闇オークション
第23話闇オークション
新しいキャラクターの登場です。
エフィリアたちは、ルーヴェン王国から離れた都市ユノベルへ来ていた。
始まりは、主から与えられた一つのヒント。
猫の置物に隠されていた白い粉。
ルピナを中心に調査を進めた結果、それが最近出回り始めた麻薬であることが判明し、その流通元の一つまで特定されていた。
黒幕の名は――ジャコ・ボッタクーレ。
ユノベルで急速に勢力を拡大している商人だ。
そして今回、
その流通の一端と思われる、闇オークションの情報を掴んだ。
主は、たとえ氷山の一角であろうと悪事を見逃さない。
ならば自分たちがやることは一つ。
主の意志に従い、制裁を与えるだけだ。
「ジャコ・ボッタクーレが、一日限定で給仕係を募集しています」
ルピナが集めた情報を確認する。
「募集人数は十人。詳しい場所と日時については、採用された者にだけ伝えられるようです」
「怪しさしかないわね」
エフィリアが呟く。
「闇オークションの給仕を表立って募集するのも妙だけど」
ルナが首を傾げた。
「終わった後、その給仕たちはどうするの?」
「そこが問題ですね」
ルピナの表情が険しくなる。
闇オークションの存在を知った者を、そのまま帰すとは考えにくい。
口が堅い者だけを雇い続けるのか。
脅して黙らせるのか。
あるいは――
「全員消すつもりだったりして」
ルナの一言で空気が僅かに重くなった。
「可能性はあります」
ルピナが頷く。
「どちらにしても、外から調べるだけでは限界がありますね」
「なら決まりね」
エフィリアが立ち上がる。
「内部に潜入するわ」
そして、闇オークション当日。
会場の控え室には、給仕として雇われた女たちが集められていた。
「ここ……何の仕事なんだろう」
「私も詳しく聞かされてないの」
「半日で銀貨十枚なんて、ちょっと怖いけどね……」
不安そうな声が聞こえる。
だが、その中には――
すでに三人の潜入者が紛れ込んでいた。
クロエ。
エルフィ。
リズ。
三人とも普段とは雰囲気を変え、何食わぬ顔で給仕に扮している。
さらに、この部屋には他にも気配があった。
声も出さず。
姿も見せず。
壁際、天井、死角。
潜入はすでに成功していた。
バンッ!!
突然、控え室の扉が乱暴に開いた。
「お前たち!着替えは終わったか!」
「きゃあっ!!」
「まだ着替えてます!」
着替えを終えていなかった給仕たちが悲鳴を上げる。
入ってきたのは、今回の標的。
ジャコ・ボッタクーレ。
「うるせぇ!!」
ジャコが怒鳴る。
その瞬間。
スッ――。
潜んでいた気配が一斉に消えた。
壁際。
天井。
物陰。
ジャコの視線から完全に外れる。
彼から見えるのは、給仕として集められた十人だけ。
「給料は先に渡してやった!半日で銀貨十枚だ!」
ジャコが袋を乱暴に放り投げる。
ジャラッ!
「十人分で銀貨百枚!しっかり働けよ!」
給仕たちは慌てて頷く。
だが、ジャコが気づかないところで――
すでに準備は整っていた。
しばらくして––––
闇オークションが始まった。
「さぁ!皆様お待ちかね!次の商品でございます!」
豪華な衣装を着た司会者が声を張り上げる。
歓声、そして飛び交う金。
表の世界では扱えない商品を求め、様々な人間が集まっている。
「木彫りの猫五体セット!銀貨二十五枚から!」
壇上に置かれた瞬間。
空気が変わった。
「三十!」
「五十!」
「七十!」
迷いがない。
金額が一気に跳ね上がっていく。
どう見ても安物の木彫り。
それに対して、あり得ない値段が次々と提示される。
客たちが何を買っているのかは明白だった。
「主様のヒント……」
客に紛れていたルピナが小さく呟く。
「……完全に流通ルートだね」
隣にいるルナが答えた。
ニアも鼻をひくつかせる。
「間違いないにゃ。あの時の白い粉と同じ匂いがするにゃ」
エフィリアの目が細くなる。
「露店で客に使用させ闇オークションで価格を吊り上げる……」
猫の置物。
異常な価格。
そして中身。
すべてが繋がった。
(やはり主様は、あの時点ですでにここまで見抜いていたのね)
エフィリアの中で、レイがここまでわかっていた事を確信する。
もちろん–––
当の本人はかわいい猫の置物が欲しかっただけである。
そんなことを彼女たちが知るはずもなかった。
その時、
「へへっ、姉ちゃん。なかなかいい身体してるじゃねぇか」
「きゃっ……!」
客の一人が給仕の少女の尻を掴んだ。
少女が驚いて振り返る。
相手はヴァルケル将軍。
かなりの巨体を持つ男だった。
「や、やめてください!」
「なんだ?客に逆らうのか?」
パァン!
