ミオ
第32話
レイが樽の蓋を開けた。
ガコッ。
「やぁ」
「ミオ姉!?」
レイは目を見開いた。
まさかこんなところで姉が出てくるとは思っていなかった。
ただ――
驚きと同時に、城を離れてから心のどこかにあった寂しさが、少しだけ和らいだ。
ルーヴェン城を出てから、すでに半日以上。
少し前。
樽の中に隠れていたミオは、水晶を使って城の侍女と通信していた。
「アーリャ、そっちはどう?」
『どう、と言いますと?』
「お父様にもこの水晶で『自分探しの旅に出ます。絶対に探さないでください』って送っといたから、どうだったかなーって思って」
『どうだったかなーって……一国の王女が突然いなくなったんですよ!?大事件ですよ!?城中、大騒ぎになってるに決まってるじゃないですか!何を言ってるんですかあなたは!!』
「だよねー。ごめん」
『ごめんで済む話ではありません!』
「アーリャに言うと絶対止められると思って、リーネットにだけ言っといたんだ。いなくなってから数日後にみんなに話してって」
『リーネットから内緒で聞きましたが、行き先までは聞いていないと言っていました』
「うん。言ってないもん」
『言ってないもん、ではありません!』
水晶の向こうから盛大なため息が聞こえた気がした。
『あと一つ、妙な話を耳にしたのですが』
「なに?」
『ミオ様が送った水晶通信の一番最後に「ぐふぁー」という言葉が入っていなかったかと、城で大騒ぎになっていました』
「ぐふぁー?」
ミオは首を傾げる。
「いや、書いた覚えないけど?何それ」
『いえ、わたくしも存じ上げません。ただ、最後にその言葉があったかどうかを皆様が非常に気にされていまして』
「そうなの?」
『はい』
「変なの」
ミオは樽の内側にもたれかかった。
「それにしても……半日以上ずっと樽の中はつらいなー」
『当然です!今すぐ戻ってきてください!』
「あー、お腹減った。それに眠くなってきた」
『ミオ様!?聞いてます!?』
「聞いてる聞いてる」
実際には文字でやり取りをしているのだが。
その時、
「……おっと、誰か来たようだ」
『え?』
ミオはふと、先ほどの話を思い出す。
(ぐふぁーってなんだろう。一番最後……だったよね。何かの合図とか?)
少し考える。
「ぐふぁー」
『ミオ様!?』
ガタッ!
「……あっ」
樽が揺れた。
(しまった!音出しちゃった!どうか気づかれてませんように……)
足音が近づいてくる。
止まった。
「…………」
ガコッ。
樽の蓋が開く。
(だよねーやっぱり気づかれたか)
目の前にいたのは――
レイだった。
「やぁ」
「ミオ姉!?」
「レイー……お腹すいたー。喉渇いたー」
「何してんの!?」
「それはあとで説明するから、ご飯……」
「はぁ……」
呆れながらも、レイは食料と水を用意してくれた。
「はい」
「やっさしー!!」
「当たり前だろ。姉なんだから」
「レイー!」
「くっつくなって!」
ミオは嬉しそうに食事を始める。
(やっぱり私の弟だわ。お姉ちゃんがちゃんと学生生活を見守ってあげるからね。悪い虫がつかないようにしないと。ただでさえ、あんなハレンチなメイドたちがみんなついて行くっていうんだから!)
「……なんか嫌なこと考えてない?」
「何も考えてないわよ?」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
食事を終える。
「はぁー、お腹いっぱい」
「それで、どうして樽の中に――」
「眠くなっちゃった」
「え?」
ミオはそのまま横になる。
「おやすみなさい……」
「ちょっと!?勝手に寝ないでよー!」
「すぅ……」
「寝るの早っ!」
レイの声も届かず、ミオはすぐに眠ってしまった。
そして翌日。
「んー……よく寝た」
ミオが目を覚ます。
水晶を見ると――
「うわっ」
大量の通信が届いていた。
『ミオ様、ご無事ですか!?』
『無事なら何か返事をください!!』
『城中パニックです!』
『ミオ様がすでに殺されているのではないかという話まで出ています!』
『本当にご無事なんですか!?』
同じような内容がいくつも並んでいる。
「なんなのこれ……」
ミオは呆然と画面を眺める。
その横にはレイとルピナが座っていた。
「ミオ姉、そりゃ城から突然消えたらそうなるって」
「でもちゃんと書き置きしたし」
「水晶通信でしょ?」
「同じようなものよ」
ミオは返信画面を開く。
「とりあえず無事って送っとこ」
指を動かす。
『私は無事です。心配しないでください』
「これでいいかな」
そして――
昨日の会話を思い出す。
「あっ、そうだ」
「?」
「ぐふぁー」
「「ブフォォッ!!」」
レイとルピナが同時に口に含んでいた水を噴き出した。
「きゃっ!?」
「ゴホッ!ゴホッ!」
「主様、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……」
レイが口元を拭う。
「でもダメだ、ミオ姉」
「何が?」
「『ぐふぁー』はあかんやつや」
「……え?」
ミオの頭上に疑問符が浮かぶ。
「なんで?」
レイとルピナは顔を見合わせた。
「……」
「……」
あの殺人事件を思い出していた。
ミオは何も知らない。
「ぐふぁー?」
「言わなくていいから!」
「???」
こうして――
城を抜け出したミオは、そのままレイたちの旅へ同行することになった。
ここまでよんで...
ぐふぁー




