最強門番クロエ
最強門番のクロエ嬢の登場です。
クロエは幼い頃、小さな村で暮らしていた。
周囲を深い森に囲まれたその村では、狩りを生業とする者が多かった。
仕留めた獲物は村の食料となり、余った肉や毛皮は街へ持っていき金に換える。
クロエの家も同じだった。
父親が森へ入り、母親が家を守る。
そんな家庭で育ったクロエにとって、幼い頃から最も身近な憧れは父親だった。
父は村で一番の狩人だった。
大きな斧を武器に、自分よりも遥かに大きな獣を仕留めて帰ってくる。
クロエは、そんな父親の姿を見るたびに目を輝かせていた。
「ねえ、お父さん」
「どうした?」
「私もお父さんみたいに斧で強くなって、狩りができるようになりたいの」
クロエは父親の斧を見つめる。
「私にもできるかな?」
「うーん……」
父親は少し困ったような顔をした。
できることなら、かわいい娘に危険なことはさせたくない。
森には獣だけでなく魔物もいる。
狩りを仕事にするということは、常に危険と隣り合わせになるということだ。
だが、期待に満ちた娘の顔を見ていると、駄目だとも言えなかった。
「クロエが毎日ちゃんと鍛えれば、お父さんくらいにはなれるかもしれないな」
「ほんと!?」
「ああ。ただし、まずは薪割りからだ。斧の使い方はお父さんが教えてやる。それでもやるか?」
「やる!」
クロエは迷うことなく答えた。
父親としては、少し続ければ満足して、そのうち別のことに興味を持つだろうと思っていた。
しかし、その予想は外れた。
クロエは毎日のように薪を割り続けた。
父親から教わった斧の振り方を何度も練習し、身体が成長するにつれて使う斧も少しずつ大きくなっていった。
最初は娘に危険なことをさせたくなかった父親も、クロエが本気だと分かると考えを変えた。
「クロエ、腕の力だけで振るんじゃない。腰を使え」
「こう?」
「もっと踏み込め」
「分かった!」
父親から本格的に斧を教わるようになり、やがてクロエは一緒に森へ入るようになった。
初めて獲物を仕留めた日のことは、今でも覚えている。
父親に褒められたことが嬉しくて仕方なかった。
もっと強くなりたい。
もっと大きな獲物を倒したい。
そうして成長したクロエが選んだ武器は、父親のものよりさらに巨大な斧だった。
「……クロエ」
「何?」
「本当にそれを使うのか?」
「うん。これが一番しっくりくるから」
「そうか……」
父親ですら返事に困るほどの大きさだった。
クロエの身体を遥かに超える超巨大斧。
普通の人間なら持ち上げることすら難しい。
だが、クロエはそれを自在に扱えるまでになっていた。
そんなある日。
近くの街で武闘大会が開催されるという話を聞いた。
腕に自信がある者なら誰でも参加でき、優勝者には賞金も出る。
クロエが興味を持ったのは、賞金だけではなかった。
(私って、どれくらい強くなったんだろう)
村では父親以外に本気で戦える相手などいない。
外へ出れば、自分より強い者がたくさんいるのかもしれない。
それを考えると、自然と胸が高鳴った。
武闘大会当日。
街のコロシアムには多くの参加者と観客が集まっていた。
剣や槍を持つ者。
魔法を得意とする者。
見るからに屈強な戦士。
クロエにとっては、初めて見る者ばかりだった。
だが、そんな参加者たちの中で最も注目を集めたのはクロエだった。
正確には、クロエが持つ超巨大斧だった。
「あんなでかい斧、本当に使えるのか?」
「見かけ倒しだろ。あんなもの振り回せるわけがない」
「実は見た目だけで、めちゃくちゃ軽いんじゃないの?」
笑い声が聞こえる。
クロエは少しむっとした。
(好きに言ってればいいもん)
自分がどこまで通用するのか。
それを確かめるために来たのだ。
そして、試合が始まった。
「始め!」
最初の対戦相手が剣を構え、一気に距離を詰めてくる。
「うおおおおっ!」
クロエは超巨大斧を両手で握った。
「えいっ!」
ブオンッ!!
「なっ――!?」
振り抜かれた斧を受け止めようとした剣が、大きく弾き飛ばされた。
相手は呆然と自分の手を見る。
クロエも目を丸くした。
「……あれ?」
「そこまで! 勝者、クロエ!」
思っていたよりも、あっさり勝ってしまった。
その後もクロエは勝ち進んだ。
試合を重ねるたび、最初は笑っていた観客たちの反応が変わっていく。
そして、初出場のまま決勝戦まで辿り着いた。
最後の相手も倒した瞬間、コロシアムに大歓声が響いた。
「優勝は――クロエ選手ぅぅぅぅ!!」
「うおおおおおおお!」
「すげぇ! あの娘、本当に強かったぞ!」
「あの斧を見た時からやると思ってたんだよ!」
「さっき見かけ倒しって言ってただろ!」
クロエはその場で呆然としていた。
(私が……優勝した?)
勝てるかどうかすら分からなかった。
最初は誰にも期待されず、笑われていた。
それなのに今は、大勢の人間が自分へ歓声を送っている。
「……ふふっ」
自然と笑みがこぼれた。
(めちゃくちゃ気持ちいい!)