乾いた音が響く。
少女が反射的にヴァルケルの頬を叩いていた。
「……てめぇ」
次の瞬間。
ドンッ!!
「きゃあっ!」
ヴァルケルが少女を突き飛ばした。
華奢な身体が床へ叩きつけられる。
「おい、お前!」
ジャコがやって来る。
だが、怒鳴った相手はヴァルケルではなかった。
「客に手ぇ出すんじゃねーよ!」
「で、でも……この方が……」
「うるせーつべこべ言ってんじゃねー!」
そして、ヴァルケルへ笑顔を向ける。
「申し訳ございません、ヴァルケル様。商品には傷をつけないようお願いいたします」
「えっ何?……商品?」
少女の顔が青ざめた。
その一言で――
すべてが確定した。
エフィリアが静かに呟く。
「……頃合いね」
「さぁ!!本日のメインイベントでございます!!」
会場の奥から巨大な檻が運び込まれる。
白い布で覆われ、中身は見えない。
司会者が両腕を広げた。
「そして給仕は全員、壇上へ!」
「え?」
「私たちも?」
「早くしろ!」
何も知らされていなかった給仕たちが、強引に壇上へ上げられていく。
クロエ、エルフィ、リズも逆らわず、その中に紛れた。
「では――ご覧ください!」
バサッ!!
巨大な檻を覆っていた布が剥がされる。
会場が静まり返った。
檻の中。
二人の女性がいた。
長い耳。
エルフだ。
「まずはこちら!希少なエルフ二人!金貨五枚から!」
司会者が続けて壇上の給仕たちを指差す。
「そしてこちらの十人は銀貨五十枚から!」
「…えっ…嘘」
給仕の一人が震える。
「私たち……売られるの?」
そこでようやく理解した。
一日限定の高額な給仕。
場所も仕事内容も採用後にしか明かされない理由。
最初から――
帰すつもりなどなかったのだ。
「人身売買まで……」
ルピナの声が低くなる。
「完全にアウトにゃ」
ニアの尻尾が大きく揺れた。
エフィリアが立ち上がる。
「さぁ、行くわよ」
エフィリアたちが一斉に戦闘モードに突入する。
「そこまでよ!!」
鋭い声が会場に響いた。
「な、なんだ!?」
客たちが一斉に振り返る。
同時に――
バサッ!
壇上にいたクロエたちが給仕服の上から黒いマントを羽織る。
そして、客席、壁際、会場後方。
先ほどまで誰もいなかったはずのあらゆる場所から、次々と黒いマントを纏った女たちが姿を現した。
「いつの間に!?」
気づいた時には遅い。
会場は完全に包囲されていた。
「何者だ!!」
ジャコが叫ぶ。
エフィリアが静かに前へ出る。
「あなたたちの悪事はここまでよ」
「な、なんだと……?」
「抵抗するなら――排除する」
短い宣告。
その声を聞いたジャコの顔色が変わった。
「まさか……」
エフィリアたちを睨みつける。
「お前たち……まさか俺の息子を殺した奴らか!?」
ジャコ・ボッタクーレ。
その名の通り、奴隷商人ゲルド・ボッタクーレの父親だった。
「ちょうどいい!」
ジャコが怒鳴る。
「息子の仇まで自分から来やがった!」
そして両腕を広げる。
「お前ら!!出てこい!!」
ドドドドドッ!!
複数の扉が開き、大勢の護衛が一斉に会場へ雪崩れ込んできた。
「こいつら全員ぶち殺せぇぇぇ!!」
だが――
エフィリアの表情は変わらない。
「エルミナ!」
パァン!!!
銃声。
「ぐあっ!?」
最後方にいた護衛が崩れ落ちる。
会場後方。
誰もいないと思われていた高所。
そこにエルミナが銃を構えていた。
長大なライフルを構え、次の標的へ銃口を向ける。
パァン!
パァン!
パァン!
一発。
また一発。
撃つたびに護衛が倒れる。
「ど、どこから撃ってやがる!?」
「上だ!」
「いや、違う!後ろからも来るぞ!」
混乱する護衛たち。
その間を黒い影が駆け抜ける。
「遅いんだよね♪」
エルフィだった。
二本の短剣が煌めく。
次々と武器だけが弾き飛ばされていく。
「なっ!?」
「俺の剣が!」
「はい、次、次ー♪」
反対側では――
ドゴォン!!
