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俺が魔王じゃなければ誰が魔王だというんだ〜無属性と判定された王子と黒き薔薇のメイドたち〜  作者: 黒華レン
学園編

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さぁ勝負だ

第47話 実戦訓練本番

 実戦訓練当日。


 リベルタ中央魔導学院が所有する広大な演習フィールドには、朝から大勢の新入生が集まっていた。


 森、草原、岩場。


 いくつもの地形を含む広大な敷地には学院側が用意した魔獣やモンスターが放たれており、それぞれ危険度に応じて獲得できる点数が決められている。


 制限時間内にどれだけ多くの得点を獲得できるか。


 単純な討伐数だけではない。


 強敵を倒せば、それだけ一気に順位を上げることもできる。


「それでは改めて説明します」


 開始地点に集まった新入生たちを前に、エルナが声を張る。


「討伐した魔獣やモンスターは、討伐証明となる素材を必ず回収してください。牙、角、魔石など、指定された部位で構いません。討伐しただけでは得点になりませんので注意してください」


「倒しただけじゃダメなのか」


「素材まで持って帰れってことね」


「また、他パーティから素材を奪う行為は禁止です。危険と判断した場合はすぐに緊急信号を使用してください」


 エルナが一通り説明を終える。


 レイは少し離れた場所を見る。


「いた」


 クロエ、エルフィ、ニア。


 三人ともこちらを見ていた。


 視線が合う。


 エルフィがにやりと笑った。


「絶対負けないからねー!」


 遠くからでも聞こえる大声。


「こっちの台詞だよ!」


 レイも手を振り返す。


「勝負にゃー!」


 ニアまで叫んでいる。


 クロエは静かに微笑みながら、こちらへ向かって親指を立てた。


「……あの三人、ものすごくやる気ね」


 ミオが呆れたように言う。


「昨日からずっとあんな感じ」


「そもそも、なんであの三人と勝負することになったの?」


「一緒に組んだら面白くないから」


「レイらしいわね」


 その横ではセラが剣を確認し、エリシアが杖を握っている。


「こっちだって負けないわよ」


 セラもかなりやる気だ。


「一位狙うからね」


「もちろんです」


 エリシアが笑う。


「パーティ『レイと愉快な仲間たち』の初陣ですから」


「えっ、その名前、本当に登録したの?」


「はい」


「なんで!?」


「レイさんがリーダーですから」


「いいじゃない」


 ミオまで笑っている。


「覚えやすくて」


「もっと格好いい名前あったでしょ」


「例えば?」


「魔王ぐ――」


 レイは口を閉じた。


(おっと)


「……何?」


「何でもない」


(危ない危ない)


 思わず口から出そうになった。


 その時、エルナが片手を上げた。


「準備はいいですね?」


 ざわついていた生徒たちが一斉に前を向く。


「実戦訓練――開始!」


 合図と同時に、各パーティが一斉に駆け出した。


「行くわよ!」


 ミオの声。


「おー!」


 レイたち四人も森へと踏み込んだ。


 中央魔導学院の敷地内フィールドとはいえ広大な自然の中にある。


 ほとんどが学園側が放った魔物ではあるが、他にどのような魔物が潜んでいるかもわからない。十分な警戒が必要だ。


 開始から十分ほど。


「前に三体!」


 セラが剣を抜く。


 茂みの奥からゴブリンが飛び出してきた。


「エリシア、セラに攻撃強化」


「はい!」


 エリシアの魔法が即座に発動する。


「ミオねぇ、右にいる」


「分かったわ!」


 ミオが右側へ移動。


「セラ、正面から来るよ!」


「言われなくても!」


 セラが飛び込んだ。


 一体目を斬る。


 右から迫った二体目にはミオの氷魔法が突き刺さる。


 最後の一体がエリシアへ向かおうとした瞬間。


「そっちはダメ」


 レイが足を引っ掛ける。


「ギャッ!?」


 転倒したゴブリンへ、セラが剣を振り下ろした。


「これで終わり!」


「早かったですね」


 エリシアが笑う。


「これくらい余裕よ」


 セラが剣を収める。


 そしてちらりとレイを見る。


(……さっきも指示、早かったわね)


 一瞬……銀髪の少年が頭に浮かぶ。


 カイン。


(…………)


 レイを見る。


(なんでカインさんとレイが重なるのよ!)


