犯人探し
リリスとルシェが犯人探しをします。
リベルタ中央魔導学院。
ヴォルグが死んだあの日、リリスは学院の屋上から一部始終を遠目に見ていた。
学院裏にいた人影は三人。
だが距離があり、誰なのかまでは確認できなかった。
(ヴォルグを倒したのは、間違いなく学院にいる誰か……)
ヴォルグは決して弱くない。
少なくとも、そこらの学生がどうにかできるような魔族ではなかった。
それほどの者を倒せる人間なら、そう簡単に隠し通せるはずがない。
(すぐに見つかるわ)
リリスはそう考えていた。
その日の昼休み。
Aクラスの講義室。
リリスとルシェは、それとなく周囲の生徒から話を聞いていた。
ヴォルグが授業中に抜け出した日。
その後を追うように講義室を出ていった生徒はいなかったか。
あまり露骨にならないよう、何気ない会話に混ぜて探っていく。
そして――
「見つかりましたね」
ルシェが小声で言った。
「ええ、思ったより簡単だったわ」
何人かの証言が一致している。
ヴォルグが教室を出たあと、その後を追った二人。
セイル。
ヴェイン。
普段は右眼だの右手だのと騒いでいる変わり者だが、二人ともAクラス。
魔力量も決して低くない。
(あの二人が関わっているのは間違いない)
だが、屋上から見えた人影は三人だった。
もう一人いる。
「ルシェ」
「はい」
「あの二人から、三人目が誰なのか聞き出すわよ」
リリスは楽しそうに微笑んだ。
放課後––––
学院裏手の人気のない場所。
ヴォルグが消された、まさにその場所だった。
「女性から呼び出されるなんて初めてだな、ヴェイン」
セイルが落ち着かない様子で周囲を見る。
「…………」
「おい」
「なんだ、同志」
「その顔……まさかお前、今までにも女子から呼び出されたことがあるのか?」
「いや違うや、俺の足を見ろ?俺もお前と同じで緊張しているだけだ」
プルプルプルプル
「そうか……」
「ああ、そうだ……」
二人は顔を見合わせる。
人気のない場所。
放課後。
女子二人から呼び出された。
「この状況……まさか」
「同志よ。俺も同じ結論に至った」
「「告白……!」」
二人の声がぴたりと重なった。
「お二人とも、お待たせしてごめんなさい」
「「!」」
リリスとルシェが姿を現す。
「い、いや! 全然待ってないぞ!」
「我らに時間という概念は――」
「セイルさん」
「ない!えっ?」
ルシェがそっとセイルの手を取った。
同時に、リリスもヴェインの手を握る。
((キターーー!!))
二人は心の中で盛大に拳を突き上げた。
甘いとてもいい香りが辺りに漂い始める。
「ねぇ、ヴェインさん」
リリスがすぐ近くから囁いた。
「少しだけ教えてほしいことがあるの」
「……はい」
ヴェインの目から徐々に焦点が失われていく。
「ヴォルグがここで死んだ時……ここにいたのは誰?」
「俺と……セイルと……レイ……です」
リリスの瞳が僅かに細くなる。
反対側では、ルシェもセイルへ問いかけていた。
「セイルさん。あなたが見たのも同じ?」
「はい……俺たちと……レイ……でした」
(レイ?)
リリスは記憶を探る。
当然、すぐに一人の少年が浮かんだ。
先日の魔力測定。
魔力反応はほとんどなく、属性すら現れなかった少年。
(あの無属性の?)
もう一人がレイだったことは分かった。
ならば次だ。
「ねぇ」
リリスはさらに声を落とす。
「ヴォルグを倒したのは、あなた?」
「…………」
「それとも、セイルさん?」
ヴェインの口がゆっくりと動いた。
「……レイ」
同時に。
「……レイです」
セイルも同じ名前を口にした。
「え?」
ルシェが思わず魅了を維持したまま振り返る。
「レイって……あの無属性の?」
「はい……」
「本当に?」
「はい……」
リリスの表情から笑みが消えた。
(どういうこと?)
ヴォルグほどの魔族を無属性の学生が倒す。
常識的に考えればあり得ない。
(この二人が見間違えた?それとも……何か別の力をレイのものだと思い込んだ?)
