ユノベル襲撃
主様の町に襲撃がありました。
――リベルタ国。
ドン・ボッタクーレ邸。
「なぜだ!なぜこんなに売り上げが落ちとる!一体どうなっとるんだ!!」
ドン・ボッタクーレの怒声が屋敷中に響き渡った。
目の前には帳簿が何冊も積まれている。
どれを見ても数字は右肩下がり。
特にユノベル周辺での落ち込みは酷かった。
「どうやら、新しくユノベルにできた商店へ客が流れてしまっているようです。それに温泉施設ができてからは、リベルタの客まで向こうへ行くようになりまして……」
部下の一人が恐る恐る報告する。
「ユノベルにもうちの店はあるだろうが!なぜこうも売り上げが落ちるんだ!」
「それが……」
「なんだ!」
「うちの武器や防具が粗悪品だという噂が広まっております。今ではほとんどの客が、新しくできた商店で買うようになったとか……」
「だったらそいつらの真似をしろ!向こうより価格を下げて客を奪い返せ!」
「……それも試しました」
「なら、なぜできん!」
「同等以上どころか、同じ品質の物すら作れなかったんです!」
「なにぃ!?」
ドンが机を叩く。
「リベルタとユノベルにいた腕のいいドワーフたちが、ほとんど向こうの商会へ移ってしまいました。うちに残った作業員だけでは、とてもあの品質の物は……」
「だったらドワーフどもを引き抜き返してこんかい!このボケどもが!」
「すでに接触しました!」
「なら連れてこい!」
「それが……『二度とお前らのところはごめんだ』と一蹴されまして……」
「ぐぬぬぬぬ……!」
ドンの顔がみるみる赤くなっていく。
そして――
「だったら力ずくで奪ってこい!」
「え?」
「店も!商品も!職人も!全部だ!」
「し、しかし……」
「もういい!お前らでは話にならん!」
ドンは乱暴に椅子から立ち上がった。
「それをこっちで手配する!」
――同じ頃。
人の目が届かない地下深く。
薄暗い一室に置かれた巨大な円卓。
そこには冥府十王が集まっていた。
「まだまだ足らぬ!」
重苦しい空気の中、一人の男が声を上げる。
グラディウス。
「もっとだ!もっと強い魔力を持つ者を集めろ!」
その言葉に、円卓の一角から男が立ち上がった。
「なら、次は俺がやってやろう」
冥府十王の一人――ヴァルゼオン。
「任せて大丈夫なのか?」
「ああ」
ヴァルゼオンは余裕の笑みを浮かべた。
「人間を利用する」
「人間?」
「俺たちが一人ずつ探し回る必要はない。人間ども自身に、魔力の高い者を見つけさせればいい」
「ほう」
グラディウスが目を細める。
「期待していいんだな?」
「好きなだけ期待していろ」
ヴァルゼオンはそう言い残し、その場を後にした。
「ヴァルゼオン様」
別室へ移動したヴァルゼオンを、一人の女性が待っていた。
彼の側近――アストレア。
「きっとうまくいく事でしょう。その時には私をもっともっと愛してください」
「ああ。間違いなくうまくいく」
ヴァルゼオンはアストレアの腰を引き寄せ、軽く口づけを交わす。
「お前が協力してくれるんだ。それに――」
アストレアを見つめる。
「そうでなくても、俺はお前を心から愛している」
「あぁ……嬉しい、ヴァルゼオン様」
「まずはアストレア。お前がユノベルを襲え」
「私が?」
「ああ。魔族の軍勢だけでも十分だろうが、ちょうど都合のいい人間が話を持ちかけてきた」
ヴァルゼオンが笑う。
「ドン・ボッタクーレという商人だ」
「商人?」
「ユノベルに新しくできた商会のせいで、自分の商売が傾いているらしい。金で雇った冒険者崩れやゴロツキを使って町を奪いたいそうだ」
「くだらない理由ですね」
「ああ、人間などそんなものだ」
ヴァルゼオンにとって、ドンの商売などどうでもよかった。
「そいつらと魔族を率いてユノベルへ進軍しろ。町を制圧し、住民を捕らえる」
「その後は?」
「頃合いを見て俺が現れる」
ヴァルゼオンが口元を歪める。
「俺がお前たちを倒したように見せかける。そして――ユノベルを救った英雄の誕生だ」