 セラはすぐにその考えを振り払った。


(全然違うじゃない!)


「どうしたの?」


 レイが首を傾げる。


「何でもない!」


「また?」


「またって何よ!」


「この前から急に俺見て怒るじゃん」

 る


「レイだからでしょ」


「理由になってないよね?」


「なってる!」


「ひどいな」


 レイが両手をひらひらさせて笑う。


(ほら)


 セラは心の中で頷く。


(こういうところよ)


 カインはもっと落ち着いていて、強くて、頼りになる。


 レイは話していればそれなりに面白いが、軽い。


(カインさんとは全然違う)


 そこでセラの中の話は終わった。


 その後も四人は順調に討伐を続けた。


「ワイルドウルフ四体!」


「セラ、左二体!」


「了解!」


「ミオねぇ、足止めお願い!」


「任せなさい!」


「––氷縛アイス・バインド!」


 地面を這った氷がワイルドウルフの脚を凍らせる。


「エリシア、強化」


「もうかけてます!」


「早いな」


「次に何を言うか、何となく分かりましたから」


「さすが」


 セラの眉がぴくりと動く。


(またエリシアだけ……)


 先日から何度も見ている。


 カインと戦った時も。


 レイと戦った時も。


 エリシアだけは指示を聞き終える前に動いていることがある。


(何でなのよ)


 少し悔しい。


「セラ!」


「分かってる!」


「まだ何も言ってないけど」


「うるさい!」


「今日ずっと理不尽だなぁ」


「気のせいよ!」


 強化された剣でワイルドウルフを斬り伏せる。


 戦闘終了。


「よし」


 レイが討伐証明となる牙を回収する。


「結構たまったな」


「今のところ何点くらい?」


 セラが聞く。


「分からないけど、かなり稼いでるんじゃない?」


「このまま一位狙えるかしら」


 ミオが周囲を見る。


「クロエたちがどれくらい倒してるかにもよるけどね」


「きっと結構倒してますよ」


「でしょうね」


 エリシアの言葉にミオも頷いた。


 レイも同意する。


(クロエたちなら、普通の魔獣はほとんど一撃だろうしな)


 むしろ心配なのは――


(森ごと破壊してないよな?)


