水着。イカ焼き、そしてイカ焼きそば
第35話
シェルナ村到着。
ラスティアの町は、爆発による被害があまりにも大きかった。
復興には相当な時間がかかるだろう。
たとえ町が元通りになったとしても――失われたものまで戻るわけではない。
「あそこで魔族が襲ってきたということは、やはりドン・ボッタクーレは魔族とも繋がりがあるのでしょうか?」
馬車の中。
ミリエルが静かに尋ねた。
「たぶんそうだろうね」
ルナが膝の上のみゅうを撫でながら答える。
「タイミングが良すぎるもの。ドン・ボッタクーレに雇われて、ラスティアを襲ったと考えるのが自然じゃない?」
「魔族がお金で動くこともあるの?」
「もちろん。魔族だからって全員が同じ考えじゃないからね。金で動く奴だって普通にいるわ」
「ゴロゴロ……」
みゅうだけは気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「ラスティアのことは俺からアルベルト王に報告しておくよ」
レイが水晶を取り出す。
「魔族に襲撃されて町が壊滅状態になったと伝えれば、復興支援部隊を出してくれるはずだ」
ミオには、黒十華と魔族たちとの戦闘については詳しく伝えなかった。
町へ戻った時にはすでに大きな被害が出ていた。
そう説明している。
「それもドン・ボッタクーレの仕業だっていうの!?」
ミオは声を震わせた。
「なにそれ……許せない!」
それぞれが違う思いを抱えながら。
一行はラスティアを後にした。
それから数日––––
いくつかの町や村へ立ち寄りながら、補給を続ける。
そして分かったことがあった。
ドン・ボッタクーレ商会の影響は、想像以上に広い。
商品を卸す商会に武器屋、宿屋、飲食店にまで。
地域によって差はあるものの、立ち寄った先で何度もその名前を耳にした。
「どこにでも出てくるな……」
レイが呟く。
いずれ何とかする。
その考えだけは変わらなかった。
そして――
「おお……!」
レイの目の前に、青い海が広がった。
ラスティアの宿で教えてもらった村。
シェルナ村だ。
漁業と海の家を中心に生計を立てている、小さな海辺の村だ。
真っ白な砂浜。
雲一つない青空。
どこまでも透き通った海。
「うわーめちゃくちゃ綺麗だな!」
レイが思わず声を上げる。
「すごいにゃー!」
ニアも目を輝かせる。
「海ー♪」
エルフィが真っ先に砂浜へ駆け出しかけた。
「まだ荷物があるよ!」
エルミナが服を掴んで止める。
「むぅー」
それにしても、絶好の海水浴日和だった。
(こんなに天気もいいんだ。さぞかし海水浴客でいっぱいなんだろうな……)
レイは砂浜を見る。
「…………」
誰もいない。
「ん?」
もう一度見る。
「…………」
やっぱりいない。
(おかしい)
レイの表情が真剣になる。
(なぜ水着のお姉さんたちがいないんだ!?)
重大問題だった。
「主様?」
「いや、なんでもない」
エフィリアにじーっと見られる。
よく見ると、砂浜沿いに並ぶ海の家もほとんど閉まっている。
扉に板を打ち付けた店まであった。
「何かあったんですかね」
ルピナが周囲を確認する。
「あっ」
ミリエルが一軒を指差した。
「あそこだけ開いていますよ!」
「行ってみよう」
「いらっしゃいませー」
唯一営業していた海の家。
中へ入ると、一人の少女が迎えてくれた。
白い水着姿の看板娘だった。
「…………」
レイの視線が止まる。
慣れていないのか、水着姿を少し恥ずかしそうにしている。
(ようやく海らしい光景が――)
「……主様」
「はい!」
エフィリアの声で即座に正面を向いた。
「何?」
「いえ?」
笑顔だった。
怖い。
そこへ店の奥から、中年の男が出てきた。
「お客さんたちも運が悪いねぇ」
「運が悪い?」
「今は食い物がほとんど出せないんだよ。キンキンに冷えたエールと炭酸水くらいならあるけどな」
「エール!」
レイが即答した。
そういえば、この暑さの中を歩いてきたのに何も飲んでいない。
「じゃあ俺はエール」
「私は炭酸水にします」
「ニアも!」
各自が好きな飲み物を注文する。
「お待たせしましたー」
先ほどの看板娘が飲み物を運んできた。
「どうぞ」
「ありがとう」
じーっ
「……」
「主様」
「分かってるって!」
レイは慌ててエールを手に取った。
ゴクッ。
「…………!!」
冷たい!!
