


「武士に、新しい役目を与えたいと」


「はい」


「そう仰せでしたな」


「はい」


「では」


 少し間を置く。


「今の役目は、どうなさるのです」


 俺は黙った。


「今の役目?」


「はい」


「例えば?」


「半兵衛殿に大砲を学ばせる」


「はい」


「では」


「……」


「今、半兵衛殿がしている武芸の指南は」


「……」


「誰が?」


 まただ。


 何か新しいことを始める。


 すると。


 今まで誰かがしていた仕事が。


 消えるわけではない。


「他の者が」


 言いかけて。


 止まる。


 佐久間を見る。


「その人にも、今の仕事がありますね」


「おそらく」


「ですよね」


「はい」


 俺は。


 少しだけ。


 天井を見たくなった。


 政治。


 面倒だ。


 本当に。


 何か一つ動かすたび。


 別のところが動く。


 椅子取りゲームみたいだ。


 いや。


 もっと悪い。


 椅子が足りないのに。


 座る人間を増やそうとしている。


「では」


 父が言った。


「どうする」


「……」


「答えろ」


「今考えています!」


「遅い!」


「五歳に求めすぎです!」


「都合のよい時だけ!」


「もう聞き飽きました!」


 俺は。


 半ば本気で。


 頭を抱えた。


「若君」


 小野寺が言う。


「何です」


「一つ」


「はい」


「新しい役目を増やすのであれば」


「……」


「今の仕事を減らさないと」


「はい」


「人は足りません」


「そうですね」


「そして」


 小野寺は。


 父を見る。


「新しいことを学ばせるなら」


「……」


「学んでいる間も、食わせねばなりません」


 父が。


 俺を見る。


「聞いたか」


「聞きました」


「金が要る」


「はい」


「どうする」


「……」


 俺は。


 苦しくなった。


 でも。


 逃げるわけにはいかない。


「父上」


「なんだ」


「私は」


 一度。


 言葉を選んだ。


「武士をなくしたいのではありません」


「それは聞いた」


「でも」


「うむ」


「今のままにしたいわけでもありません」


 父の表情が。


 少しだけ変わる。


「刀を持つことだけが武士なら」


「……」


「刀で勝てない時代が来た時」


「……」


「武士はいらないと言われます」


「……」


「だから」


 俺は続けた。


「役目を変えたい」


「どう変える」


「武士を」


 一度。


 息を吸う。


「国を守る専門家にします」


 父の眉が動いた。


「専門家?」


「その道を」


「……」


「長く学び」


「……」


「鍛え」


「……」


「役目として担う者です」


「例えば」


「大砲なら」


「うむ」


「大砲を撃つだけではありません」


「……」


「射程を知る」


「……」


「火薬を管理する」


「……」


「弾を運ぶ」


「……」


「地形を調べる」


「……」


「敵との距離を測る」


「……」


「壊れたら直す」


「……」


「それを」


 俺は言った。


「全部、仕事にします」


 父は黙る。


「船も」


「……」


「ただ乗るだけではありません」


「……」


「造る者」


「……」


「動かす者」


「……」


「海図を読む者」


「……」


「風を読む者」


「……」


「物資を管理する者」


「……」


「病人を見る者」


「……」


「そして」


 俺は。


 小野寺を見る。


「帳面をつける者」


「なぜ私を見るのです」


「何となく」


「やめてください」


「嫌ですか」


「嫌な予感がします」


「まだ何も言っていません!」


「だから怖いのです」


 父が。


 少しだけ。


 笑った。


 空気が。


 ほんの少し緩む。


「七郎麻呂」


「はい」


「つまり」


「はい」


「武士を増やすのか」


「……」


 俺は。


 少し考えた。


「役目を増やします」


「同じでは」


「違います」


「どこが」


「人を増やせば」


「うむ」


「金がもっと要ります」


「そうだ」


「でも」


「うむ」


「今いる武士の中で」


 言う。


「向いている者を」


「……」


「違う役目へ動かす」


 父が。


 俺を見る。


「それを嫌がる者もおる」


「はい」


「誇りを傷つけられたと言う者も」


「はい」


「家格が違う」


「はい」


「先祖代々の役目だと」


「はい」


「どうする」


 俺は。


 すぐには答えられなかった。


「話します」


 答えた。


 父の顔が。


 少し呆れたようになる。


「それだけか」


「それだけです」


「何年かかる」


「分かりません」


「間に合うのか」


「分かりません!」