「なるほど」
「二度とこのようなことが起きないよう、俺が町を守ってやるとでも言えばいい。住民から信用を得た後、魔力の高い者を選別する」
「ですが、そのような回りくどいことをしなくても、直接捕らえてしまえばよろしいのでは?」
「それでは効率が悪い」
ヴァルゼオンは首を振った。
「俺たちには、人間の中から強い魔力を持つ者だけを簡単に見分ける手段がない。一人ずつ調べて回るわけにもいかん」
「それで人間を?」
「ああ。ドン・ボッタクーレはユノベルを制圧した後、住民を奴隷として選別するつもりらしい。その際、魔力の高い者をこちらへ横流しする。それが奴との取引だ」
「人間に人間を選ばせるのですね」
「そういうことだ」
ヴァルゼオンが笑う。
「せいぜい利用させてもらおうじゃないか」
――その夜、ユノベル。
町の人々が眠りにつき、街灯だけが静かな道を照らしていた頃。
屋敷の一室では、黒十華の面々が集まっていた。
「ユノベルへ向かって進軍してくる集団を確認しました」
ミリエルの報告に、エフィリアの表情が変わる。
「規模は?」
「アビス・ローゼスからの報告では約千。冒険者崩れやゴロツキと思われる人間に加えて、魔族も多数混じっているそうです」
「千……」
ルピナが考え込む。
「どこかの国の正規軍ではなさそうですね」
「ええ」
エフィリアも頷く。
「この時期にユノベルを狙うなら、おそらく月華商会に客を奪われた商人の逆恨みでしょうね」
「ほんと、迷惑な話ですね」
ミリエルが苦笑する。
「寝静まった真夜中を狙っているようです。町へ光や音が漏れないよう、周囲をカモフラージュします。同時に戦闘の被害が町へ及ばないよう結界を張ります」
「お願い」
「はい」
エフィリアは他の面々を見る。
「千人程度なら全員で出る必要はないわね」
「そうですね」
「セフィラには最初の一撃をお願いするわ。リズは大規模魔法で敵の主力を削って。ルピナはリズの魔力制御と状況判断を補助」
「任せてください」
「分かったわ」
「了解!」
「エルフィとエルミナも行ける?」
「もちろん!」
エルフィが楽しそうに短剣を抜く。
「主様の町を奪おうなんて、なんでそんな馬鹿なこと考えるんだろうね、エルミナ」
「本当ね」
エルミナが長大なライフルを手に取る。
「二度とそんなことを考えられないように、思い知らせてあげましょう」
「私も結界の維持が終わり次第、リズの補助に回ります」
ミリエルが言う。
「お願い」
エフィリアが頷いた。
その時、リズが杖を肩へ担ぐ。
「それじゃ――」
にやりと笑った。
「お仕置きの時間だね!」
「「「お仕置きの時間だっ!」」」
––––ユノベルから少し離れた平原。
闇の中を、巨大な集団が進んでいた。
その数、およそ千。
武器を持った人間たち。
冒険者崩れ。
ゴロツキ。
金で雇われた者たちだ。
そして、その中には明らかに人間とは異なる気配を放つ魔族たちが混じっている。
その先頭に立つのはアストレアだった。
(これだけの軍勢がいれば、失敗するはずがない)
ユノベルはもう目前。
真夜中の奇襲。
町の人間が気づいた時には、すでに手遅れになっているはずだった。
「このまま進め!」
アストレアが号令を出す。
その時だった。
ユノベル側の空が――光った。
「……何?」
次の瞬間。
「こちらの結界、展開完了しました」
遠く離れた場所でミリエルが告げる。
巨大な結界がユノベルと戦場を隔てる。
光も。
音も。
戦闘による衝撃さえも。
眠っている町へ届くことはない。
「さぁ、先制攻撃よ」
ルピナが視線を上げる。
「セフィラ!」
「了解!」
セフィラが大弓を引き絞った。
光の魔力が矢へ集まっていく。
「行け――星雨!」
放たれた一本の矢が夜空高くへ昇る。
そして――無数に分裂した。
「なっ……!?」
アストレアが空を見上げる。
星のような光が夜空を埋め尽くしていた。
次の瞬間。
光の雨が降り注ぐ。
ズドドドドドドドッ!!
