ユノベル
第28話更新です。
黒十華の数名とアビス・ローゼスは、先行調査のためユノベルへ向かっていた。
時刻は深夜。
月明かりだけが差し込む森の中を、複数の影が高速で駆け抜けていく。
「普通なら馬車で一月くらいね」
エフィリアが前を見たまま言う。
「だけど、私たちなら五日もあれば着くわ」
「馬車って遅いにゃー」
ニアが木々の間を軽々と飛び移る。
「普通はそんな速度で森を走らないのよ」
ルピナが冷静に返した。
彼女たちは夜通し移動を続けていた。
このままなら、夜明け頃にはユノベルへ到着する見込みだ。
「そういえば開発費用だけど」
ルピナが走りながら口を開く。
「主様には事前に許可をいただいて、城の財政大臣にも申請を出してあるから、必要な分は使って大丈夫よ」
「主様から許可が出ているなら問題ないわね」
エフィリアが頷く。
「せっかく新しい拠点になるんだもの。中途半端にはできないわ」
「了解です!」
誰も疑問を持たなかった。
主が許可した。
ならば――遠慮する理由などない。
数日前。
ルーヴェン城。
ルピナはユノベルの事前調査結果をレイへ報告していた。
「主様。ユノベルの屋敷についてですが、建物自体は問題ありません」
「ほんと?」
「はい。長く使われていなかったので清掃や多少の補修は必要ですが、住むだけなら十分です」
「じゃあ安心だな」
「ただし、一つ問題があります」
ルピナが資料を広げる。
「町から屋敷までの道と、その周辺一帯がかなり荒れています。長期間放置されていたようで、整地が必要です」
「そんなに?」
「ええ。それと、この辺りです」
ルピナが地図の一点を指差した。
「屋敷へ向かう途中には商店が並んでいる区域があります。町の中心部にも近いので、整地するのであれば周辺の開発まで同時に進めた方が効率的かと」
「なるほど」
「そこで、その一帯の整備をこちらに任せていただけませんか?」
「そういうのは任せるよ」
レイは深く考えずに答えた。
「ありがとうございます」
「でも、結構お金かかるんじゃない?」
「そこなんです」
ルピナが真剣な表情になる。
「王子である主様のお名前を使って、財政大臣へ開発費を申請してもよろしいでしょうか?」
レイは少し考える。
(整地はしておいてほしいし、開発っていっても露店を並べるくらいだろうしな)
大した額にはならないだろう。
「いいよ。必要ならいくらでも申請しなよ」
「…………」
ルピナの動きが止まった。
(……いくらでも!?)
聞き間違いではない。
主は確かに言った。
いくらでも。
つまり――
(予算上限なし……!)
ルピナの目が変わった。
「かしこまりました」
「うん。よろしく」
レイは何も知らず、笑顔で頷いた。
そして現在。
「見えたわ」
エフィリアが足を止める。
森を抜けた先。
朝焼けの向こうに、大きな町が広がっていた。
「ここがユノベル……」
「先発隊から聞いてはいたけど、思っていたより大きいわね」
「人も多そうにゃ」
ニアが遠くを眺める。
「でもそんなに活気があるような場所ではないのですね」
ルピナが言う。
「どうやら、そのようね。まぁそれじゃあ、早速始めましょうか」
エフィリアが振り返った。
「まずは屋敷の整備。並行して周辺調査も進めて」
「了解!」
「分かったにゃ!」
アビス・ローゼスの面々が一斉に動き始める。
屋敷では清掃と補修。
周辺では道の確認。
さらに商業区域についても調査が始まった。
そんな中。
ルピナが、事前に周辺を調査していた者から報告を受けていた。
「ルピナ様」
「どうだった?」
「例の土地なんですが……少し気になることがありまして」
「気になること?」
「この辺り、地質的に見ると……もしかすると、あれが出るかもしれません」
ルピナが眉を上げる。
「あれ?」
報告していた者が嬉しそうに言った。
「温泉ですー!!」
「温泉?」
近くにいたエフィリアも振り返る。
「はい!地下水の温度と地質から考えて、かなり可能性が高いです!」
「それなら再調査が必要ね」
エフィリアは即座に判断した。
「もし本当に出るなら、この辺りの開発計画を変更することになるわ」
「そうですね」
ルピナも頷く。
「簡易的な商店を並べるだけの予定でしたけど、温泉が使えるなら主力事業にできます」
「時間は大丈夫?」
「問題ないかと」
「予算は?」
「それも問題ありません!」
ルピナが胸を張る。
「主様から、《《いくらでも》》使ってもいいと許可をいただいています!」
「あら」
エフィリアが微笑む。
「頼もしいわね」
この瞬間、
ユノベル開発計画は――大きく方向転換した。
同じ頃––
ルーヴェン城。
「くしゅん!」
レイが鼻を押さえた。
「あー……なんか鼻がむずむずする」
まるで遠く離れた場所で、とんでもないことが始まったのを察知したかのようだった。
もちろん、本人は何も知らない。
数日後。
「ルピナ様!」
調査担当の者が勢いよく駆けてくる。
「出ました!」
「本当?」
「はい!間違いありません!」
地面から湯気が立ち上っていた。
「温泉です!」
「「「おおー!」」」
周囲から歓声が上がる。
ルピナは腕を組み、しばらく考えた。
そして――
「よし」
「はい?」
「予算もあるし」
にっこり笑う。
「温泉旅館、建てちゃおうか!」
「「「おおー!!」」」
誰も止めなかった。
むしろ話は一気に進んだ。
旅館。
浴場。
足湯。
飲食店。
商店。
娯楽施設。
道路整備。
街灯。
気づけば当初の予定とは比較にならない規模へ膨れ上がっていく。
そして――
数日後……
ルーヴェン城、謁見の間。
レイは再び父に呼び出されていた。
「レイよ」
「はい?」
アルベルト王の前には、一枚の書類が置かれている。
その表情は何とも言えないものだった。
「この金額はなんじゃ?」
「金額?」
レイは差し出された書類を受け取った。
そして見る。
「ん?」
もう一度見る。
「…………」
ガタガタガタガタガタ。
手が震え始め顔が青ざめた。
(な、なんだこの金額はぁぁぁぁぁ!?)
桁がおかしい。
露店を並べるどころの話ではない。
(ちょっと待て!俺、いくらでも申請していいって言ったけど!本当にいくらでも使えって意味じゃないんだけど!?)
額から冷や汗が流れる。
「レイ?」
「は、はい」
「これは何の費用なんじゃ?」
「え、えーっと……」
目がしきりに泳ぐ。
ここで「知りません」と言えば、自分が許可したことまで全部説明しなければならない。
何か、何か…
何かそれっぽい理由を――
「こ、こ、こ……」
「?」
「国境付近の冒険者を取り込むための……」
アルベルト王が黙って見ている。
「せ、せ、せ……」
レイは必死に言葉を絞り出した。
「先行投資です」
「…………」
「…………」
沈黙。
冷や汗が止まらなかった。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
引き続き更新頑張っていきたいと思います。




