ギルドクエスト
セラがエリシアを誘ってギルドに行きます。
レイは意識を失ったミオを保健室へ運ぶと、そのまま講義室へ戻った。
すでに放課後。
ほとんどの生徒は帰宅するか、それぞれの課外活動へ向かっており、教室に残っている者は少ない。
その中に、セラとエリシアの姿があった。
「そういえばエリシア、私が冒険者登録したのは知ってるでしょ?」
「うん、最近始めたんだよね?」
「そうそう!それでね、ギルドでものすっごく強い人に会ったの!」
セラが身を乗り出す。
「そんなに?」
「本当に本当に、すごいんだから!私じゃ相手にならない魔獣を、あっという間に倒しちゃうの!」
「へぇ……」
「エリシアにも一回見てもらいたいなぁ。どれくらい強いか絶対びっくりするよ」
「でも、私は冒険者登録してないよ?」
「だったら登録しようよ!」
セラは待ってましたと言わんばかりに笑った。
「エリシアも将来、冒険者になりたいって言ってたでしょ?」
「そうね、学院を卒業したら、その道もいいかなとは思ってたけど……」
「だったら今から経験しておいた方がいいって!」
少し考えてから、エリシアが頷く。
「そうよね。その人からも色々勉強できそうだし、登録してみようかな」
「よし、決まり!」
「その人って、いつもギルドにいるの?」
「毎日じゃないけど、結構会える気がする。実はね、私その人に命を助けてもらったこともあるんだ」
「命を?」
エリシアの表情が変わった。
「うん、私一人じゃ本当に危なかったところを助けてくれて……」
「それはちょっと興味あるかも」
「でしょ?じゃあ今日、さっそく登録しに行こう!」
少し離れたところで、頬杖をついて座っているレイのところまで聞こえてきていた。
(エリシアも冒険者になるのか)
となれば、今後ギルドでセラとエリシアの二人に会う機会も増えるだろう。
(まぁ、カインの姿なら俺だってバレないし問題ないか)
数日後、午前の講義が終わった休み時間。
Bクラスからセラがやって来ていた。
「そろそろギルドカード、できてるんじゃない?」
セラがエリシアへ声をかける。
「うん。そうだね、言われた日数ならたぶん今日にはできてるはず」
「じゃあ今日の講義が終わったら取りに行こうよ!そのまま何かクエスト受けようよ!」
「えっ、いきなり?」
「簡単なのからでいいって!」
「もう、セラったら」
そんな会話がレイの耳にも入ってくる。
(俺も今日はギルドに行くかな。もっと稼がないと……)
黒十華やアビス・ローゼスを動かすにも金は必要だ。
月華商会は勝手にどんどん大きくなっているが、自分の裏の活動に使う金くらいは自分でも稼いでおきたい。
(魔王たるもの、配下に全部任せっきりってのも格好つかないからな)
そんなことを考えていると、不意にエリシアと目が合った。
「ん?」
なんとなくレイが軽く手を振る。
エリシアも小さく手を振り返した。
その横でセラが何やら言っている。
「私を助けてくれた人はね、もっとしっかりしてて、すっごくかっこいいんだから。レイとは大違い!」
「はいはい、分かったわ」
エリシアが苦笑する。
(おい聞こえているぞ、セラよ)
知らないとはいえ同一人物をここまで別人扱いできるのも、ある意味すごい。
やがて午後の講義も終わった。
担任のエルナが教壇から生徒たちを見渡す。
「それでは皆さん、今日はここまでです。それともう一つ」
教室の空気が少し引き締まる。
「最近、この周辺で行方不明者が急に増えています。学院の生徒の中にも、連絡が取れなくなっている者がいます」
ざわりと教室が騒がしくなる。
「原因はまだ分かっていません。しばらくは一人で人通りの少ない場所へ行かないようにしてください。寄り道もほどほどに。いいですね?」
「はーい」
何人かが返事をする。
(行方不明か……)
レイは少しだけ考えた。
先日のヴォルグ。
学院の裏で魔獣を操っていた魔族。
(関係あるのかな)
だが、今のところ何の証拠もない。