喉を一気に通り抜けていく。
「く〜キンキンに冷えてやがる……」
その横で炭酸水を飲んだルナが目を見開いた。
「……悪魔的!」
「ルナが言うと妙に説得力あるな」
「どういう意味?」
「なんとなく」
店主が苦笑しながらこちらを見る。
「それで、あんたらはなんで今こんなところへ?」
「引っ越しの途中なんです」
レイが答える。
「途中で立ち寄った町で、ここを勧めてもらって」
「あぁ……それなら知らなくても仕方ねぇか」
店主は頭を掻いた。
「この近辺の奴なら、今はここを勧めたりしねぇからな」
「何かあったの?」
「大王イカだよ」
「大王イカ?」
「ああ、いつもはこんなこと滅多にないんだが、近頃この辺りに巨大な大王イカが出るようになってな」
漁へ出た船が襲われた。
海水浴客にも触手が伸び、危うく怪我人まで出るところだった。
その噂が周辺へ広がり――
「この有様さ」
店主が閑散とした砂浜を見る。
「漁師も船を出せない。客も来ない。海の家も全部閉まっちまった」
「でも、なんでここだけ開いてるの?」
レイが聞く。
「あー……」
店主が看板娘を見る。
「大王イカが出る前に、短期であの娘を雇っちまってな。せめて少しでも稼いでもらおうと思ったんだが……」
「…………」
なんとも言えない空気になる。
その時……
カラン。
店の奥で氷がグラスへ当たる音が響いた。
「大王イカ……だと?」
「!」
低い声。
レイが振り返る。
二人の少年がいた。
黒いマント。
妙に格好つけた座り方。
一人がゆっくりと立ち上がる。
「そんな陳腐な名で括るんじゃない」
バサッ!
マントを翻す。
「深淵より這い出る捕食者――」
もう一人も立ち上がった。
「奴の真名は……」
二人が同時に構える。
「「オブリビオン・クラーケン!」」
「忘れ去られた名だ……」
「いや、大王イカ……」
店主が呟いた。
「…………」
レイの胸がざわつく。
(なんだ、この感覚は……)
分かる。
こいつらは――
––––同類。
「遅いな」
レイが静かに口を開く。
「今頃気づいたか」
「なに!?」
二人の顔色が変わる。
「お前にも見えているというのか!」
「名前は?」
「レイだ」
「俺はセイル!」
「ヴェインだ!」
セイルが腕を組む。
「やはり同類であったか!」
「いや」
レイが不敵に笑う。
「俺は――お前たちよりもはるか上だ」
「「なにぃ!?」」
「何言ってるの、あの子たち?」
ミオが小声で尋ねる。
「さぁ……」
エフィリアも今回は分からなかった。
その時だった。
「大王イカが出たぞぉぉぉぉぉ!!」
外から叫び声が響く。
「!」
セイルが右腕を押さえた。
「ぐっ……右腕が!」
ヴェインが右目を押さえる。
「右眼が……!」
「「疼く!!」」
「行くぞ!」
「おう!!」
「待て待て待て!」
店主が慌てて二人を止めようとする。
「逃げろって!戦って勝てる相手じゃねぇ!」
だが、すでに全員が外へ飛び出していた。
そして、砂浜。
先ほどまで穏やかだった海の空気が変わっている。
ザザァァァァ……。
沖から巨大な影が近づいてくる。
「うわ、でっか……」
レイが目を見開く。
巨大な大王イカ。
砂浜近くまで迫り、何本もの触手を伸ばしていた。
ギギギギィィィ!!