それをきっかけに、クロエは各地の武闘大会へ参加するようになった。
もっと強い相手と戦いたい。
今度こそ自分より強い者に会えるかもしれない。
そんな期待を抱いて大会へ出続けた。
しかし、いつしかクロエが出場すれば優勝することが当たり前になっていった。
初めの頃はクロエの豪快な戦いを楽しみにしていた観客たちも、結果が分かりきった試合には少しずつ興味を失っていく。
「またクロエの優勝か」
「最近の武闘大会、結果が分かってるからなぁ」
「誰かもっと強い奴、出てこないのかよ」
その言葉を聞きながら、クロエ自身も同じことを思っていた。
(誰か……もっと強い人いないのかな)
優勝しても、以前のような喜びはない。
勝てるかどうか分からなかった頃の緊張もない。
次の相手なら。
次の大会なら。
そう期待して参加しても、結局は同じだった。
やがてクロエは、誰にも引退を告げることなく武闘大会へ出るのをやめた。
そして現在。
クロエはルーヴェン王国の王城で門番をしている。
「ふわぁ……」
大きな欠伸が出る。
王城の正門は今日も平和だった。
人々が出入りすることはあっても、当然ながら襲撃者など現れない。
「あーあ……つまんない」
クロエは超巨大斧を肩に担いだまま空を見上げた。
仕事が終われば、ご飯を食べてエールを飲む。
その後は風呂に入り、眠る。
明日になれば、またここに立つ。
平和なのだから、それでいい。
分かってはいる。
だが、クロエには退屈だった。
「この間、レイ様が武闘大会をやるって言ってたけど……」
少しだけ気にはなっていた。
レイの護衛をするメイドを選ぶための武闘大会。
自分の力を試すために出てみないかと誘われた。
「でもなぁ……」
クロエは小さくため息をつく。
「出たって、どうせ……」
昔と同じ結果になる。
そう思うと、わざわざ参加する気にはなれなかった。
「やっぱり、やめとこ」
そう呟いた時だった。
「あなたがクロエですか?」
「ん?」
声をかけられ、クロエが振り返る。
そこに立っていたのは、美しいエルフの女性だった。
黒を基調としたメイド服。
見覚えがある。
王城で働いているメイドの一人だ。
「はい、クロエですが」
「先日、レイ様が武闘大会にあなたをお誘いしたと申されておりました」
「ああ……」
クロエは納得する。
「レイ様のところのメイドの方ですか?」
「ええ。エフィリアと申します」
「確かに先日、レイ様から自分の力を試すのに出てみたらどうかと誘われました」
クロエは少し困ったように笑う。
「ですが、正直あまり興味が……」
そこまで言って、
「……えっ?」
クロエの表情が固まった。
目の前にいたはずのエフィリアが――いない。
確かに油断はしていた。
戦闘中でもない。
だが、クロエは間違いなくエフィリアを見ていた。
視線を逸らしてもいない。
(どこに――)
ゾクッ――
「……っ!?」
全身に鳥肌が立った。
後ろ。
背後から、恐ろしいほどの殺気を浴びせられている。
(いつの間に……!?)
反射的に斧へ手を伸ばそうとして、
止まった。
いや、
動けなかった。
背中を見せている。
それなのに、攻撃できる気がしない。
少しでも動けば、その瞬間に何かをされる。
そんな感覚が全身を支配していた。
(何、この人……)
心臓が激しく鳴る。
怖い。
それなのに、
(……強い)
その感覚に気づいた瞬間、クロエの目が僅かに見開かれた。
いつからだろう。
誰かを見て、純粋に強いと思わなくなったのは。
自分より強いかもしれない。
戦ったらどうなるか分からない。
そんな相手を、ずっと探していたはずなのに。
やがて、背後から感じていた殺気が消えた。
「……」
それでもクロエは動けない。
耳元にエフィリアの声が届く。
「武闘大会で優勝して――」
「……!」
「わたしたちのところに来なさい」
静かな声だった。
そして、
「待ってるわ」
耳元でそう囁くと、エフィリアはクロエから離れていった。
「……」
クロエはその場に立ち尽くしていた。
エフィリアの背中が遠ざかっていく。
追いかけることも、声をかけることもできない。
「……何、あの人」
背筋が震える。
だが、
嫌な震えではなかった。
(ゾクゾクする……)
久しぶりだった。
勝てるかどうか分からない相手を見つけた時の、この感覚。
「ああああぁぁぁ……」
クロエは片手で顔を覆った。
「行かないつもりだったのに……」
もう一度、エフィリアが去っていった方向を見る。
「何なの、あの人……」
口ではそう言いながら、
クロエの口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
(あの人がいるんだ……)
レイのところには。
自分がまったく動きを捉えられないほどのメイドがいる。
なら、
他にもいるのだろうか。
もっと強い者が。
自分の知らない強者が。
「……武闘大会」
先ほどまでは出るつもりなどなかった。
だが今は、
「ちょっとくらい……出てみようかな」
退屈だったクロエの日常に、
久しぶりに楽しみができた。
クロエ嬢、すんなり武闘大会に出場してもいいものですが、どうやら雲行きが怪しいですね。
クロエ
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