 思わず。


 声が大きくなった。


 父も黙る。


 俺は。


 少し息を吐いた。


「でも」


「……」


「黙って命令すれば」


 俺は言った。


「早いです」


「うむ」


「でも」


「……」


「怒った人間が」


 半兵衛の顔を思い出す。


「心までついてくるとは限りません」


 父は何も言わない。


「だから」


 俺は続ける。


「少し遅くても」


「……」


「話します」


「……」


「何を失うのが怖いのか」


「……」


「何なら受け入れられるのか」


「……」


「どうすれば」


 一度。


 言葉を切る。


「古い時代に置いていかれたと思わずに済むのか」


 父は。


 長く。


 俺を見た。


「七郎麻呂」


「はい」


「お前は」


「何です」


「随分と」


 少しだけ。


 皮肉っぽく。


「人の心を気にするようになったな」


 胸に。


 あの言葉が蘇る。


 お前には。


 人の心がない。


 まだ。


 父は言っていない。


 この未来では。


 まだ。


 でも。


 俺は知っている。


 いつか。


 父と。


 もっと大きな喧嘩をする。


 その時。


 その言葉が。


 俺を傷つける。


「……少しだけ」


 俺は答えた。


「少しか」


「全部は分かりません」


「そうだろうな」


「父上は?」


「何がだ」


「人の心」


「分かる」


「本当に?」


「お前よりは」


「怪しいです」


「何だと!」


「昨日も玄庵先生を怒鳴ったでしょう!」


「あれは必要だ!」


「何のために!」


「気合だ!」


「またそれ!」


 やっぱり。


 この人に。


 人の心を分かると言われると。


 少し。


 納得できない。


     ◇


「若君」


 小野寺が。


 会話が落ち着いたところで言った。


「はい」


「一つ」


「何です」


「新しい役目を作る」


「はい」


「学ばせる」


「はい」


「それはよいとして」


「はい」


「誰から始めます」


 俺は止まった。


「誰?」


「一度に全員は無理です」


「……」


「金もない」


「……」


「人も足りない」


「……」


「時間もない」


「……」


「なら」


 小野寺は。


 淡々と言う。


「最初の一人を決めるべきです」


 俺は。


 小野寺を見る。


 父を見る。


 佐久間を見る。


 なるほど。


 一冊から。


 始めた。


 なら。


 一人から。


 始めればいい。


「半兵衛殿」


 俺は言った。


「武芸指南の?」


「はい」


「大砲を学ばせるのか」


 父が聞く。


「いえ」


「では」


「まず」


 俺は。


 少しだけ笑った。


「本人に聞きます」


 父が鼻を鳴らす。


「また話すのか」


「はい」


「面倒だぞ」


「知っています」


「嫌だと言われるかもしれぬ」


「知っています」


「怒るかも」


「それも」


「なら」


「それでもです」


 俺は答えた。


「本人が」


「……」


「何に向いているのか」


「……」


「何をしたいのか」


「……」


「まず聞きます」


 小野寺が。


 少しだけ。


 俺を見る目を変えた。


「何です」


「いえ」


「言ってください」


「若君」


「はい」


「以前なら」


「何です」


「勝手に決めていましたね」


「……」


 痛い。


「そうですね」


「素直ですな」


「今日は!」


「普段は?」


「あなた、本当に失礼です!」


 父が笑った。


 佐久間も。


 珍しく。


 右頬だけではなく。


 少し声を出して笑った。


「佐久間殿!」


「申し訳ございませぬ」


「絶対に思っていないでしょう!」


     ◇


 その日の午後。


 半兵衛を呼んだ。


 正確には。


 父が呼んだ。


 俺にはまだ。


 自由に人を呼びつけるほどの権限はない。


 そこは。


 悔しいが。


 父を使う。


「七郎麻呂」


「はい」


「使うな」


「何を」


「わしを」


「顔に出ていました?」


「出ておる!」


 もう。


 本当に。


 嫌になる。


 半兵衛は。


 俺の前に座った。


「若君」


「はい」


「本日は」


 少しだけ警戒している。


「また刀を?」


「持ちません!」


「そうですか」


「少し残念そうですね!」


「いえ」


「今、絶対に!」


「若君」


 小野寺が言う。


「何です」


「本題を」


「はい!」


 俺は。


 半兵衛を見る。


「半兵衛殿」


「はい」


「新しいことを学ぶ気はありますか」


「何を」


「それは」


 一度。


 止まる。


 以前なら。


『大砲です』


 と即答したかもしれない。


 でも。