(まぁ、いいか)
本当に少し考えただけだった。
講義が終わると、レイはいつものように人目のない裏路地へ向かう。
髪と瞳の色を変え、カインの姿になる。
「さて」
そのまま冒険者ギルドへ向かった。
ギルドへ入ると、カインは真っ直ぐ掲示板の前へ向かった。
(今日は稼げそうなのあるかなっとー)
依頼書を眺めていると――
「あっ!やっぱりいた!」
「……ん?」
聞き覚えのある声。
(この声は……)
振り返る。
案の定、セラがいた。
そして、その隣には――
「…………」
エリシアが立っていた。
「カインさん!こんにちは!」
セラが元気よく挨拶する。
「ああ」
「今日は友達も連れてきたんです!」
セラが嬉しそうにエリシアを前へ出す。
だが……
エリシアはカインを見たまま呆然としていた。
「……カ…イ……?」
「ん?なんだ?」
反射的に返事をした。
そして、カインが首を傾げる。
「……カイなの?」
今度は、はっきりと聞こえた。
「いや、違う」
カインは自分を指差す。
「俺はカインだ」
「…………」
「今返事したのは、俺の名前、カインと呼ばれたのかと思っただけだ」
(俺は何でさっき咄嗟に返事をしたんだ?本当に俺はカインと聞き間違えたからか?いや、確かにカイと……)
「……そっか」
エリシアは僅かに目を伏せる。
「そうだよね。そんなはず……ないもんね」
「?」
カインとセラが揃って首を傾げる。
「エリシア?」
「ううん。何でもない」
エリシアはすぐに笑顔を作った。
「改めまして。初めまして、エリシアです」
「カインだ、よろしく」
「はい」
短い挨拶。
なのに、エリシアはどこか不思議そうにカインの顔を見つめていた。
「それよりカインさん!」
セラが二人の間へ割って入る。
「私たち、これからクエストを受けようと思ってるんですけど、一緒に来てもらえませんか?」
「そうだな。俺もちょうど何か受けようと思ってたところではある」
「やった!」
セラが満面の笑みを浮かべる。
「エリシア、カインさん、ほんっとうに強いんだから!」
「そんなに?」
「見れば分かるよ!」
カインは無意識にエリシアへ視線を向けた。
エリシアもこちらを見ている。
「…………」
その様子を見たセラの頬が僅かに膨らんだ。
「カインさん」
「ん?」
「クエスト選びましょう」
「急だな」
「いいから!」
「?」
理由の分からないカインは掲示板へ向き直った。
「じゃあ……これにするか」
一枚の依頼書を取る。
ゴブリン討伐。
初心者向けのクエストだった。
「エリシアは実戦初めてなんだろ?」
「はい」
「なら、最初はこれくらいがいい。三人で動いた時に、ちゃんと連携できるかも見ておきたいし」
「私は大丈夫ですよ!」
セラが胸を張る。
「前よりはな」
「前よりはって何ですか!」
「前は危なかっただろ」
「うっ……」
セラは何も言い返せなくなった。
エリシアが小さく笑う。
「よろしくお願いします、カインさん」
「ああ」
三人は依頼を受注し、街の外にある森へ向かった。
森へ入ってすぐ、カインが二人へ振り返る。
「最初に一つだけ」
「はい!」
「何ですか?」
「二人とも、俺の指示には従ってくれ」
「「はい!」」
「危険だと思ったら俺が止める。その時は無理に動かないこと」
「分かりました」
「私だってもう勝手に突っ込んだりしませんよ!」
「本当かな」
「本当です!」
暫く森を進む。
やがて――
「ギギッ!」
茂みの向こうから数体のゴブリンが現れた。
「来たぞ」
セラが剣を抜く。
エリシアも杖を構えた。
「エリシア、強化を」
「はい!」
返事とほとんど同時だった。
淡い光がセラの身体を包む。
「次、セラ。右の一体!」
「はい!」
地面を蹴る。
「はぁっ!」
強化された身体で一気に間合いを詰め、セラの剣がゴブリンを斬り伏せた。
「ギィ!」
横から別のゴブリンが襲いかかる。
「エリシア、セラに防御結界!」
「はい!」
ガキンッ!