どちらにせよ、本人を調べる必要がある。
「今日はここまでね」
「はい」
二人が手を離す。
甘い香りが消えていく。
リリスとルシェはそのまま姿を消した。
「…………」
「…………」
暫くして、セイルが瞬きをする。
「……俺たち、ここで何してた?」
「新しい必殺技でも考えていたのではないか?」
「なるほど」
「覚えてないということは、完成には至らなかったという事か」
「惜しいことをしたな」
二人は特に疑問を持たないまま学院へ戻っていった。
翌日、Aクラスの講義室。
「レイさん」
「ん?」
声をかけられ、レイが振り返る。
リリスとルシェが立っていた。
「あれ?リリスだよね?」
「ええ」
「そっちはルシェで合ってる?」
「はい」
「ほとんど話したことないと思うんだけど、急にどうしたの?」
「少しお話したいことがあるの」
リリスが微笑む。
「ここではちょっと……」
「ふーん」
レイは二人を見る。
(わざわざ人のいないところで話……?)
そして一つの可能性に辿り着いた。
(まさか……二人同時に告白!?どちらか選べと?)
「いいよ。行こうか」
随分と軽い返事だった。
連れてこられたのは、学院の裏手。
ヴォルグと戦った場所だった。
レイが周囲を見る。
「それで話って?」
返事の代わりに、リリスがレイの右手を取る。
ルシェは左手。
「おっと」
レイの眉が上がった。
「これは二人から愛の告白かな?どっちか選ばなくても俺は二人ともいけるけど」
「ふふっ」
リリスが笑う。
「はい。実は私たち二人とも――」
ルシェが距離を縮める。
同時に、甘い香りが周囲へ広がった。
魔力がレイを包み込む。
魅了。
意識へ直接干渉し、警戒心を奪い、相手の問いへ素直に答えさせる魔法。
「ねぇ、レイさん」
リリスが囁く。
「お友達から聞いたの」
「ん、何を?」
「ヴォルグがここで倒された時、あなたもここにいたんですって」
「ああ、いたねー」
「じゃあ教えて?」
さらに魔力が強まる。
「ヴォルグを倒したのは誰?」
「…………」
レイは少し考えた。
「さぁ?」
「え?」
「あの時は色々あったし、誰がやったかなんて分からないな」
「…………」
リリスの眉が僅かに動く。
(分からない?)
魅了を受けた人間なら、質問には素直に答えるはず。
だが、目の前の少年は普段と何も変わらない。
(効いてない……?いえ、まさか)
鼻の下が伸び表情も緩んでいる。
警戒しているようにも見えない。
(この子自身が状況を理解していなかっただけ?)
「もう少し聞かせてもらってもいいかしら?」
「いいよ」
その時だった。
「ちょっと!あなたたち何やってるの!?」
「ん?」
鋭い声が響く。
「ミオねぇ?」
そこに立っていたのはミオだった。
リリスとルシェに左右から手を握られているレイを見るなり、その目が細くなる。
「レイから離れなさい!」
「少しお話していただけですよ」
リリスはすぐに手を離した。
「もう終わりましたので」
「ええ、行きましょう、リリス様」
二人はミオの横を通り過ぎる。
すれ違いざま、リリスが僅かに視線を向けた。
(この子……)
近づくまで気配に気づくのが遅れた。
しかも、かなり強い魔力を持っている。
(まさか……この子が?)
新たな疑いが生まれる。
そしてもう一つ。
(それより……レイへの魅了……本当に効いていた?)
リリスは違和感を感じていたが答えを出せないまま、その場を離れた。
「レイ、大丈夫?」
「うん?」
「何もされてない?」
(屋敷でらあんなハレンチなメイドたちに囲まれて学園でも変なのにちょっかいかけられて、もぉー!)
