はじめてのお買い物
セレスティアたちが来てから次の日です
翌朝、ユノベルの屋敷に朝日が差し込み、小鳥の鳴き声が庭園から聞こえてくる。
昨夜からこの屋敷で暮らすことになったセレスティア、アイリス、フィオナの三人にとって、初めて迎える朝だった。
「よく眠れましたか?」
朝食の席でレイが尋ねる。
「はい、おかげさまで久しぶりに安心して眠ることができました」
セレスティアが微笑んだ。
「私もです。ベッドに入った瞬間、朝になっていました」
アイリスもふふふと笑う。
しかし、フィオナだけは少し眠そうだった。
「私は何度か目を覚ましてしまいました……」
「もしかしてベッドが合わなかった?」
「いえ、そうではありません。あまりにも静かなので……」
フィオナは紅茶を飲みそのおいしさにおどろき一気に目が覚めた。
「…おいしい」
そして、周囲を見た。
そしてふぅーと息を吐き昨夜の出来事を思い出していた。
(あれほどの者たちが屋敷の中にゴロゴロいると分かっていて、完全に警戒を解くのは難しいです……)
「フィオナ?」
「な、何でもありません!」
セレスティアに呼ばれ、フィオナは慌てて首を振った。
そんな三人の前へ朝食が並べられていく。
焼きたてのパン。
卵料理。
新鮮な野菜。
スープ。
果物。
「すごいですね!お城で朝食をいただいているようです」
セレスティアが感心していると、ミオがパンを手に取る。
「毎朝こんな感じよ。みんな料理も上手だから」
「料理も……」
アイリスとフィオナが同時に反応する。
昨日見た異常な身体能力を思い出したのだろう。
「何でそこに引っ掛かるの?」
レイは不思議そうに首を傾げた。
「あっ、い、いえ……」
二人は同時に目を逸らした。
食事が進み、しばらくしたところでレイがセレスティアたちを見る。
「そういえば、三人とも荷物はあれだけ?」
「はい。あまり多く持ち出せば国外へ逃れることを悟られる可能性がありましたので、必要最低限の物しか……」
セレスティアの表情が少し曇る。
衣服も日用品も、数日分しか持ってきていない。
これから長期間この国で生活することを考えれば、到底足りる量ではなかった。
レイは少し考える。
「じゃあ今日、買いに行きましょうか」
「えっ?」
「生活に必要な物。ずっと同じ服ってわけにもいかないでしょう?」
「ですが、私たちは……」
「いいじゃない。私もちょうど街に行きたかったし」
ミオが話に加わる。
「せっかくだからユノベルも案内してあげましょうよ」
「いいんじゃない?」
レイも頷いた。
セレスティアは申し訳なさそうに二人を見る。
「ですが、これ以上お世話になるわけには……」
「買ってあげるとは言ってないよ?」
「えっ?」
「俺もいろいろ金がかかる年頃でね」
レイが笑いながら肩をすくめ言うとセレスティアが勘違いに気づく。
「あ……」
セレスティアの頬がほんのり赤くなる。
アイリスが思わず吹き出した。
「ふふっ……」
「アイリス!」
「も、申し訳ありません!」
ミオも笑いを堪えている。
「もちろん要るものを買う時には貸してあげるから安心して。まずは必要な物を見に行きましょう」
「……ありがとうございます」
セレスティアも恥ずかしそうに笑った。
朝食を終えてしばらくすると、一行はユノベルの街へ向かった。
レイ、ミオ、セレスティア、アイリス、フィオナ。
そして――
「な、なんで私も……」
最後尾をリリアナが歩いていた。
「せっかくだし荷物持ちに」
レイが冗談混じりに言った。
「せっかくって何ですかぁ……」
昨日、とんでもない秘密を聞いてしまったリリアナ。
(絶対、楽しんでますよね)
今日は休日ということもあり、引きこもって気持ちを整理するつもりだったのに気付けば同行することになっていた。
