ユノベル襲撃、その後
ユノベルが襲撃を受けた直後の話です。
「それで、エルフィとエルミナが交戦していた指揮官らしき女性はどうしたの?」
戦闘の後処理が進む中、ルピナが二人へ尋ねた。
「それがさぁ……」
エルフィが困ったように頬を掻く。
「さっきのリズの魔法で爆炎と蒸気が一気に広がったでしょ?あれで見失っちゃったんだよね」
「私のせい!?」
少し離れたところにいたリズが反応する。
「だってすごかったんだもん!目の前真っ赤だったよ!」
「仕方ないでしょ!千人近くいたのを数人だけ残して焼くなんて、ものすっごく大変だったんだから!」
「まぁまぁ」
ミリエルが二人を宥める。
エルミナは戦場を見渡しながら静かに口を開いた。
「最後の一発は間違いなく腹部を撃ち抜いたわ。手応えもあった。あの直後に爆発へ巻き込まれたなら、一緒に消し飛んだ可能性もあるわね」
「爆発に巻き込まれてなかったとしても、出てこないなら致命傷を受けてると思う」
エルフィも続ける。
「あの女、隠れてやり過ごすようなタイプじゃなかったしね」
「そう」
ルピナが考え込む。
「できれば彼女にも尋問したかったけど……魔族側の指揮官なら、どっちにしても簡単には口を割らないでしょうね」
「なら、残した連中から聞けばいいんじゃない?」
リズが言う。
「そのためにわざわざ残したんだし!」
「その通りです」
「でしょ!?」
ようやく苦労を認められたとばかりにリズが胸を張った。
その時――
ガサッ。
「誰!?」
ミリエルが真っ先に反応した。
全員の視線が木々の方へ向く。
「誰かいる」
エルフィの姿が消えた。
「ひゃあぁぁぁ!?」
直後、茂みの向こうから悲鳴が上がる。
しばらくしてエルフィが戻ってきた。
「どうやら迷い猫がいたみたいだよ?」
「猫!?」
リズが反応する。
「例えよ例え」
「紛らわしい!」
エルフィに腕を掴まれて連れてこられたのは、一人の若い女性だった。
なぜか浴衣姿。
「…………」
女性は完全に青ざめていた。
無理もない。
少し前まで千人近くいた軍勢はすでに壊滅。
地面には溶けた武器や防具の残骸が散らばり、戦場だったことを示す痕跡だけが残されている。
「消す?」
リズがさらっと言った。
「待って待って待ってー!消さないでくださいー!」
女性が半泣きになって両手を振る。
「冗談よ」
「絶対冗談に聞こえませんでしたー!」
「でも、おかしいですね」
ミリエルが首を傾げる。
「ユノベルには結界を張っていました。町の中にいた方が外へ出ることはできなかったはずですが……」
「そ、それはですねー!」
女性が慌てて説明を始める。
「仕事が終わってから温泉に入ってたんですー!それでちょっと身体が熱くなったから、涼もうと思って町の外を散歩してたんですー!戻ろうとしたら、なんか透明な壁みたいなのができてて戻れなくなって……そしたら空から光の矢がいっぱい降ってきて、その後ものすごい爆発が起きてー!」
「結界を張る前から外にいたんですね」
「そうなんですー!」
ルピナが女性を見る。
「でも、そんな時間まで温泉を利用できるのは従業員くらいじゃない?」
「あっ」
ミリエルが何かに気づいた。
「お名前を聞いてもいいですか?」
「リ、リリアナですー!リリアナと言いますー!だからお願いですから助けてくださいー!」
「リリアナ……」
ミリエルが手帳を取り出し、ぱらぱらとページをめくる。
「あっ!やっぱり!」
「な、何がですかー!?」
「リリアナさん、うちで働いている方ですよね?」
「はいぃ!」
「一般メイドとして登録されています。ユノベルの屋敷勤務ですね」
ミリエルが記録を見る。
「でも、一般メイドならこんな時間まで……」
途中で言葉を止めた。
「なるほど」
ルピナが察する。
「え?」
リリアナだけが分かっていない。
「じゃあ、アビス・ローゼスの見習いってこと?」
リズが尋ねる。
「そういうことになるわね」
「ええええ!?」
リリアナ本人が一番驚いた。
「わ、私何も聞いてませんけどー!?」
「本人には伝えない選考ですから」
「選考されてたんですかー!?」
一般メイドとして働きながら、能力や適性を見られていたらしい。
もっとも、今日のリリアナがしたことといえば、仕事終わりに温泉へ入り、涼むために散歩へ出ただけなのだが。
「とにかく」
ルピナがにこりと微笑んだ。
「リリアナさん」
「は、はい!」
「今日ここで見たことは他言無用でお願いしますね」
「はい!」
「絶対に」
「はいぃぃ!」
「でなければ――」
「言いません!絶対言いませんからー!」
最後まで聞く前にリリアナが叫んだ。
「よろしい」
「こ、怖い……」
リリアナは涙目になっていた。
「では、町へ戻りましょうか」
ルピナが周囲を見る。
敵軍の大半はリズの魔法によって燃え尽き、残っているのは尋問のため意図的に生かした数人だけ。
「生き残りを連れ帰ります。誰に雇われたのか、どうして魔族が混じっていたのか、全部聞き出しましょう」
「了解!」
「それとリリアナさんも連れて帰ってあげて」
「お願いしますぅ……」
こうして黒十華たちは、捕虜と一人の迷いメイドを連れてユノベルへ戻っていった。
それから、ほんの少し後。
一人の男がユノベル近郊へ降り立った。
「……なんだ?」
ヴァルゼオンだった。
「なぜ町に何の異変もない?」
目の前のユノベルは静まり返っている。
火の手すら上がっていない。
「アストレアはどうした。軍勢は……?」
ヴァルゼオンは周囲を見渡した。
(何が起きている?)