「何もされてないよ」
「本当に?」
「本当だって」
(あーあ、楽しい時間だったのになぁ……)
数日後、学院の人気のない裏庭。
「それで?」
ミオは腕を組み、二人の女子生徒を見ていた。
「今度は私を呼び出し?」
向かいに立つのはリリスとルシェ。
(嫌な予感しかしないわね)
「随分警戒しているのね」
リリスが微笑む。
「当然でしょう」
ミオの表情は冷たい。
「この前、《《わたしの》》レイに何してたの?」
「ただお話を」
「人のいない場所で、二人がかりで?」
「鋭いのね」
リリスの笑みが深くなった。
「だから、あなたともお話したかったの」
「私と?」
一歩、リリスが近づく。
ふわり。
甘い香りが広がった。
「……くっ」
ミオの表情が変わる。
魔力による干渉。
本能的にそれを察した。
「魅了」
リリスが囁く。
だが、ミオは踏みとどまった。
「……何よ、これ」
「やっぱり強いですね」
ルシェが笑う。
「普通なら、もう意識を持っていかれてますよ」
「だったら――」
二人の魔力がさらに膨れ上がる。
「重ねてあげる♡」
「魅了」
リリス。
「魅了」
ルシェ。
二つの魔力が重なった。
「くっ……!」
ミオの視界が揺れる。
膝から力が抜けかけた。
(まずい……)
抵抗する。
だが、意識へ直接入り込んでくる魔力を完全には防ぎきれない。
「……っ」
やがて身体から力が抜けた。
瞳から鋭さが薄れる。
「いい子ね」
リリスが近づく。
「少しだけ教えて」
「…………ええ」
「最近、異常な魔力を感じたことはある?」
「……ある」
リリスとルシェが目を合わせる。
「どこで?」
「……森」
「誰の魔力?」
僅かな沈黙。
「……分からない」
(嘘じゃない)
少なくともミオは、強化魔獣を操っていた者の正体を知らない。
「じゃあ質問を変えましょう」
ルシェが囁く。
「学院で、あなたが強いと思っている人物は?」
「…………レイ」
即答だった。
「!」
リリスの目が光る。
(やっぱりレイ……)
「レイはどれくらい強いの?」
「……分からない」
「分からない?」
「でも……」
ミオの眉が僅かに寄る。
「……違う」
「何が?」
「あの子……何か……隠してる…」
「…………」
リリスの表情が変わる。
「何を隠しているの?」
「…………」
「教えて」
「…………」
ミオの拳が強く握られた。
「……嫌」
「!」
「それ以上は……答えない」
低い声。
魅了はまだ解けていない。
それでも、ミオは無理やり抵抗していた。
「へぇ……」
リリスが感心したように目を細める。
「二人がかりでも完全には落ちないのね」
「これ以上強くすると危険です」
ルシェが小声で告げる。
「そうね」
リリスも頷いた。
「でも十分よ」
その時、
「何してるの?」
「――っ!」
背後から声がした。
二人が同時に振り返る。
レイが立っていた。
「レイ……?」
魅了が途切れる。
強引に抵抗していた反動か、ミオの意識が落ちた。
ミオの身体が崩れる。
「え?」
ルシェが瞬きをした。
「おっと」
さっきまで目の前にいたレイが消えている。
「嘘……」
次に二人が視線を向けた時。
反対側で倒れかけていたミオを、レイがすでに抱き留めていた。
「そんな……いつ……?」
動きが見えなかった。
レイはミオをそっと地面へ座らせる。
眠っているだけだと分かると、ゆっくりと立ち上がった。
「俺さ」
リリスとルシェを見る。
「他人が何してても、そんなに気にしないんだよね、となりで争いが起こっててもわりとどうでもいいかも」
「…………」
「だけど――」
僅かに声が低くなる。
「俺の身内に手を出すのはダメだ」
レイの脳裏に、先日戦った魔族が浮かぶ。
「この前のあいつもそうだった––––」
リリスの目が見開かれる。
「この前の……?」
ルシェが先に気づいた。
「まさか……ヴォルグ!?」
「ああ、そんな名前だったか」
「やっぱり……!」
ルシェの顔が怒りに歪む。
「お前がヴォルグを殺したのか!?」
「さて、どうだろうな」
「リリス様!」
「待ちなさい」
リリスが手で制した。
まだ確かめなければならないことがある。
「ルシェ」
「……はい」
「もう一度よ」
二人がレイを挟む。
甘い香りが一気に濃くなった。
「魅了」
「魅了」
先ほどミオへ使ったものと同じ。
二人による重ねがけ。
「レイ」
リリスが目を見つめる。
「力を抜いて」
「ああ、いいよ」
「私たちの質問に、素直に答えて?」
「しょうがないなぁ」
レイは面倒そうに肩をすくめた。
リリスはその反応を見逃さない。
(……?)
妙だ。
魅了された者特有の虚ろな目になっていない。
「ヴォルグを倒したのは――あなた?」
「…………」
レイは一瞬だけ考えた。
そして––––
「そうだよ」
「!」
「俺が倒した」
あまりにも普通に答えた。
「同志を襲ったからな」
リリスの背中に冷たいものが走る。
(待って)
魅了されたから答えたのか。
それとも――
(何かおかしい……最初から、自分の意思で答えている……?)