もちろん今日はメイド服ではなく私服姿だ。
リリアナは前を歩くレイたちを見る。
(レイさんは王子様……ミオさんは王女様……セレスティア様も王女様……王族が三人……私、なんでこんなところ歩いてるんですかぁ……)
「リリアナ、遅れてるよ」
「ひゃい!」
(絶対にあそばれてる)
レイに呼ばれ、小走りで追い掛ける。
そんなリリアナの様子を見て、ミオもくすくす笑っていた。
「絶対、内緒ですからね?」
リリアナの心のうちがわかっているかのようにミオがリリアナに言った。
「はいぃーもちろんですー!」
(でないとわたし、消されてしまいます〜)
リリアナがミオに返事した。
ユノベルの中心街へ到着すると、通りは多くの人々で賑わっていた。
飲食店や衣料品店、雑貨店などが立ち並び、露店からは威勢のいい声が飛び交っている。
「随分賑やかな街なのですね」
セレスティアが周囲を見渡す。
「学院の近くではありますが、あちらとはまた雰囲気が違います」
「温泉街もあるから旅行者も多いんだ。あの温泉宿ができてから一気にこの町も大きくなったんだ」
レイが説明する。
アイリスは興味津々で露店を眺めていた。
「あれは何ですか?」
「あれ?」
「丸い生地に何か入っています」
「食べてみる?」
「はい!」
数分後、
「熱っ!でも美味しいー!」
「これはシェルナ村でとれた新鮮なオクトパスを使ったたこ焼きって言う食べ物だよ」
その他にもアイリスは買った菓子を頬張り、目を輝かせていた。
「アイリス、私たちは買い物に来たのですよ」
フィオナが呆れる。
「一つくらいいいじゃないですか。フィオナも食べます?」
「私は……」
アイリスがたこ焼きを差し出す。
「……一つだけ」
フィオナも口へ運ぶ。
そして僅かに目を見開いた。
「あっつ!ん〜美味しいです」
「でしょう?」
「二人とも目的忘れてない?」
セレスティアが苦笑した。
「ほらほら、セレスティア様もー」
「私は…オクトパスはちょ…ん、あっ美味しい!」
「でしょう?」
そのまま商店街を歩いていると、リリアナが小さな露店の前で足を止めた。
「あっ、これ……」
店先には薬草や乾燥させた植物が並べられている。
「どうしたの?」
レイが振り返る。
「いえ、この薬草なんですけど……珍しいものなんです。この辺りではあまり見かけない種類なので」
薬師を目指すリリアナは興味深そうに一本の薬草を手に取った。
「お嬢ちゃん、薬草に詳しいのかい?」
店主の男性が尋ねる。
「少しだけです。これ、状態もすごくいいですね」
「分かるのかい? それなら一本持っていきな。今日最後の一本だから、おまけだ」
「えっ!? いいんですか?」
「ああ。どうせ今日はもう店じまいだからな」
「ありがとうございます!」
リリアナは嬉しそうに薬草を受け取った。
「よかったね」
「はい!」
レイたちはそのまま歩き出す。
そして一行が離れて数秒後――
「……ん?」
店主が先ほど薬草の置かれていた籠を持ち上げる。
その下から、小さな金貨が一枚転がり出てきた。
「なんだこれ!? いつからここに……?」
その金貨は、リリアナが最後の一本を取らなければ見つからなかった場所に挟まっていた。
「おお! 今日はついてるな!」
店主の嬉しそうな声が響く。
だが、リリアナには聞こえていなかった。
さらに少し歩いたところで――
「わっ!」
人混みから飛び出してきた子供とぶつかりそうになり、リリアナが慌てて横へ避ける。
「ひゃぁっ!」
その拍子に足元の小石を蹴飛ばした。
カンッ!
小石が道端の木箱へ当たる。
すると木箱の陰から一匹の猫が飛び出した。
「にゃあ!」
「えっ!?」
驚いた猫が露店の屋根へ飛び乗る。
その衝撃で、今にも外れそうになっていた看板が――
ガタン!
