はじまり
第34話です。
翌朝、空は雲一つない快晴だった。
旅を続けるには絶好の日和だ。
レイは宿の外へ出て、青空を見上げた。
(そういえば、旅に出てから一度も悪天候に当たってないな。さすがは魔王というところか。まぁ、雲くらい吹き飛ばせばいいだけなんだけどね)
そんなことを考えながら出発の準備を整える。
「こんなところに泊まってくれてありがとうね」
宿の女主人が見送りに出てきた。
「ユノベルに向かうんだって?」
「はい」
「それなら途中にシェルナ村っていう小さな村があるよ」
「シェルナ村?」
「海の近くにあってね。漁業と海の家なんかで生計を立ててる村さ。海の幸も美味しいし、海水浴もできるよ」
「海水浴♪」
エルフィが真っ先に反応した。
「いいねー!」
「ニアも行きたいにゃ!」
「時間があれば寄ってみてもいいかもね」
レイが答える。
「ここがこんなだからねぇ……せめて旅の途中くらい楽しめるといいね」
女主人が寂しそうに笑った。
レイは改めて町を見る。
若い者もいる。
子供たちもいる。
道端では、数人の子供が無邪気に追いかけっこをしていた。
だが――
明るいのは、事情を知らない子供たちくらいだった。
商店の前に立つ大人。
荷物を運ぶ者。
道を歩く者。
どこを見ても俯き加減で、疲れ切った表情をしている。
「そろそろ出発しましょうか」
エフィリアが切り出した。
「ああ」
荷物を馬車へ積み込み、一行はラスティアを後にした。
ゆっくりと町が遠ざかっていく。
「……みんな暗かったね」
エルフィが馬車の後ろから町を眺める。
「ええ」
エルミナも静かに答えた。
「なんとかできないのかなー!」
リズが苛立ったように腕を組む。
「ドン・ボッタクーレをなんとかしない限り、変わらないでしょうね」
ルナが言った。
「にゃー!」
「にゃ!」
ニアとみゅうの声が重なる。
「私も見過ごせないにゃ!」
ニアの尻尾が大きく揺れる。
「私たちが向かうユノベルやリベルタにも、ドン・ボッタクーレ商会の影響が及んでいます」
ミリエルが口を開く。
「どのみち、いずれ対処しなければならない相手でしょう」
「本当に胸くそ悪いやつよね!」
ミオが吐き捨てる。
「一回くらい痛い目に遭えばいいのよ!」
その瞬間だった。
ドォォン!!
「えっ?」
ドカァァン!!
さらに――
ドォォン!!
ドォォン!!
ドカァァァン!!
立て続けに爆発音が響いた。
全員が振り返る。
「えっ……ラスティアの町!?」
先ほどまでいた町。
その複数箇所から、巨大な黒煙が上がっていた。
「戻ろう!」
レイが即座に叫ぶ。
「はい!」
馬車が止まる。
「ミオ姉はここにいて」
「私も行く!」
「ダメだ」
「でも!」
「ルクスとノワールもいる。ここで荷物を守ってて」
「……」
ミオは燃え上がる町を見る。
「……分かった」
「頼む」
レイたちはすぐさまラスティアへ引き返した。
町へ戻った時。
そこにあったのは――
つい先ほどまでとは、まるで別の光景だった。
炎。
黒煙。
崩れた建物。
道には瓦礫が散乱し、至るところから泣き声と悲鳴が聞こえる。
「ひどい……」
ミリエルが口元を押さえた。
爆発に巻き込まれ、多くの人々が倒れている。
「生存者を探して!」
エフィリアの指示で黒十華が一斉に散った。
「こっちにいるにゃ!」
ニアの声が響く。
瓦礫の陰。
一人の女性が倒れていた。
まだ僅かに息がある。
ミリエルがすぐに駆け寄る。
「今、治療を――」
「こ……子供……」
「え?」
女性が震える手を伸ばした。
「私の……子供たちが……」
「子供?」
「連れて……いかれた……」
呼吸が浅くなっていく。
「お願い……」
「どこへ連れていかれたんですか!?」
「助け……て……」
その手が落ちた。
「……」
ミリエルの表情が止まる。
静かに女性の瞼を閉じた。
「……間に合いませんでした」
誰も言葉を返せなかった。
その頃、ルピナは昨日発見した倉庫へ向かっていた。
「……やっぱり」
倉庫の扉は開け放たれている。
中へ入る、何もない。
白い粉も。
箱も。
荷物も。