 そこだけだった。


 一方、その頃……


「そこにいるにゃ!」


 ニアが木の上から飛び降りる。


 鉤爪が魔獣を一撃で沈めた。


「次ー!」


 エルフィが短剣二本を手に森を駆け回る。


「そっちに三体いるよ!」


「任せてください」


 クロエが巨大斧を構える。


「ちょっと待つにゃ!」


「え?」


「素材ごと吹き飛ばしたら点にならないにゃ!」


「……なるほど」


 クロエが斧をゆっくり下ろした。


「危なかったね」


「主様との勝負なのに素材なくしたら負けるにゃ!」


「じゃあ、少しだけ加減するわね」


「ちゃんと素材残すようにしてね!」


 三人はものすごい勢いで討伐を続けていた。


 さらに別の場所……


「我が右眼が告げている……この先だ」


 ヴェインが片目を押さえる。


「俺の右手も同じことを告げている」


 セイルが右腕を押さえる。


「行くぞ!」


「ああ!」


 二人は森の奥へ走る。


 実際、何かを感知しているわけではなかった。


 訓練は中盤に入った。


 レイたちは大型の魔獣を何体か討伐し、素材も順調に集まっている。


「かなり重くなってきたわね」


 セラが袋を見る。


「これなら上位には入ってるんじゃない?」


「おそらく」


 ミオも頷く。


「でも一位取るなら、もう少し大物が欲しいところね」


「大物かぁ」


 レイが周囲を見回す。


「そう都合よく――」


 その時。


 ズンッ。


 遠くから地響きが伝わってきた。


「……何?」


 エリシアが森の奥を見る。


 ズンッ。


 もう一度。


「何かいるわね」


 ミオの表情が変わる。


「かなり大きそう」


「行ってみる?」


 レイが聞く。


「もちろん!」


 セラが即答した。


「一位狙うんでしょ?」


「そうだったね」


 四人は音のする方へ向かった。


 森の奥。


 木々が途切れ、少し開けた場所へ出る。


 そこにいたのは――


「うわ……」


 セラが見上げる。


 巨大な四足の魔獣。


 全身を岩のような硬い鱗で覆い、頭部から太い角が伸びている。


「レアモンスターですね」


 エリシアが小さく息を呑む。


 普通の魔獣とは明らかに魔力が違う。


「これ倒したら高得点じゃない?」


「間違いなく」


 ミオが剣を抜く。


「一気に一位も狙えそうね」


「よし」


 レイが魔獣を見る。


「やろうか」


「うん!」


 セラが前へ出ようとする。


「まだ」


「え?」


「セラ、行くな」


「……分かった」


 魔獣がゆっくりこちらへ向きを変える。


 前脚が地面を踏みつけた。


 次の瞬間。


 ドゴォォン!!


 地面が爆発したように抉れた。


「うわっ!」


 岩と土が飛び散る。


「今行ってたら危なかったわね」


 ミオが言う。


「……確かに」


 セラも息を呑む。


 レイは魔獣の動きを見る。


「エリシア、防御を厚めに」


「はい!」


 四人を覆う結界が張られる。


「ミオねぇ、脚を狙って」


「任せて」


「––氷縛アイス・バインド!」


 氷が魔獣の脚へ絡みつく。


「グォォォォ!!」


「まだ動く!」


「セラ、待って!」


「分かってる!」


 セラが剣を握りしめる。


 魔獣は氷を力任せに砕いた。


 破片が周囲へ飛び散る。


「今じゃないの?」


「まだ」


「……」


 セラは動かない。


 レイの目が魔獣の動きを追う。


 魔獣が角を下げた。


「突進来るよ」


 次の瞬間。


 巨体が一気に加速する。


「エリシア!」


「結界、重ねます!」


 ドォン!!


 魔獣が結界へ激突。


 光の壁が大きく揺れる。


「ミオねぇ!もう一回!」


「分かってる!」


 横から氷魔法が炸裂し、魔獣の右脚が凍る。


 巨体が僅かに傾いた。


「セラ――今だ!」


「はい!」


 その声に、セラの身体が反応した。


 地面を蹴る。


 エリシアの攻撃強化が同時に重なる。


「はぁぁぁぁ!」


 魔獣の側面へ回り込み、全力で剣を振るう。


 ほんの一瞬。


(今の……カインさんみたい――)


 余計な思考が入った。


 踏み込みが僅かに深くなる。


「しまっ――」


 剣そのものは命中した。


 強化された一撃が魔獣を大きく吹き飛ばす。


「え?」


 その先には……地面がなかった。


 ドゴォォン!!


 魔獣の巨体が崖際を転がり、そのまま落下した。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 四人が揃って崖の下を見る。


 魔獣は遥か下へ消えていった。


 暫くして。


 遠くから――


 ドォォォン……。


 鈍い音だけが聞こえた。


「……やっちゃったわね」


 ミオがぽつりと言う。


「…………」


 セラは固まっていた。


「あーん、素材……」


 エリシアが恐る恐る呟く。


「これは……取れませんね」


「……うん、だね」


 レイも崖下を見る。


「さすがに降りるのは無理そう」


「…………」


 セラの肩が落ちる。


「私のせいだ……」


「まぁ、最後に吹き飛ばしたのはセラだね」


「レイ!」


 ミオが睨む。


「いや、責めてないよ」


 レイは肩をすくめた。


「倒したのは事実なんだし」


「でも素材取れないじゃない」


「そうだな」


「得点にならないんでしょ?」


「まぁ、そうだね」


「……最悪」


 セラが唇を噛む。


「せっかく一位狙えたのに」


「終わったわけじゃないだろ」


「え?」


「まだ時間あるし」


 レイはいつもの軽い調子で言った。


「次倒せばいいじゃん」


「…………」


「それに、一人で倒したわけじゃないんだから、失敗したなら全員の失敗だ」


「でも最後は私が――」


「じゃあ次は崖に向かって吹っ飛ばさないようにしよう」


「……何その反省」


「大事でしょ」


 思わずセラの口元が緩む。


「ふふっ」


「笑ったな」


「うるさい」


 少しだけ気持ちが軽くなった。


(……こういうところは)