「ぐあああっ!!」
クロエの巨大な斧が床を叩き、衝撃だけで複数の護衛を吹き飛ばした。
リズの魔法が逃げ道を塞ぐ。
連携に無駄がない。
完全な制圧だった。
「舐めるなぁぁ!!」
ヴァルケル将軍が動く。
近くにいた給仕の少女へ手を伸ばす。
「こいつがどうなっても――」
「逃がさないにゃ」
「なっ!?」
ニアが割って入った。
ヴァルケルが即座に拳を振るう。
ドンッ!!
拳と拳がぶつかった。
重い衝撃が会場を揺らす。
「ぐっ……!?」
ヴァルケルの表情が歪む。
ニアは平然としていた。
「この……!」
もう一度拳を振るう。
「遅いにゃ」
ニアの姿が消えた。
「なっ!?」
一瞬で懐へ潜り込む。
ドゴッ!!
「がっ――!?」
小さな拳が腹へ突き刺さった。
決して小さくはないヴァルケルの身体が宙へ浮く。
そのまま――
ドゴォン!!
壁へ叩きつけられた。
バキッ!!
壁の木材が真っ二つに割れる。
「ぐっ……!なんで力してやがる」
ヴァルケルがよろめきながら立ち上がる。
ニアは軽く首を傾げた。
「……まだやるにゃ?」
「くそっ……!」
ヴァルケルが舌打ちする。
その時だった。
「全員動くな!!」
外から怒号が響いた。
ドドドドドッ!!
複数の入口から武装した兵士たちが雪崩れ込んでくる。
「王都守備隊だ!」
「全員その場から動くな!」
「証拠品を確保しろ!」
会場が一気に混乱する。
客たちが逃げようと立ち上がった。
「まずい!」
「逃げろ!」
「捕まるぞ!」
エフィリアは即座に状況を判断する。
「私たちも撤退するわよ」
目的はすでに達成している。
麻薬の流通経路。
闇オークション。
人身売買。
証拠は十分だ。
「檻に囚われたエルフの二人を保護!」
「了解」
「分かったにゃ!」
「くそが……!」
ジャコが吐き捨てる。
騒ぎに乗じ、裏口へ走り出した。
「ジャコが逃げるにゃ!」
「追わなくていいわ」
エフィリアは冷静だった。
「ここを押さえれば、逃げた先もいずれ分かる」
「覚えてやがれ……!」
ジャコはそのまま姿を消す。
ヴァルケルも壁際まで後退していた。
「この借りは必ず返すからな……!」
そして混乱に紛れ、会場から逃走した。
その頃、
クロエは巨大な檻の前に立っていた。
「少し離れてて」
二人のエルフが慌てて後ろへ下がる。
クロエが斧を振り上げた。
「はぁー!!」
ガキィィン!!
鉄格子がまとめて吹き飛ぶ。
「これで出られる」
「……ありがとう」
二人のエルフが恐る恐る檻から出てくる。
「他に仲間は?」
エフィリアが尋ねた。
「……いた」
一人が俯く。
「一緒に捕まった仲間がいた。でも……殺された」
「私たちも……帰る場所はない」
二人は不安そうに顔を見合わせた。
エフィリアは迷わなかった。
「なら、来なさい」
「……え?」
「居場所なら用意するわ」
二人が驚いてエフィリアを見る。
ルピナも二人を観察する。
「魔力も十分です。戦力としても問題ありません」
「歓迎するにゃ!」
ニアが笑う。
「……私たちを連れて行ってくれるの?」
「ええ、もちろんよ」
エフィリアが答えた。
二人は顔を見合わせる。
そして――
ゆっくりと頷いた。
「私はセフィラ」
一人が名乗る。
「……私はミリエル」
もう一人も続いた。
こうして、新たにセフィラとミリエルの二人が、レイに仕えるメイドとして加わることになった。
その後、闇オークションは守備隊によって壊滅した。
大量の証拠品が押収され、人身売買に関わった者たちも次々と捕らえられた。
だが――
黒幕であるジャコ・ボッタクーレの姿はなかった。
ジャコはユノベルを脱出していた。
「はぁ……はぁ……!」
夜道を走る馬車の中。
ジャコは苛立たしげに拳を握り締める。
「くそっ……くそがぁ……!」
息子を殺され。
商売を邪魔され。
闇オークションまで壊滅させられた。
「あいつら……絶対に許さねぇぞ……!」
だが、今の自分では勝てない。
ならば――
頼るしかない。
「待ってろ……!」
馬車は国境を越えていく。
向かう先は――
リベルタ中立国。
そこには、ジャコには頭の上がらない一人の男がいる。
ボッタクーレ一族の頂点。
裏社会にも広く名を轟かせる男。
その名は――
ドン・ボッタクーレ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この場面から外伝もはじまります。
良ければ読んでみてください。




