旅立ち
第31話
旅立ちの時が来ました。
ある日の早朝。
まだ夜も明けきっていない。
城下町には薄い靄がかかり、人通りもほとんどなかった。
レイがルーヴェンを離れることは、街の住人には知らされていない。
無属性の第三王子。
その存在を快く思わない者たちへの配慮もあり、目立たない時間に出発することになったのだ。
ルーヴェン城門。
出発の準備を終えた馬車の前には、
アルベルト王。
ヴァレリア王妃。
第一王子レオニス。
第二王子ヴァルド。
家族たちが揃っていた。
アルベルト王が申し訳なさそうに口を開く。
「すまんな、レイ。こんな形で城を離れさせることになってしまって」
「本当にごめんなさい」
ヴァレリアも寂しそうにレイを見る。
「なんてお詫びをすればいいのか……」
「父上、母上」
レイは二人へ笑いかけた。
「俺もちょうど城を離れて、いろいろ学んでみたいと思っていたところです。だから、そんな顔をしないで見送ってください」
「レイ……」
「それに、ずっと会えなくなるわけじゃないんだろ?」
レオニスが笑う。
「俺たちも、そのうち遊びに行くよ」
「いや、兄さんたちが遊びに来たらすぐ王子だってバレるでしょ」
「ははは!確かに!」
ヴァルドが豪快に笑った。
そこでレイは周囲を見渡す。
「あれ?そういえば、ミオ姉は?」
「ミオには言ってない」
レオニスが即答した。
「え?」
「言ったら絶対『私も行く!』って言い出すだろうからな」
「あぁ確かに……」
容易に想像できた。
「あとでちゃんと説明して、お前の分まで謝っておくよ」
「頼むよ」
「まぁ、ずっと会えないわけじゃないしな!」
ヴァルドがレイの肩を叩く。
「そうだね」
レイは荷馬車を見る。
そこには大量の食料に衣類、生活用品まで、旅に必要なものがこれでもかというほど積み込まれていた。
「いろいろありがとう。食料とかも助かるよ」
「気にするな」
アルベルト王が答える。
「向こうへ着くまで長旅になる。多すぎるくらいでちょうどいい」
父たちなりの詫びも含まれているのだろう。
レイは何も言わず、その厚意を受け取った。
「じゃあ……そろそろ行くよ」
「ああ」
「元気でな」
「身体には気をつけるのよ」
「またな、レイ」
「困ったらいつでも戻ってこいよ!」
「うん」
馬車がゆっくりと動き出す。
遠ざかっていく城。
生まれ育った場所。
レイは振り返り、家族へ手を振った。
新たな拠点。
リベルタ中央魔導学院での生活。
これから出会う人々。
楽しみで仕方がない。
それでも――
少しだけ寂しい気持ちもあった。
そんな様々な感情を抱えながら、レイはルーヴェン城を後にした。
城から少し離れた頃。
馬車は街道脇の林へ差しかかる。
「そうだ」
レイが荷馬車から顔を出した。
そして――
ピューィ!!
大きな指笛を鳴らす。
「?」
エフィリアたちが林を見る。
ガサガサッ!
木々の奥から何かが飛び出してきた。
二体の巨大な狼型魔獣。
灰白色の毛並みを持つ二頭が、馬車の横へ駆け寄ってくる。
「この子たちは?」
「ゲルド・ボッタクーレのところにいた魔獣だよ」
レイが嬉しそうに二頭を撫でる。
「あの時から近くの森で待っててもらってたんだ」
「連れていくの?」
「ああ」
レイは当然のように頷いた。
「こいつらも一緒に連れていくよ」
「…………」
周囲から妙な視線を感じる。
「いや、分かってるよ?」
レイが慌てて言う。
「さすがに城へ連れて入るのはまずいと思ったから!ちゃんと外で待っててもらってたんだから!」
「誰も何も言ってないわよ」
エフィリアが笑う。
「その顔は絶対なんか思ってたでしょ!」
「気のせいよ」
レイは二頭を見る。
「こっちがルクス」
「ワフッ!」
「こっちがノワール」
「グルッ!」
「今日からこいつらも一緒だ」
二頭は嬉しそうに尻尾を振り、そのまま馬車の横を走り始めた。
それからしばらくすると……
早朝から起きていたせいもあり、レイは馬車の揺れに負けて眠ってしまった。
「……ん」
そして、目を覚ます。
窓から差し込む光はすでに明るい。
「いつの間にか寝てたみたいだな」
「おはようございます、主様」
ミリエルが微笑む。
「もう昼近い?」
「もう少しですね」
「そっか……」
レイは欠伸をする。
そして、ふと気づく。
「なんか……だいぶ静かじゃない?」
「そうですか?」
「だってさ」
レイは外を見る。
「こういう長旅って、盗賊が出たり魔物が襲ってきたりするのがお約束じゃない?」
「お約束とは?」
「ん?なんとなく」
街道は平和そのもの。
人影もない。
「まぁ、平和ならいいんだけど――」
その時、レイの視線が、遥か前方で止まった。
「……ん?」
何かいる。
かなり遠い。
目を凝らす。
巨大な何かを振り回している人影。
「……どでかい斧?」
さらに、その周囲には複数の男たち。
どう見ても盗賊らしき集団だった。
「あっ、行った」
人影が盗賊へ向かって走る。
次の瞬間。
ドゴォォン!!