「何に興味があります?」


 聞いた。


 半兵衛が。


 少し驚いた顔をした。


「私が?」


「はい」


「……」


「何でも」


「何でもと言われましても」


「では」


 俺は考える。


「大砲」


「うむ」


「測量」


「うむ」


「船」


「……」


「外国語」


「嫌です」


 父が横から答えた。


「父上には聞いていません!」


「嫌なものは嫌だ!」


「半兵衛殿に聞いています!」


 半兵衛が笑う。


「私は」


「はい」


「測量に」


「……」


「少し」


 俺は身を乗り出した。


「興味が?」


「以前から」


「なぜ」


「地形を読むのは」


 半兵衛が言う。


「戦にも必要です」


 俺は。


 嬉しくなった。


 すぐに。


『では学んでください』


 と言いそうになる。


 でも。


 止まる。


「学びたいですか」


 聞いた。


 半兵衛が。


 俺を見る。


「学ばせていただけるなら」


「本当に?」


「ただし」


 来た。


 最近。


 もう慣れた。


「何です」


「今の役目を」


「……」


「捨てる気はございません」


 俺は頷いた。


「捨てなくていいです」


「両方?」


「最初は」


「……」


「少しずつ」


 答えた。


「無理なら」


「……」


「また考えます」


 半兵衛が。


 しばらく俺を見た。


「若君」


「はい」


「以前より」


「何です」


「随分と」


 少し笑う。


「無理を言わなくなりましたな」


「褒めています?」


「半分は」


「残り半分は!」


「以前がひどかった」


「ひどい!」


 父が笑った。


 小野寺も。


 佐久間も。


 皆。


 笑った。


「何ですか!」


「いや」


 父が言う。


「少しは賢くなったな」


「昨日よりは?」


「うむ」


「毎日それを言うのをやめてください!」


     ◇


 その夜。


 俺は帳面に書いた。


 **武士をなくすのではない。**


 その下に。


 **武士の役目を、次の時代まで増やす。**


 さらに。


 **刀を奪うのではなく、刀以外も持てるようにする。**


 そして。


 もう一行。


 **ただし、新しい役目には金がかかる。**


 筆が止まった。


 嫌な現実だ。


 人を学ばせる。


 金が要る。


 学校を作る。


 金が要る。


 大砲。


 金。


 船。


 金。


 薬。


 金。


 紙。


 金。


「……全部金ではありませんか」


 思わず呟いた。


「今頃気づいたのか」


 背後から。


「父上」


「何だ」


「今日は驚きません」


「そうか」


「もう分かっています」


「つまらんな」


「まだそれを!」


 父が。


 俺の隣に座った。


「七郎麻呂」


「はい」


「国を変えるにはな」


「はい」


「金が要る」


「知りました」


「では」


 父が。


 少しだけ。


 嫌な笑い方をした。


「どうする」


「……」


「わしに出せと言うのか」


「できれば」


「嫌だ」


「早い!」


「ないからな」


「少しはあるのでしょう!」


「使い道がある!」


「では帳簿を見せてください!」


「駄目だ!」


「なぜ!」


「お前は絶対に何か言う!」


「当たり前です!」


「だから嫌なのだ!」


 また。


 喧嘩になった。


 でも。


 俺は。


 もう決めていた。


 人を変える。


 役目を変える。


 国を変える。


 なら。


 まず。


 金の流れを知らなければならない。


 水戸藩に。


 どれだけ入って。


 どれだけ出て。


 何に使い。


 何が足りないのか。


 知らなければ。


 何も始まらない。


 そして。


 翌朝。


 俺は父のところへ行った。


「父上」


「なんだ」


「帳簿を」


「嫌だ」


「まだ全部言っていません!」


「分かる!」


「見せてください!」


「嫌だ!」


「父上!」


「七郎麻呂!」


 朝から。


 屋敷に。


 また怒鳴り声が響いた。


 黒船来航まで、あと十五年。


 幕府滅亡まで、あと二十七年。


 そして。


 俺が。


 水戸藩の本当の懐事情を知るまで。


 あと少し。


 問題は。


 俺が帳簿を見た瞬間。


 思わず。


「父上」


「なんだ」


「これ」


 一度。


 言葉を選んで。


 それでも。


 言ってしまうことだった。


「……かなり苦しくありません?」


 父の顔が。


 怖くなった。


「七郎麻呂」


「はい」


「表へ出ろ」


「なぜです!」


 やっぱり。


 金の話は。


 人を怒らせる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。