 レイを見る。


(まぁ、悪くないのよね)


 話しやすい。


 失敗しても必要以上に責めない。


 冗談も言える。


 友達としてなら、思っていたより付き合いやすいのかもしれない。


(でもカインさんとは別!)


 そこだけはセラの中ではっきりしていた。


「よし」


 セラが剣を握り直す。


「まだ時間あるんでしょ?」


「ああ」


「じゃあ行くわよ!」


「復活早いな」


「一位諦めてないから!」


「その意気だ」


 四人は再び森へ走り出した。


 そして――実戦訓練終了。


 全パーティが学院の演習場へ戻ってきた。


 討伐素材の集計が終わり、新入生たちが巨大な掲示板の前へ集まる。


「それでは結果を発表します!」


 エルナが順位表を手にした。


「第五位!」


 生徒たちが息を呑む。


「『焼きそばパン防衛隊』!七万八千点!」


「やった!」


「五位だ!」


 どこかのパーティから歓声が上がる。


「ははは、何でその名前にしたんだろ」


 レイが呟く。


「私たちが言えます?」


 エリシアに言われた。


「確かに」


「第四位!」


 エルナが続ける。


「『漆黒断罪の双刃デュアル・ネメシス』!八万三千点!」


「来たぁぁぁ!!」


 セイルが拳を突き上げる。


「我らの名が学院の歴史に刻まれた!」


 ヴェインも右腕を押さえながら叫ぶ。


「二人だけで四位って、普通にすごくない?」


 レイが感心する。


「ええ、名前の意味はわかりませんが」


 ミオも頷いた。


「第三位!」


「『金色の薔薇ゴールデン・ローズ』!九万二千点!」


「当然ですわ」


 アウレリアが胸を張る。


 しかし、レイたちをちらりと見る。


「……第三位ですか」


 少しだけ悔しそうだ。


「次は負けませんわよ」


 小さくそう呟いた。


「そして――第二位!」


 セラが拳を握る。


 レイも掲示板を見る。


「パーティ『レイと愉快な仲間たち』!十万八千点!」


「二位!」


 エリシアが嬉しそうに声を上げる。


「惜しい!」


 ミオも結果を見る。


「ということは……」


 セラの表情が引きつった。


「まさか」


「第一位!」


 エルナが大きな声で発表する。


「『ハウスキーパーズ』!十一万点!」


「勝ったぁぁぁ!」


 エルフィが飛び跳ねる。


「勝ったにゃー!」


 ニアも両手を上げる。


 クロエは満足そうに微笑んでいた。


「二千点差……」


 セラが呆然とする。


「二千点!?」


「かなり惜しかったわね」


 ミオが言う。


 レイは少し考える。


「さっきのレアモンスター」


「……え?」


 セラが見る。


「あれの素材を持って帰れてたら確実に一位だったんじゃない?」


「…………」


「結構な点だったかもな」


「やっぱり私じゃない!」


「何が?」


「私が落としたから負けたんじゃない!」


「まぁ、それはそうとも言える」


「レイ!」


「冗談冗談」


「もう!」


 セラが頬を膨らませる。


「次は絶対落とさない」