すべて運び出されていた。
さらに倉庫周辺は、他の場所以上に激しく破壊され念入りに燃やされている。
「……証拠隠滅ね」
エフィリアが低く呟く。
「昨日、私たちがここを見つけたことに気づかれた可能性があります」
ルピナが答える。
「商品を運び出した後、町ごと証拠を消そうとした……」
空気が変わった。
先ほどまでの旅の軽さは、もうどこにもない。
「……許せない」
リズが拳を握り締める。
「人を……物みたいに扱って」
「むかつくにゃ……」
ニアの猫耳が伏せられ、尻尾が大きく逆立つ。
「これは商売なんかじゃないにゃ」
「狩りよ」
ルナが静かに言った。
「弱い者を狙って、奪って、必要がなくなったら捨てる」
「……最低」
クロエが超巨大斧を異空間から取り出した。
ルピナがレイを見る。
「主様」
「……」
「完全に黒です」
静かな声だった。
「ドン・ボッタクーレ商会。人身売買、麻薬の違法流通、そして証拠隠滅のための大量殺人」
「潰しますか?」
誰も声を出さない。
レイは燃え上がる町を見た。
崩れた家。
泣き叫ぶ人々。
瓦礫の下に倒れた者たち。
(ふざけるなよ)
ここはルーヴェン王国。
自分が生まれた国。
ならば――
魔王である自分にとって、この国も自らの領地と言っていい。
そこに住む者たちも同じだ。
人間だろうと。
獣人だろうと。
魔族だろうと。
自分の領地にいるのなら――
(俺の民だ。俺の配下だ)
その配下を殺した。
攫った。
町を燃やした。
(俺の領地で好き勝手しやがって)
胸の奥で何かが煮えたぎる。
(俺の物だぞ!好き勝手やりやがって)
そしてなぜか昨日からの町の人間の顔が浮かぶ。
『こんなところに泊まってくれてありがとうね』
朝、見送ってくれた宿の女主人。
『悪いね、こんなものしか出せなくて』
昨日、申し訳なさそうに料理を運んでくれた店主。
道端で遊んでいた子供たち。
疲れた顔をしながらも、自分たちへ頭を下げてくれた町の人々。
『私の子どもたちが……子どもたちが攫われたの』
先程、息を引き取った女性。
「…………」
レイの拳が強く握りしめられる。
レイは燃え上がるラスティアを睨んだ。
「……ああ」
その声から、いつもの軽さが消えていた。
「やってやる」
黒十華の空気も変わる。
その時だった。
ドォン!!
瓦礫の向こう側から複数の影が現れた。
「へぇ……」
一人の魔族が笑う。
「まだ生き残りがいたか」
「ついてねぇな」
その後ろにも、次々と武装した者たちが現れる。
「ちょうどいい」
別の魔族がレイたちを見回した。
「お前らも商品にしてやるよ」
「…………」
エルフィの表情から笑みが消えた。
短剣を異空間から取り出す。
「ねぇ、主様」
「ああ」
「これって――」
黒十華がそれぞれの武器を構える。
「お仕置きの時間ってやつ?」
ここからは調査でも救助でもない。
明確な戦闘。
レイが一歩前へ出る。
「そうだな」
黒十華も並ぶ。
「…お仕置きの時間だ」
静かにレイが言う。
「お仕置きの時間よ」
「お仕置きだにゃ」
「お仕置きー♪」
それぞれの言葉が重なる。
「は?ひははははは」
魔族たちが笑った。
「馬鹿が何言ってやが――」
ヒュッ。
「えっ?」
男の言葉が止まる。
ニアはすでに、その背後にいた。
「遅いにゃ」
鉤爪が閃く。
ザシュッ!!
三人の魔族がほぼ同時に崩れ落ちる。
「なっ……!」
「囲め!囲めぇ!!」
魔族たちが一斉に動く。
その中央。
リズが杖を掲げていた。
「燃えろ」
ゴォォォォォ!!
「な、なんだあれ!?」
巨大な炎が膨れ上がる。
周囲の建物へ被害が及ばないよう、炎が魔族たちだけを囲い込んでいく。
「待っ――」
「消えろ」
ドゴォォォン!!
炎が弾けた。
「ぎゃああああ!!」
魔族たちが吹き飛ぶ。
「逃げないでちょうだい?」
ルナが大鎌を振るう。
ズバァッ!!
斬撃が地面を走った。
「ひっ!」
「死神から逃げられると思った?」
退路を塞がれ、魔族たちが足を止める。
そこへ――
「邪魔よ」
クロエが踏み込んだ。
「なっ――」
超巨大斧が振り下ろされる。
ドゴォォォン!!