誰もいない場所へ落下した。
直後、小さな子供が走り抜けていく。
「…………」
リリアナは少し首を傾げた。
「危ない看板ですねぇ……」
それだけ言って、何事もなかったかのようにレイたちを追い掛ける。
看板があと数秒遅く落ちていれば、その子供の頭上へ落下していたかも知れないことをリリアナは知る由もなかった。
その後、一行は衣料品店へ入った。
「いらっしゃいませ!」
店員が元気よく迎える。
セレスティアたちは店内に並ぶ服を見渡した。
これまで王宮で用意された服を着ることが多かった三人にとって、自分たちで街の店を回って服を選ぶこと自体が新鮮だった。
「セレスティア、これ似合いそう」
ミオが一着のワンピースを手に取る。
「私にですか?」
「うん、動きやすそうだしかわいいデザイン!絶対似合うと思う」
「では、試着してみますね」
セレスティアが試着室へ向かう。
その間にアイリスは別の服を手に取った。
「これ、動きやすそうですね」
「アイリス、それ男性用ですよ」
「えっ!?」
フィオナに指摘され、慌てて元へ戻す。
その横ではリリアナが静かに服を見ていた。
レイが声を掛ける。
「リリアナは買わないの?」
「わ、私は今日は付き添いですから」
「そう?」
「はい!」
リリアナは王子や王女たちと一緒に行動していると思うとふわふわした気持ちになっていた。
(これ以上この人たちに関わったら、また何かとんでもない秘密を知ってしまいそうです〜!)
そんなことを考えているとは知らず、レイは「そっか」と答えた。
しばらくすると試着室のカーテンが開く。
「いかがでしょうか?」
セレスティアが少し恥ずかしそうに姿を見せる。
王女らしい豪華な衣装とは違う、ごく普通の街娘が着るような服。
しかし、それが逆に新鮮だった。
「やっぱり思った通り!かわいいーすごく似合ってる!」
ミオが即答する。
「とてもお似合いです、セレスティア様」
フィオナも微笑む。
「うん。普通の女の子みたいでいいと思う」
レイが言った。
「普通の……女の子……」
セレスティアは自分の服へ視線を落とす。
そして、静かに微笑んだ。
「ありがとうございます。では、これにします」
その後もアイリスとフィオナの服を選び、日用品や生活雑貨を購入していく。
気付けば両手には大量の紙袋。
「……買いすぎたかな」
アイリスが苦笑する。
「必要な物ばかりですから仕方ありません」
フィオナが答える。
セレスティアは三人の荷物を見て、小さく笑った。
「こうして自分たちで生活に必要な物を選ぶというのも、楽しいものなのですね」
その言葉にレイが振り返る。
「やっぱり王宮では自分で買い物しないよね」
「そうですね。必要な物は用意されていましたから」
「そっか」
レイにとっても王族として暮らしていた頃は似たようなものだった。
だからこそ、今の学院生活やユノベルでの日常を気に入っている。
「だったら、これからいっぱいやればいいよ」
「……はい」
セレスティアは嬉しそうに頷いた。
「荷物が多くなってしまったからやっぱりリリアナを連れてきて正解だったな、はははは」
レイがそう言うと、
「お役に立てて光栄ですぅ〜」
リリアナが恐る恐る言った。
「学院にいるときは気をつけてね」
「はいぃ〜」
リリアナは生きた心地がしなかったという。
––夕方
一行は屋敷へ戻ってきた。
「疲れたー」
アイリスがソファへ倒れ込む。
「お行儀が悪いですよ」
「だってー今日くらいいいじゃないですか」
フィオナが注意するが、その顔にも疲労が見える。
今までの張り詰めた空気を考えたら当然である。
セレスティアは購入した荷物を眺めながら、満足そうに微笑んでいた。
「今日は本当にありがとうございました」
「いいよ。俺たちも楽しかったよ」
レイが答える。
その時、ミオが何かを思いついたように手を叩いた。
「そうだ」
「どうしたの?」
「せっかく三人がこの屋敷で暮らすことになったんだから、ちゃんと歓迎した方がよくない?」
「歓迎?」
「歓迎会よ」
レイは少し考える。
そして笑った。
「いいね。せっかくだし、屋敷のみんなも集めようか」
「それがいいと思うわ」
セレスティアが慌てる。
「そんな、私たちのためにそこまでしていただかなくても……」
「もう決定ー」
ミオが笑う。
「明日は盛大にやりましょう」
レイも頷いた。
「うん。みんなで盛大な歓迎会にしよう」
その言葉を聞いたリリアナは、嫌な予感がしていた。
(屋敷のみんなが集まる歓迎会……? 私、絶対また何かに巻き込まれますよね……)
こうして翌日、
セレスティア、アイリス、フィオナの三人を迎えるため――
屋敷総出の歓迎会が開かれることとなった。
そしてそれは、レイたちにとって記念すべき一日になるのだった。
セレスティアたち一行は久しぶりに息抜きができたようです