「だな」


「次があったら絶対一位取るから」


「俺たちのパーティ、次も継続なんだ?」


「……」


 セラが止まる。


「嫌なの?」


「いや、別に」


「じゃあいいじゃない」


「俺と組むの不本意だったんじゃ?」


「細かいこと気にしない!」


「都合いいなぁ」


「うるさい」


 セラはそっぽを向いた。


 その様子をエリシアが楽しそうに見ていた。


「レイさーん!」


 嫌な予感のする声が近づいてくる。


「勝ったよー!」


「勝負は勝負にゃ!」


 エルフィとニア。


 その後ろからクロエが歩いてくる。


「負けましたね」


「二千点差だけどね」


「負けは負けです」


「ぐっ……」


 反論できない。


「では、レイさん」


「何?」


 クロエがにこりと笑った。


「では勝者へのご褒美を頂きましょうか」


「そんな約束してたっけ?」


「今しました」


「横暴だ!」


「勝負にかちましたから」


 そして、エルフィがぱんぱんと手を叩く。


「じゃあさ、私たちのお願いを一つ聞くってことで!」


「いいにゃ!」


「ちょっと待って」


「「「言うこと聞け♪」」」


「「「言うこと聞け♪」」」


「「「言うこと聞け♪」」」


 三人が手拍子を始めた。


「きみたち自分たちの立場分かってる!?」


 レイが三人を指差す。


「俺、一応王子だよ!?きみたちメイドだよ!?」


「言うこと聞け♪」


「言うこと聞け♪」


「言うこと聞け♪」


「聞いてない!」


「言うこと聞け♪」


「言うこと聞け♪」


「言うこと聞け♪」


「くっ、分かった!分かったからやめて!」


 三人がぴたりと止まる。


「で?」


 レイが警戒する。


「何をさせたいの?」


 クロエが代表して答えた。


「私たちと温泉に入ってください」


「…………」


 レイが固まった。


「えっ何で?」


「ユノベルの温泉施設が完成してから、レイさんは一度も利用していません」


「いや、それと一緒に入るの関係ないよね?」


「ご褒美です」


「誰への?」


「私たちへの」


「俺、罰ゲームじゃん」


「約束です」


「約束はしてない!」


「言うこと聞け♪」


「もうそれやめて!」


 結局––


 レイが折れた。


 数日後。


 ユノベルの温泉施設。


 他の客が入らない時間帯を使い、四人だけで貸し切りになっていた。


 混浴用の湯浴み着を着用しているため、その辺りは問題ない。


「ふぅ……」


 レイが湯船の縁へ背を預ける。


「思ってたよりいいな」


「でしょう?」


 クロエが満足そうに微笑む。


「月華商会自慢の温泉です」


「主様がようやく入ってくれたにゃ」


 ニアも嬉しそうだ。


「勝った甲斐あったねー!」


 エルフィが笑う。


「普通に誘えばよかったんじゃ?」


「それだと特別感ないじゃん」


「そういうもの?」


「そういうもの!」


 レイにはよく分からなかった。


 ただ––––


(まぁ、たまにはこういうのも悪くないか)