「来るぞ!」
触手が一斉に飛んでくる。
「きゃああっ!」
看板娘が悲鳴を上げた。
「うおおお!」
セイルとヴェインが前へ出る。
だが――
「「「えっ」」」
看板娘とセイル、ヴェインが同時に声を出す。
ズザザザザザザザッ!!
「「うわぁぁぁぁぁぁ!!」」
セイルとヴェイン、二人が触手に巻き付かれ、そのまま砂浜を引きずられていった。
こんな時は若い女の子がと相場が決まって……げふん。
「まだだ!」
セイルが片手を伸ばす。
「凍てつけぇぇぇ!!」
バキバキバキッ!
触手の表面が凍りつく。
「やった!」
次の瞬間。
バリン!!
「「えっ?」」
あっさり砕かれた。
「右腕の力が足りない!」
「眼の封印がまだ!」
「ただ負けてるだけだろ!」
レイが突っ込んだ。
「待て!」
店主が海を見る。
「そいつぁー……メスだ!」
「メス?」
その直後。
ザバァァァァン!!
「なっ!?」
さらに巨大な影が海から現れた。
一回り大きい。
「もう一匹!?」
「おそらく、あいつがオスだ!!」
店主が叫ぶ。
「そういうことか!オスがあのメスを追い回したせいで、メスがこの辺りまで逃げてきたんだ!」
「痴話喧嘩に村全体巻き込まれてんの!?」
「そういうことになる!」
「迷惑すぎる!」
オスの大王イカが触手を伸ばす。
「きゃああああ!」
今度は看板娘が捕まった。
「いやぁ!気持ち悪い!離してー!」
「ちょっと!何すんのよ!」
「ミオ姉!?」
ミオまで触手に巻き付かれている。
触手に捕まるのは若い女の子と……げふん。
「離しなさいよ!こいつ!」
「くっ……!」
その少し横、触手に捕まったセイルとヴェインが必死に顔を上げる。
「よく……見えない……!」
「俺もだ……!」
「お前ら何を見ようとしてんだ!」
同志だと思ったが、今だけはさすがにダメだ。
(ミオ姉をジロジロ見るんじゃない!)
「エルミナ!」
「はい」
異空間から長大なライフルを取り出す。
「麻酔弾!」
「大王イカですか?」
「いや」
レイが指差す。
「捕まってる四人だ」
「えっ?はい、分かりました」
ドンッ!
セイル。
ドンッ!
ヴェイン。
ドンッ!
看板娘。
ドンッ!
ミオ。
遠く離れた場所からの狙撃。
四人とも訳がわからないまま力が抜け、そのまま眠りについた。
「よし」
「よし、じゃないにゃ」
「これで暴れないしバレずに救出しやすいだろ」
「そう言う事だったにゃー」
レイが海を見る。
「黒十華はメスの方を頼む」
「「「了解」」」
「任せてにゃ!」
黒十華が一斉に動く。
そしてレイは――
さらに巨大なオスへ向き直った。
右手を上げる。
人差し指を伸ばす。
まるで銃のように。
「じゃあ、お前の方は俺がやるよ」
大王イカが巨大な触手を振り上げる。
レイが小さく呟いた。
「––ばん」
瞬間。
ドッ――!!
凄まじい風圧が砂浜を駆け抜けた。
一瞬遅れて。
ドォォォォォォォン!!!
「なっ!?」
店主が目を見開く。
オスの大王イカ。
その胴体に――巨大な穴が開いていた。
だが、それだけではない。
その背後。
海が一直線に割れている。
「…………」
海底が見えていた。
「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁ!!」
店主の絶叫。
ザザザザザザザザァァァァ!!