「ぐあぁぁっ!」
「なんだこれは!?」
「どこから撃ってる!」
軍勢の至るところで悲鳴が上がった。
光の矢が次々と人間や魔族を射抜いていく。
「敵襲!!各自、攻撃に備えよ!」
アストレアが叫ぶ。
(何!?どこから攻撃してきた!?)
完全な奇襲のはずだった。
(私たちの進軍が知られていた!?)
「敵を炙り出しなさい!」
アストレアがユノベルを指差す。
「魔法を使える者は全員、町へ攻撃魔法を放て!」
(町を攻撃すれば出てくるしかないでしょう!)
「撃て!」
魔族や魔法使いたちが一斉に杖を掲げる。
無数の魔法陣が展開された。
炎。
雷。
風。
様々な魔力が収束していく。
その時。
「それはダメかな」
「――っ!?」
すぐ近くから声が聞こえた。
アストレアが振り向く。
そこには一人の少女が立っていた。
両手には短剣。
いつ現れたのかすら分からなかった。
「……あなた、何者?」
アストレアが剣を抜く。
エルフィは楽しそうに笑った。
「私たちは主様のために働く黒薔薇の軍団――黒十華」
「黒十華……?」
「主様の町を攻撃しようなんて、あなたたちも馬鹿なことしたね」
「私たち、ということは……」
アストレアが周囲を警戒する。
「あなた以外にもいるということかしら?」
「そういうことじゃない?」
エルフィが二本の短剣を構えた。
「とりあえず、あなたの相手は私ってことでいいかな?」
ガキィィーン!
エルフィのナイフとエストレアの剣の刃が交錯する。
「ふざけないで」
アストレアが周囲を見る。
まだ数百を遥かに超える兵がいる。
「こちらには千近い軍勢がいるのよ?少し舐めすぎじゃないかしら」
「そう?」
エルフィは気にする様子もない。
「少なくない?」
「……殺しなさい!」
アストレアの命令と同時に、周囲の兵が動く。
しかし――
「リズ!いくわよ!」
離れた場所からルピナの声が飛ぶ。
「待ってましたー!」
「ミリエル!リズに攻撃魔法強化と魔力強化を!」
「分かってます!」
ミリエルが両手をリズへ向ける。
二重の補助魔法が発動した。
リズの身体を膨大な魔力が包む。
「きたきたきたー!!」
「リズ!」
「何!?」
「暴走させないよう、しっかり集中してください!」
「分かってるって!」
「あと全員倒してはいけません!誰に雇われたのか聞き出す必要があります。必ず数人残してください!」
「え゛え゛え゛ー!?」
リズが振り返る。
「この人数相手に加減しながら撃つの!?めちゃくちゃ集中しなくちゃいけないじゃない!」
「やりなさい」
ルピナが即答した。
「しゃー!やったらぁぁぁぁ!!」
リズが勢いよく空へ舞い上がる。
杖を天へ掲げた。
巨大な魔法陣が夜空に展開される。
ゴゴゴゴゴ……!
周囲の大気が震える。
膨大な魔力が一点へ収束していく。
敵の魔法使いたちもユノベルへ向けて魔法を完成させようとしていた。
「撃てぇぇぇ!!」
ファイアーボール。
雷撃。
風刃。
大量の攻撃魔法が一斉に放たれる。
「リズ!」
ミリエルが叫ぶ。
「あいつらの魔法ごと飲み込んじゃってください!」
「任せて♡」
その頃。
ガキィン!!
アストレアとエルフィの刃が激突する。
「っ!」
ガキィン!
ガキィン!!
アストレアが鋭い斬撃を連続で放つ。
エルフィは二本の短剣で全て受け流した。
「速いわね!」
「あなたもね!だけど……」
エルフィの身体が僅かに揺れた。
次の瞬間。
「っ!?」
アストレアの右腕に鋭い痛みが走った。
血が飛ぶ。
(何!?)
いつ斬られた?
見えなかった。
「くっ!」
アストレアが距離を取ろうとする。
だが再びエルフィの姿が揺れる。
「っ!」
今度は左腕。
また傷が増えた。
(どうなってるの!?)