戦闘の痕跡はある。
地面は焼け、所々に金属が溶けた跡も残っている。
だが、おかしい。
戦場にしては――あまりにも何も残っていない。
(ここで戦闘があったのか?)
ヴァルゼオンが地面へ触れる。
残留する膨大な魔力。
「……まさか」
背筋に嫌なものが走った。
(こちらが一方的に蹂躙された?)
すぐにその考えを否定する。
(いや、そんな馬鹿な)
魔族だけではない。
ドン・ボッタクーレが用意した人間まで含めれば、およそ千。
(千だぞ?)
それが町へ傷一つつけられず消えた?
あり得ない。
「アストレア……」
ヴァルゼオンは彼女の気配を探す。
そして、ふと木々の方を見る。
何かを感じた。
近づく。
木の陰を覗き込んだ瞬間――
「――アストレア!!」
ヴァルゼオンの表情が変わった。
そこに倒れていた。
腹部を撃ち抜かれ、血に染まったアストレアが。
「アストレア!」
すぐに駆け寄り、その身体を抱き起こす。
「しっかりしろ!アストレア!」
僅かに呼吸がある。
まだ生きている。
「……ヴァル……ゼオン……さま……」
「アストレア!」
「ごほっ!」
血を吐く。
「喋るな!もういい!」
「……お気を……つけ……くだ……さい……」
「何にだ!?」
「黒い……衣を……まとった……者……たち……に……」
「黒い衣?」
そこでアストレアの力が抜けた。
「おい!」
瞼が閉じる。
「アストレア!」
返事はない。
「アストレアァァァ!!」
ヴァルゼオンの叫びが夜の森へ響き渡った。
(何だ……)
身体が震える。
(何がアストレアをここまで……)
怒りが込み上げる。
「黒い衣を纏った者……」
アストレアが最後の力で伝えようとした存在。
「そいつらが……アストレアを……」
「その女の人、黒い何かにやられたの?」
「――っ!?」
突然、背後から声がした。
ヴァルゼオンが勢いよく振り返る。
(いつからいた!?)
気配を感じなかった。
そこに立っていたのは、一人の少年。
「お前は誰だ!」
「俺?」
少年は自分を指差す。
「レイって言うんだけど」
「レイ……?」
ヴァルゼオンが警戒しながら立ち上がる。
「お前、今の話を聞いていたのか?」
「途中からちょっとだけ」
「黒い衣を纏った者を知っているのか!」
「黒い衣……」
レイが少し考える。
「ああ、黒いモヤみたいなのがかかったやつなら何回か戦ったことあるね」
「何?」
レイが思い浮かべているのは、これまで遭遇した強化個体。
身体から黒い靄を漂わせていた魔獣や魔族たちだった。
「どんな奴らだ!」
「詳しくは知らないけど、とにかく強いよ。普通とは違う感じ」
「普通とは違う?」
「なんていうか……狂ってるって表現が近いかなー」
黒い靄を纏い、異常な攻撃性を見せていた強化個体。
レイはその話をしている。
だが――
(やはり……!)
ヴァルゼオンには別の意味で伝わった。
(アストレアを襲った黒衣の者たちを知っている!)