左右へ押し退けられた海水が、一気に元へ戻っていく。
力を失った触手から、ミオと看板娘が落ちる。
「クロエ!」
「うん、わかった」
レイとクロエが駆ける。
レイがミオ。
クロエが看板娘。
二人を無事に受け止めた。
「すぅ……」
「まだ、寝てる」
「麻酔弾だからな」
その頃、もう一匹の大王イカも――
「終わったにゃ!」
完全に制圧されていた。
「……さすが、早いな」
巨大なイカが細かく切り分けられている。
「これなら調理しやすいねー♪」
エルフィが楽しそうに言った。
「最初から食べる気だったの!?」
店主は呆然としていた。
レイ。
そして黒十華を見る。
「あんたら……何者なんだ?」
「うーん……」
レイは少し考える。
「旅団ってことにしといて」
「旅団?」
「名前は黒十華」
黒十華の面々が顔を見合わせる。
「そいつらが起きて、何があったか聞かれたら――見知らぬ旅団が突然たまたま現れて、大王イカを倒してどこかへ行ったって言っといてよ」
セイル。
ヴェイン。
そしてミオ。
余計な説明をするのは面倒だ。
「……分かった」
店主は頷いた。
その直後。
表情が一変する。
「よぉぉぉし!!」
「?」
「大王イカが二匹も手に入ったぞ!」
店主が包丁を取り出した。
「イカ焼きだ!イカ焼きそばだ!!」
「おおー!!」
エルフィが歓声を上げる。
「イカ焼きにゃー!」
騒ぎを聞きつけた村人たちも、次々と砂浜へ集まってくる。
「大王イカが倒されたぞ!」
「本当か!?」
「これで漁に出られる!」
「海水浴客も戻ってくるぞ!」
先ほどまで静かだった砂浜が、一気に賑やかになっていった。
しばらくして。
「できたぞー!」
ジュウウウウウ……。
香ばしい匂いが辺りへ広がる。
「イカ焼きとイカ焼きそば!」
「うまそう!」
「たくさんあるから遠慮すんな!」
店主が豪快に笑う。
「メスの方は身が柔らかい!オスの方はしっかり歯応えがあるぞ!」
「いただきます!」
レイがイカ焼きを一口。
「……!」
噛む。
甘い。
香ばしい。
「うんま!」
「こっちの焼きそばも美味しいにゃ!」
「主様、これも!」
エルフィが皿を差し出す。
「食べる食べる!」
「おかわりもいくらでもあるぞ!あんたらのおかげで村も元に戻れそうなんだからな!」
「店主!」
「なんだ?」
「エールもらえる?」
「はいよ!」
キンキンに冷えたエールが運ばれてくる。
ゴクゴクゴク。
「くぅぅぅー!」
レイが顔を上げる。
「キンキンに冷えてやがる!」
ルナも隣で炭酸水を飲む。
「悪魔的……!」
「また言ってる」
「なぜだか言いたくなっちゃうの」
賑やかな声が砂浜に響いていた。
その中、ルピナがレイの隣へ座る。
「主様」
「ん?」
「あの店主は信用できるのでしょうか?」
「店主?」
「私たちの戦闘を見られていますけど」
「あぁ」
レイは特に気にしていなかった。
「別にバレたならバレたでいいんじゃない?多分もう会う事もないだろうしね」
「それはそうですが……」
「それに」
レイが海の家を指差す。
「店の中に名前が書いてあったからね」
「名前?」
「うん」
ルピナが首を傾げる。
「なんとなくだけど――あの人なら秘密にしてくれそうな気がするんだよね」
「なぜです?」
「ほら」
レイが指差した先。
店の壁。
そこには、この海の家の責任者の名前が書かれていた。
――責任者。
マモル・ヒメゴト。
「…………」
ルピナがしばらく黙る。
「なんとなくですけど……守ってくれそうな気がしますね」
「でしょ?」
こうして。
大王イカ騒動は無事に終わった。
静まり返っていたシェルナ村にも、少しずつ活気が戻り始める。
そしてレイたちは――
大量のイカ焼きとイカ焼きそばを腹いっぱい堪能するのだった。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
これからも更新がんばります。
キンキンに冷えたエールが飲みたいぜ。