いや、あり得ない。
リリスの魅了は、人間相手だけに通じる程度のものではない。
冥府十王の魔族ですら、まともに受ければ少なからず精神へ影響が出る。
まして今はルシェとの重ねがけ。
(私たち二人の魅了が……効いていない?)
もし本当にそうなら。
(そんな存在……)
リリスの表情から笑みが消えた。
(私たちの手に負える相手じゃない)
「お前かぁぁぁぁ!!」
「ルシェ!やめて!」
突然、ルシェが叫んだ。
「お前がヴォルグを殺したのか!!」
魔力が爆発する。
「お前も地獄に落としてやる!」
「待ちなさい!」
だが止まらない。
「来るなら容赦しないけど、いい?」
レイが静かに聞く。
「黙れぇぇぇ!!」
ルシェが飛び込んだ。
「地獄に堕ちろぉぉぉ!!――デモンズ・ペイン!!」
黒い魔力が一気に放たれる。
ガキィン!!
「なっ!?」
レイの手には、いつの間にか二本の剣が握られていた。
炎の剣。
闇の剣。
放たれた一撃を横へ弾き飛ばす。
「じゃあ、行くよ」
「――っ!」
レイが消える。
ルシェの視界に炎と闇の光が交差した。
「––––双極断」
ザンッ!!
「……え?」
ルシェが自分の身体を見る。
交差する二本の傷。
「この程度……!」
「もう遅いかな」
「何が――」
「––––黒焔侵蝕」
ボウッ!!
「――え?」
傷口から激しく黒い炎が噴き出した。
「な、何……これ……?」
黒焔がルシェの身体へ食い込んでいく。
「いやだ……」
振り払おうとする。
だが消えない。
「何これ?熱い……痛い……!」
炎が内部へ侵食する。
「い、いや……私も……死ぬの……?」
「ルシェ!」
「リリス様……助け……」
黒い炎が全身を覆った。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫。
そして――黒い炎は全てを燃やし尽くし静かになった。
「…………」
リリスは動けなかった。
目の前で見た。
ヴォルグを殺したのと同じ力。
炎でありながら、ただ燃やすものではない。
闇のように相手を蝕み、その存在そのものを焼き尽くしていく黒焔。
(……何よ、あれ)
リリスの呼吸が僅かに乱れる。
(あんな邪悪な炎……)
一つの言葉が、脳裏をよぎった。
(まるで――魔族の王……魔王……)
「リリス、お前も死に急ぐ?」
「!」
レイがリリスを見る。
その目には、先ほどまでの軽さがない。
返答次第で容赦なく消される。
「…………」
リリスは数秒、何も言わなかった。
そして––––
「いいえ」
口元に僅かな笑みを戻す。
「私はあなたには敵わないわ」
「そう」
「今日は退かせてもらう」
「逃げるなら追わないよ」
「……そうしてもらえるなら……助かる……」
リリスの姿が黒い靄へ溶けていく。
消える直前まで、その目はレイから離れなかった。
(何なのよ……あなた)
次の瞬間、リリスの姿は完全に消えた。
数日後––––
冥府十王召集。
薄暗い広間に、複数の魔族が集まっていた。
中央にはリリスが立っている。
「……報告は以上よ」
暫くの沈黙。
やがて、一人が笑った。
「くく……また部下を失ったのか?」
「ヴォルグに続いてルシェまでとはな」
「だから言っただろう。他人を惑わす事くらいしかできないサキュバス如きでは荷が重いとな」
「二人も失って、犯人すら分からないのか?」
「…………」
好き勝手な言葉が飛ぶ。
リリスは反論しなかった。
ただ、唇を僅かに噛む。
(好きなだけ言ってればいいわ)
誰がヴォルグを殺したのか。
誰がルシェを殺したのか。
どんな力を持っているのか。
そして――
自分の魅了が通じなかった可能性。
(この情報だけは……)
リリスの口元が僅かに歪む。
(絶対に教えてやらない)
ヴォルグとルシェ。
二人の犠牲と引き換えに手に入れた情報。
それを自分を嘲笑う者たちへ渡すつもりなどなかった。
リリスは何も知らないふりをして、静かに目を伏せた。
ヴォルグもルシェもお気に入りではあったんですが(泣)