杖を向けるよりも早いほどの反応。
セラの前に光の壁が展開され、ゴブリンの棍棒を弾いた。
「今だ!」
「やぁっ!」
セラが剣を振るう。
ゴブリンが倒れる。
さらに二体。
「エリシア、左!」
「はい!」
今度はカインへの補助。
指示された瞬間には、すでに魔法が発動しかけている。
(……速いな)
カイン自身も少し驚いた。
初めて組んだとは思えない。
何を求めているのか、言葉を聞かずとも分かっているかのようだった。
「次、セラ!」
「はい!」
残る一体も倒れる。
森に静けさが戻った。
「よし」
カインが剣を収める。
「今日はこんなものだろ」
「…………」
セラはゴブリンではなく、エリシアを見ていた。
(なんで?)
「ねぇ、エリシア」
「何?」
「今日が初めてなんだよね?」
「うん」
「……なんでそんなにカインさんと合わせられるの?」
「え?」
「指示される前から分かってるみたいだった」
エリシアも自分の手を見る。
「……分からない」
「分からない?」
「うん。なんとなく……次に何をすればいい分かるっていうか」
「…………」
「何でか自分でもよく分からないの」
「そう……」
セラは笑ってみせた。
だが、胸の奥に小さな引っかかりが残る。
(私は必死にカインさんの指示を聞いて動いてるのに……)
エリシアは初めてなのに、それが自然にできていた。
(なんで?)
答えは出なかった。
翌日、セラは一人で森にいた。
「今日は一人でやってみます!」
昨日そう言っていた通り、感覚を確かめるため、一人で簡単なゴブリン討伐を受けていた。
「ギギッ!」
一体のゴブリンが飛び込んでくる。
(まず一歩下がる)
昨日のカインの動きを思い出す。
攻撃を避ける。
(次は……今!)
剣を振るう。
だが、僅かに遅い。
「くっ!」
ゴブリンがかわした。
(違う……もっと早く……カインさんなら――)
もう一体。
(ここで攻撃?いや、まず先に避けて――)
迷う。
考える。
その度に動きが一拍遅れる。
「もう!なんで!」
剣で攻撃を受け止める。
「なんでエリシアだけ、あんなに簡単に……!」
昨日の光景が頭から離れない。
カインが指示を出す。
エリシアが即座に応える。
まるで、ずっと前から一緒に戦っていたかのように。
「私だって……!」
その一瞬だった。
「グギャァ!」
「え?」
木の陰から、一回り大きなゴブリンが飛び出してきた。
巨大な棍棒が振り下ろされる。
(まず――)
考えた。
その一瞬が遅かった。
「しまっ――」
ガキィン!!
棍棒の軌道が大きく逸れた。
「何をしてる!」
「え?」
「ぼさっとするな!一瞬が命取りになる。死ぬぞ!」
目の前に、一人の男が立っていた。
「カインさん!?」
「話はあとだ」
カインが剣を構える。
「あいつを倒すぞ」
「は、はい!」
大型ゴブリンが咆哮し、再び棍棒を振り上げる。
「攻撃が来る。避けろ!」
「はい!」
だが、
(右?左?どっち?)
一瞬考えてしまう。
その分だけ遅れてしまう。
ガンッ!!