「うわぁぁぁぁ!!」
遥か前方で大きな音と共に盗賊たちがまとめて吹き飛んだ。
「…………」
レイは目を細める。
巨大な斧を持った人影が、次の盗賊へ向かっている。
どことなく楽しそうだ。
「…エフィリア?」
「なに?」
「あのノリノリで盗賊を吹っ飛ばしてるの……クロエ?」
「クロエ?」
エフィリアも遠くを見る。
「違うんじゃない?」
「えっ?」
「クロエはあんなノリノリで人を吹き飛ばしたりするような娘じゃないわね」
「でも、あの斧……」
「遠いからそう見えるだけよ。どこかの冒険者じゃない?」
「確かにクロエは、そんな感じの方ではありませんよね」
ミリエルも頷く。
「やはり勘違いでは?」
「……勘違いなのか?」
レイはもう一度見る。
その時、街道脇の森から巨大なグリズリーが飛び出した。
「おっ、でっかいの出てきた!」
グリズリーが斧の女へ襲いかかる。
すると――
女が微笑んだような気がした。
そして、
ドゴッ!!
グリズリーの顔面へ拳を叩き込む。
「えっ」
さらに――
ドンッ!!
蹴り。
巨大なグリズリーが宙を舞った。
「…………」
レイはエフィリアたちを見る。
「あれ……今、なんか微笑みながらグリズリー蹴り飛ばしてたようなんだけど」
「確かにクロエならグリズリーくらい蹴り飛ばせるでしょうけど」
ルナが少し考える。
「笑いながらやるような娘じゃないわよ。もっとクールっていうか……」
「だから違うにゃ」
ニアも頷く。
「にゃー!」
「やっぱり別人なのか……?」
納得できないまま、馬車は進んでいった。
しばらくして。
馬を休ませるため、街道脇で休憩を取ることになった。
「ふぅ……」
レイは水を一杯飲み、ひと息つく。
その時、少し離れた場所に見覚えのある後ろ姿を発見した。
「あっ」
巨大斧。
長い髪。
「クロエ?」
レイはこっそり近づく。
すると――
「ふふふ……」
「…………」
クロエが笑っている。
「私がみんな蹴散らしてあげるわ」
「やっぱクロエじゃねーか!!」
「!?」
クロエがビクッと振り返った。
「主様……」
「さっきから何してるの!?」
「……護衛」
「めちゃくちゃ楽しんでたよね!?」
「気のせい」
「絶対違う!」
(お約束はクロエが潰してたわけね)
その時だった。
ガタッ!!
「ん?」
近くに積まれていた大きな樽が動いた。
「…………」
ガタガタッ。
「今、動いたよね?」
「動いたにゃ」
ニアも近づいてくる。
「食料でも入ってるんじゃない?」
「食料が自分で動かないでしょ」
レイは樽の蓋へ手をかけた。
「何が……」
せーの、パカッ。
「レイー……」
「ん?…………」
樽の中。
狭そうに身体を丸めていた人物が、ゆっくりと顔を上げた。
「お腹すいたー……喉渇いたー……」
「…………えっ?」
レイの目が見開かれる。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
旅は始まったばかりです。
旅路で何が起こるのやら。
これからもよろしくお願いします。