地面が大きく揺れ、衝撃波だけで複数の魔族が吹き飛んだ。
「化け物どもが!」
「逃げろ!」
「だから逃がさないってー♪」
エルフィが笑う。
正面へ飛び出した瞬間。
ドンッ!!
遠方から銃声。
ガキィィーン!
エルミナの狙撃で魔族の武器が弾き飛ばされた。
「なに!?」
「エルミナ、ありがとー♪」
エルフィがそのまま懐へ潜り込む。
二本の短剣が閃いた。
「ぐあっ!」
前衛のエルフィ。
遥か後方から狙撃するエルミナ。
二人の攻撃が寸分違わず噛み合っていく。
逃げようとした者へ――
「逃がさない」
セフィラが大弓を引き絞る。
魔力が一本の矢へ集まった。
「––星雨セフィラス」
放つ。
ヒュンッ!!
上空へ飛んだ一矢が無数に分裂した。
「なんだ!?」
空を覆う矢。
次の瞬間。
ヒュヒュヒュヒュヒュッ!!
矢の雨が降り注ぐ。
逃げ場はない。
「ぐあああっ!」
次々と魔族たちが倒れていった。
やがて。
静寂が戻る。
煙がゆっくりと晴れていく。
その中で――
一人だけ立っている男がいた。
「……へぇ」
パチ。
パチ。
パチ。
男が拍手する。
「雑魚どもが全滅か」
先ほどまでの者たちとは明らかに違う。
纏っている魔力。
立ち姿。
そして圧力。
「やるじゃねぇか」
黒十華の表情が変わった。
「主様」
ルピナが低い声で告げる。
「あれだけ別格です」
「そうみたいだな」
レイが一歩前へ出ようとする。
だが――
「ここは私が行くわ」
エフィリアがその前へ出た。
「エフィリア?」
「リーダーですから」
静かに微笑む。
「いいだろう」
レイは足を止めた。
「任せた」
「ええ」
男が鼻で笑う。
「はっ!女一人で相手するって?」
「そうよ」
「舐められたもんだな!」
地面が爆ぜた。
男が一瞬で距離を詰める。
ガキィィン!!
剣と剣が激突した。
「へぇ……」
エフィリアが僅かに目を細める。
「見えるのね」
「当たり前だろ!」
男の剣が振るわれる。
重い。
エフィリアが受け流し、そのまま後方へ跳ぶ。
(強い。でも――その程度ね)
「その程度?」
「……あ?」
男の顔が歪む。
「調子に乗るな!」
再び突っ込んでくる。
エフィリアは動かない。
「もういいわ」
その瞬間。
エフィリアの魔力が大きく膨れ上がった。
「なっ……」
男の足が止まる。
風が震える。
「なんだ……その魔力……」
「本気でいくわ」
剣を構える。
刃へ魔力が集まっていく。
「––終閃エルディア」
「っ!」
エフィリアが消えた。
今度は――
男の目にも映らない。
「どこ――」
ザンッ!!
「がっ……!」
一閃。
遅れて血が舞った。
男が片膝をつく。
「バカな……」
何が起きたのかすら理解できていない。
「見え……なかった……」
「当然よ」
エフィリアが男の背後で剣を払う。
「さっきまでは本気じゃなかったもの」
「ま、待て……!」
エフィリアが振り返る。
「終わりよ」
「やめ――」
一閃。
男の身体が崩れ落ちた。
「……終わったわ」
エフィリアが剣を異空間へしまう。
「さすがリーダー」
ルナが笑う。
「やっぱり強いですね」
ミリエルも感心したように言った。
「当然よ」
エフィリアはレイを見る。
「私たちは、主様の剣なんだから」
その隣。
ルピナは静かに燃える町を見つめていた。
「ですが――」
全員の視線が集まる。
「これは終わりではありません」
瓦礫。
炎。
奪われた子供たち。
「始まりです」
レイの表情が変わる。
「ドン・ボッタクーレ……」
今までとは違う。
偶然出くわした悪事を片づけるだけではない。
向こうから明確に自分の領地へ手を出した。
「ルピナ」
「はい」
「場所、割れてるか?」
「はい」
即答だった。
「次の拠点も」
「はい」
「流通経路も?」
「すべて把握しています」
一拍。
レイは小さく笑った。
「じゃあ――」
黒十華が並ぶ。
「潰しに行くか」
「はい」
誰一人迷わない。
「主様の命のままに」
ラスティアで起きた惨劇。
それは――
ドン・ボッタクーレとの戦いの、始まりだった。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
引き継ぎ更新がんばっていきますのでよろしくお願いします。