 久しぶりにのんびりした時間を過ごした。


 問題は、その後だった。


 数日後……


「レイ様」


「はい」


「少々、お話がございます」


「……はい」


 ユノベルの屋敷。


 レイの前には黒十華の面々が並んでいた。


 エフィリア。


 リズ。


 ルピナ。


 ルナ。


 セフィラ。


 エルミナ。


 ミリエル。


 そして少し離れたところにクロエ、エルフィ、ニア。


 三人は微妙に目を逸らしている。


「ニア」


「にゃ?」


「言ったの?」


「…………」


 ニアの尻尾がぴたりと止まった。


「ち、違うにゃ。みゅうと遊んでる時に、この前の温泉楽しかったって言っただけにゃ」


「それを口を滑らしたって言うんだよ!」


「ごめんにゃ!」


 エフィリアが静かに微笑む。


「それでは確認いたします」


「はい」


「主様がクロエ、エルフィ、ニアの三名と温泉へ入ったというのは事実ですね?」


「……事実です」


「なるほど」


 にこやかなのに妙な圧がある。


「誰と入ったかが問題ですね」


 ルピナまで微笑んでいる。


「なんで!?」


「クロエ、エルフィ、ニアの三名のみ」


 ルピナが指を折る。


「つまり、それ以外の私たちは入っていません」


「当たり前だよね!?」


「不公平」


 セフィラが静かに言った。


「え?」


「私たちは入っていない側」


「そうなるわね」


 エルミナが頷く。


「えっと……」


 レイが一歩下がる。


 ルナが目を細めた。


 虹彩に浮かぶ三日月が妙に怖い。


「不公平」


「二回言われた!」


「だから言ったじゃん」


 エルフィが笑う。


「勝ったらご褒美だって」


「正当な権利にゃ」


 ニアも胸を張る。


「君さっき謝ったよね?」


「それとこれは別にゃ」


「強い」


 レイが引いていると、クロエが一歩前へ出た。


「解決方法があります」


「うーん、嫌な予感しかしないな」


「全員で入りましょう」


「なんでそうなるの!?」


「公平です」


「その理論おかしいから!」


「いいじゃんいいじゃん!」


 エルフィが楽しそうに手を叩く。


「みんなで入れば解決!」


「全員で入るにゃ!」


「決まりですね」


 クロエが即決する。


「決まってない!」


「なるほど」


 後ろから聞き覚えのある声。


「じゃあ私も入るわ」


「増えた!?」


 レイが振り向く。


「ミオねぇ!?」


「何よ」


「いつからいたの!?」


「途中から」


 ミオは腕を組む。


「弟が妙なことに巻き込まれていないか、姉として確認する義務があるもの」


「今現在進行形で巻き込まれてるね!」


「なら私も一緒に入って監視するわ」


「絶対違う目的でしょ!」


「当然よ」


「うわ、認めた!」


 完全に収拾がつかない。


 そして、温泉へ


「……あの」


 入口から声がした。


「ん?」


 全員が振り返る。


 そこにいたのは――


「セラ?」


「エリシア?」


 二人とも固まっている。


「なんか外まで声が聞こえてきたから……」


 セラが言う。


「何してるの?」


「いや、これは――」


 セラが周囲を見る。


 レイ––––


 その周囲には大勢の女性。


「…………」


「待って」


「…………」


「セラ。その顔やめて」


「レイ」


「はい」


「最低」


「違うって!」


「ち、違いますよセラ!」


 エリシアが慌てて割って入る。


「たぶん違います!」


「エリシア!『たぶん』つけないで!」


「でも状況だけ見ると……」


「エリシアまで!?」


 そこへミリエルが首を傾げた。


「おかしいですね。入口に『ただいま清掃中』って看板を出しておいたはずなんですけど」


 レイの悲鳴が温泉施設に響き渡った。


 後日––––


 なぜか話には大量の尾ひれがついた。


「聞いた?レイさんの話」


「女湯に入ったんでしょ?」


「女子に囲まれてたらしいよ」


「違う!違うから!」


 廊下を歩くレイの耳にも聞こえてくる。


(誰だよ広めたの!)


 学院内ではいつの間にか、


『レイ、女湯事件』


 などという意味不明な名称までつけられていた。


「最悪だ……」


 レイが机に突っ伏す。


「自業自得じゃない?」


 セラが横を通りながら言う。


「だから違うんだって」


「はいはい」


「信じてないな?」


「半分くらいは」


「半分!?」


 セラがくすっと笑う。


「まぁ、レイって話してると意外と面白いよね」


「急に褒められた?」


「褒めてないけど」


「今のは褒めてたでしょ」


「調子に乗らないで。そういうところよ」


「結局下げられた!」


 セラは笑いながら歩いていく。


(まぁ……)


 少し前までは、ただの軽いやつだと思っていた。


 今も恋愛対象として見るつもりはまったくない。


(カインさんがいるからね)


 それでも。


(友達としてなら、案外悪くないかも)


 そう思えるくらいには、レイへの印象も変わっていた。


 そしてセラの頭には、すぐに別の顔が浮かぶ。


 銀髪の冒険者。


(でもやっぱり、カインさんとは全然違うけどね)


 その結論だけは、一切揺らいでいなかった。

…みんなで…温泉…うらやま…

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