レイはアストレアの腹部を見る。
「その傷も、そいつらにやられたの?」
「……おそらくな」
「一突きで?」
「何?」
「綺麗に穴が開いてるから」
「…………」
ヴァルゼオンが拳を握る。
「そうか」
怒りに満ちた瞳で周囲を見る。
「アストレア。必ず俺がお前の仇を討つ」
「その人、きみの恋人?」
「ああ」
ヴァルゼオンは即答した。
「俺の最愛の女だ」
「そうなんだ」
レイがアストレアを見る。
「じゃあ、まだ諦めない方がいいんじゃない?」
「……何?」
「助けられるかもしれないけど?」
「ふざけるな!」
ヴァルゼオンの怒気が膨れ上がる。
「これだけの深傷だぞ!下手なことを言っていると殺すぞ!」
「まあまあ」
レイはまったく気にしていない。
「きみたち魔族でしょ?」
「……!」
「魔族って魔力が生命力にかなり影響するんじゃないの?だったら魔力を分ければ助かるかもしれない」
「簡単に言うな!」
ヴァルゼオンが睨みつける。
「これだけの傷だ!どれだけの魔力が必要になると思っている!」
「そんなにいらないと思うけど……」
「何?」
レイはアストレアの横へしゃがみ込んだ。
「放っておいたらどの道死ぬしかないと思うけど、どうする?やってみる?」
バルゼオンは諦めたように、
「やってくれ」
レイの手がアストレアの腹部へ触れた。
そして――魔力を流す。
「――っ!?」
ヴァルゼオンの目が見開かれた。
(なんだ……これは……!?)
レイから流れ込んでいく魔力。
あまりにも濃い。
それなのに暴力的な負荷がない。
アストレアの身体へ吸い込まれ、その生命を繋ぎ止めていく。
撃ち抜かれた腹部の傷が塞がっていく。
「馬鹿な……」
ヴァルゼオンの口から思わず声が漏れる。
やがてレイが手を離した。
「これで傷は塞がった」
「…………」
「でも目を覚ますかどうかはアストレア次第かな。手遅れじゃなかったら、そのうち起きると思う」
「お前……」
「早く連れ帰って休ませた方がいいよ」
レイが立ち上がる。
「じゃあ俺は行くから」
「待て」
「ん?」
ヴァルゼオンが呼び止める。
「なぜ分かった?」
「何が?」
「俺たちが魔族だということだ」
「ああ」
レイは少し考えるように夜空を見る。
「……匂い、かな」
「匂いだと?」
「うん。普通の人間とは違うんだよね」
レイはヴァルゼオンを見る。
「きみは特に濃い」
「…………」
「自分でもよく分からないけど、昔からなんとなく分かるんだ、ほんと、なんとなくだけどね」
レイが笑う。
悪意などまったくない。
だが。
(……何だ、この男は)
ヴァルゼオンの本能が警鐘を鳴らしていた。
自分は冥府十王。
これまで数多の人間を見てきた。
弱者も。
強者も。
名のある魔法使いも。
だが――
(底が……見えない)
先ほどアストレアへ流した魔力。
あれだけでも異常だった。
それをこの少年は、まるで大したことではないかのように扱っている。
「じゃあ」
レイが軽く手を上げる。
「恋人、大事にしてあげて」
それだけ言って歩き出す。
「…………」
ヴァルゼオンは呼び止めなかった。
闇の中へ消えていく背中を、ただ見つめる。
(……レイ)
その名前だけが、強く頭に残った。
数日後。
再び地下深くにある円卓。
「まさか、お前ほどの者が失敗したというのか」
グラディウスの低い声が響いた。
ヴァルゼオンは不機嫌そうに腕を組んでいる。
「俺が直接指揮していたわけではない」
「しかし、お前の作戦だろう」
「…………」
「だから言ったでしょう?」
横からリリスの声が飛んだ。
「私がリベルタ中央魔導学院へ大量の強化魔獣を送り込もうとした時も、黒い服を着た者たちに全滅させられたって」
「今回とは違う」
ヴァルゼオンが睨む。
「今回は学院ではなくユノベルだ。それに強化魔獣ごときではない。魔族と人間どもを合わせて千近くいたんだぞ」
「同じようなものじゃない」
「何だと?」
「ユノベルはリベルタからそう遠くない町でしょう?」
リリスが頬杖をつく。
「それに、私たちが用意した強化魔獣は普通の魔獣とは違う。一体でも並の魔族一人に匹敵する程度には強化していたわ」
「…………」
「その数も約千」
リリスがにやりと笑った。
「私たちの話を馬鹿にして、まともに聞こうとしなかったからこうなるのよ」
「黙れ」
「あら、怖い」
まったく怖がっていない。
「でも、アストレアは可哀想ね」
リリスがわざとらしく微笑む。
「あなたの作戦に付き合わされて死にかけたんでしょう?」
「……死んではいない」
「あら?」
リリスの表情が僅かに変わった。
「助かったの?」
「ああ」
「へぇ……」
ヴァルゼオンはそれ以上話さなかった。
アストレアを救った少年。
レイ。
あの異常な魔力のことも。
魔族を一目で見抜いたことも。
そして――自分ですら底を感じ取れなかったことも。
(あいつのことは、まだ話す必要はない)
それよりも今は。
アストレアをあそこまで追い詰めた者たち。
黒い衣を纏った謎の集団。
(必ず見つけ出す)
ヴァルゼオンは拳を強く握りしめた。
(アストレアを傷つけた代償は、必ず払わせてやる)
しかし彼はまだ知らない。
その黒い衣を纏った者たちが――
自分の最愛の女性を救った少年を主と仰ぐ者たちだということを。
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