アストレアは周囲を見回す。
エルフィしかいない。
しかし――
遠く離れた丘。
暗闇の中で、エルミナが長大なライフルの照準器を覗いていた。
「右腕命中」
小さく呟く。
次の弾丸を装填する。
「次――左腕」
引き金を引く。
パシュンッ!
魔力弾が夜の闇を走った。
アストレアには見えない。
エルフィが僅かに身体を揺らす。
「っ!?」
肩に傷が走った。
「なぜ……!」
「まだ分からないの?」
エルフィが笑う。
「さっき自分で言ってたじゃん」
「……何を?」
「私以外にもいるってこと」
「まさか…そんな、どこから」
「気づくの遅いよ♪」
エルフィが二本の短剣を構える。
「次で終わり」
地面を蹴った。
「さよなら――」
その瞬間だった。
夜空が真紅に染まった。
「いっけぇぇぇぇ!!」
リズの声が戦場へ響き渡る。
「––––終滅炎獄!!!」
「え?」
エルフィが振り返る。
敵が放った大量の攻撃魔法。
その全てを飲み込みながら――
超巨大な灼熱の魔力塊が軍勢へ落下してきた。
「ちょっ――」
ドッカァァァァァァァン!!!
大地が揺れた。
巨大な爆炎が夜の平原を覆う。
「うわぁぁぁぁ!!」
「逃げろぉぉ!!」
炎の中で悲鳴が上がる。
敵が放った魔法など比較にもならない。
圧倒的な熱量が魔族やゴロツキたちを次々と飲み込み、千近かった軍勢が一瞬にして崩壊していく。
ただし――
「ここ!」
ルピナが戦場を見渡しながら指示を飛ばす。
「そこも残して!」
「分かってるぅぅぅ!!集中させてー!!」
リズが必死に魔法を制御する。
爆炎の中に不自然なほど綺麗な空白地帯がいくつか残されていた。
そこでは事情聴取用に残された数人が、何が起こったのかも理解できないまま震えている。
やがて炎が消えていく。
「はぁぁぁ……」
空から降りてきたリズが杖にしがみついた。
「あ゛あ゛ー……神経すり減ったわー……」
「お疲れ様です」
ミリエルが笑う。
「ちゃんと残せましたね」
「普通に全員吹き飛ばす方が百倍楽だったんだけどね!」
「ダメです」
「分かってるわよ!」
一方。
「リズー!!」
爆風で髪を乱したエルフィが怒っていた。
「なんてタイミングで撃つのよー!狙いが外れちゃうじゃないの!」
「知らないわよ!そっちが戦ってる場所まで見えないんだから!」
「もう少し待ってよ!」
「こっちは千人相手に加減してたの!」
二人の声が戦場に響く。
だが――
エルフィの攻撃はできなかったが、
もう一人は外していなかった。
「……命中」
遠く離れた丘。
エルミナが静かに呟いた。
最後に放った魔力弾。
それは爆風に紛れ、正確にアストレアの腹部を撃ち抜いていた。
「……え?」
アストレアが自分の腹部へ手を当てる。
ぬるりとした感触。
手を見る。
血で真っ赤に染まっていた。
「そんな……」
膝から力が抜ける。
(私が……?)
何もできなかった。
千もの軍勢を率いてきた。
奇襲するはずだった。
町を制圧するはずだった。
そして最後には――ヴァルゼオンが英雄になるはずだった。
(私が……何もできずに……ここで終わる……?)
息が苦しい。
視界が暗くなっていく。
「あぁ……ヴァルゼオン様……」
アストレアの脳裏に、愛する男の姿が浮かんだ。
「申し訳……ありません……」
口元から血がこぼれる。
「どうか……お許しを……」
「ごふっ……」
アストレアは膝をついた。
その身体がゆっくりと前へ傾き――
地面へ倒れた。
静かになった戦場。
千近くいた襲撃者たちは、事情を聞き出すために意図的に残された数名を除き、ほぼ壊滅。
それでも――
巨大な結界に守られたユノベルの町は、何事もなかったかのように静まり返っている。
住民たちはまだ誰一人として知らない。
自分たちが眠っている間に、千もの軍勢が町へ迫っていたことも。
その軍勢が――町へ辿り着くことすらできずに壊滅したことも。
忙しくなかなか更新できませんでしたがまた頑張って更新していきたいと思いますのでよろしくお願いします!