カインが横から剣を入れ、棍棒を弾き飛ばす。
「遅い!」
「す、すみません!」
「考えすぎだ!」
「え?」
「全部頭の中で答えを出してから動こうとするな!」
ゴブリンが再び向かってくる。
「見ろ!」
「……!」
「見て、動け!感じろ!考えるのはそのあとだ!」
「…………」
その言葉に、セラの表情が変わる。
(そうか)
カインの指示を完璧にこなそうとしていた。
一つ一つ考えて、確認して、それから動いていた。
(だから遅れてたんだ)
「来るぞ!」
ゴブリンが踏み込む。
棍棒が横薙ぎに振られた。
今度は考えない。
身体が先に動いた。
「っ!」
身を沈めてかわす。
「今だ!」
「はい!」
即座に踏み込む。
迷わない。
「はぁぁっ!」
剣が一閃した。
大型ゴブリンの首が落ちる。
ドサッ。
「…………」
セラは数秒、動かなかった。
そして自分の剣を見る。
「できた……」
「ああ」
「私、考えすぎてたんですね」
「ああ、そうだな」
カインが剣を収める。
「それに、エリシアとお前じゃ役割が違う」
「役割?」
「あいつは補助魔法が中心だ。全体を見ながら俺たちに合わせる。お前は前に出て直接戦う」
「…………」
「エリシアは後方で周りに気を配れる位置にいる。同じように動ける方がおかしいんだ。反応の仕方が違って当然だろ」
「……はい」
セラは頷いた。
(確かにそうかもしれない)
だが……
昨日感じた違和感は、それだけではなかった。
(カインさんとエリシアのあれは……)
もっと別の何か。
言葉にできない。
それでも、確かにそれ以上の何かがあったように感じた。
「ところで」
「はい?」
「一人で練習するのはいいけど、油断はするなよ」
「……はい」
「昨日あれだけ言ったのに」
「分かってます!」
「本当かな」
「もう!」
セラが頬を膨らませる。
「でも……また助けられちゃいましたね」
「ああ、それは後で反省しろ」
「そこは『無事でよかった』とかじゃないんですか?」
「無事だから言ってるんだ」
「もう少しくらい優しくてもいいのに……」
そう言いながらも、セラの表情はどこか嬉しそうだった。
さらに翌日、
「今日はワイルドボアの討伐に行ってみるか」
「賛成です!」
セラがすぐに答える。
昨日の戦闘で何か掴んだのか、以前より表情に余裕があった。
「エリシアは?」
「私も大丈夫です」
「じゃあ決まりだな」
三人は再び森へ入った。
少し奥まで進んだところで、茂みの向こうに一頭のワイルドボアを発見する。
大きな牙に太い脚。
こちらの存在に気づくと、地面を蹴って威嚇してきた。
「来るぞ」
三人が構える。
「エリシア、防御力を上げてくれ」
「はい」
淡い光が三人を包む。
「…………」
セラはエリシアを見る。
(また……)
カインが言葉を発するより僅かに早く、エリシアはすでに杖を構えていた。
(言われたから動いたんじゃない)
まるで、次に何を頼まれるのか分かっていたように。
「次、セラに攻撃強化」
「はい!」
今度も速い。
光がセラの剣を包む。
「セラ!」
「はい!」
ワイルドボアが突進してくる。
昨日までなら、一度考えていた。
だが今日は違う。
動きを見る。
横へかわす。
そして――
「攻撃だ!」
「はぁっ!」
踏み込む。
強化された剣がワイルドボアの首元を斬り裂いた。
「ブギィッ!」
巨体が地面へ滑り、そのまま動かなくなる。
「やった!」
セラが振り返る。
「よし。今のは良かった」
「ほんとですか!?」
「ああ」
「やった!」
満面の笑みを浮かべる。
「カインさん、すごいですね」
エリシアが感心したように言う。
「セラの癖をすぐに見つけて、次の日には直しちゃうなんて」
「本人が直したんだよ。俺は言っただけ」
「それでもです」
エリシアは柔らかく笑った。
「カインさんって、教えるのも上手なんですね」
「そうかな」
「はい」
「…………」
セラは二人を見ていた。
胸の奥が、また少しだけざわつく。
(そう、カインさんはすごい)
強くて。
自分が危ない時には助けてくれて。
ちゃんと自分の悪いところも見つけてくれる。
もっと一緒に戦いたい。
もっと色々なことを教えてほしい。
そして――
(もっと、カインさんのことを知りたい)
その視線が、隣にいるエリシアへ移る。
本人すら理由が分かっていないほど、カインの動きに自然と合わせられる親友。
胸の奥に刺さった小さな棘が、少しだけ大きくなる。
(……できれば)
セラは剣を握り直した。
(カインさんの隣にいるのは、私がいいな)
まだ、それを口に出すつもりはなかった。
セラの嫉妬がかわいいと思います。




