猫の置物
第22話です。
この話の流れの中で新キャラ登場予定です。
賑やかな町の裏通り。
表通りとは違い、人通りは少なく、柄の悪そうな者たちも多い。
レイとルピナは、そんな通りを並んで歩いていた。
ドンッ!
「おっと!お兄さん、ぶつかっちまった。ごめんよー!」
見知らぬ男がレイの肩にぶつかる。
そして、そのまま人混みの中へ消えていった。
ルピナがちらりとレイを見る。
「今の人、財布をすっていきませんでした?」
「いや、すられたんじゃない」
レイは何でもないように答えた。
「交換だよ」
「交換……ですか?」
「こっちの財布は中身が空だったんだけど、どうしても俺の財布が欲しかったんだろうね」
「……」
「勝手に持っていくから…財布ないと困っちゃうじゃん?だから俺の財布をあげて相手の財布をもらう。だから交換だ」
そう言って、いつの間にか手にしていた男の財布を開く。
「で、交換したんだから俺のものだよねー財布から金を抜いてっと……」
ドンッ!
「悪いね、にーちゃん!」
今度は別の男がぶつかってきた。
そして、また人混みの中へ消える。
レイの手には新しい財布が残っていた。
「また交換っと、今日は俺の財布欲しいやつ多いなー」
「それ、ただスリ返してるだけでは?」
「いや、交換だね」
「いえ、違います」
即答だった。
「それにしても交換するものは、ちゃんと価値を確認してからにしないとねー」
「交換じゃないですけどね!」
そんなやり取りをしながら歩いていると――
「お兄さん、お姉さん!ちょっと見てってよ!」
道端の露店から声が飛んできた。
雑多な商品が並ぶ、どこにでもありそうな露店だった。
装飾品。
小物。
食器。
よく分からない置物。
レイは一瞬だけ商品へ視線を走らせる。
(……特に目ぼしいものはないかなー)
どれも安物に見える。
「なぁ店主さん」
「はい?」
「他に“変わったもの”は置いてないのかい?」
ピクッ。
ほんの一瞬。
店主の表情が動いた。
ルピナはそれを見逃さなかった。
「そうですねー変わったもの、ですか……」
店主は少し考える素振りを見せる。
「でしたら、こちらなどいかがでしょう」
そう言って、露店の奥から小さな置物を取り出した。
猫を模した置物だった。
「こちら、とある有名な作家の作品でしてね」
(きゃあっとー!!)
レイの目が一瞬で輝いた。
丸い顔。
ちょこんと揃えられた前足。
少しだけ首を傾げた猫。
(なんてかわいい!!)
完全に一目惚れだった。
「今なら銀貨五枚でお譲りしますよ」
「店主よ、それを頂こうか!」
間髪入れなかった。
「えっ主様!?」
ルピナが驚いて振り返る。
だが、すでに遅い。
レイは即座に銀貨五枚を店主へ渡していた。
店主の口元が、僅かに歪む。
「毎度ありがとうございます」
ニヤリと笑い、恭しく頭を下げる。
「どうぞ、今後ともご贔屓に」
「うんうん」
レイは満足そうに猫の置物を眺めていた。
「主様?」
「ん?」
ルピナの声が少し低くなる。
「先ほど、自分で“交換するものはちゃんと価値を確認しろ”とおっしゃっていませんでしたか?」
「うん、言ったね」
「その置物」
ルピナが指差す。
「表通りの土産物屋なら、同じものが銅貨二十枚から三十枚程度で売っているものですが?」
「……」
「銀貨五枚なんて、普通の人ならまず買いませんよ」
(えっ……)
レイの思考が止まった。
(まじで?)
もう一度、猫の置物を見る。
かわいい。
確かにかわいい。
だが――
(こんなの持って帰って置いといたらずっといじられるやつじゃん……!)
銀貨五枚。
冷静に考えれば確かに銀貨五枚はぼったくりだ。
(やばい、まんまと騙された)
ルピナの前で、偉そうに価値を確認しろと言った直後。
しかし、ここでバレる訳にはいかない。
「ルピナ」
レイはわざとらしく咳払いをした。
「はい」
「これはな」
「はい」
「その場でしか手に入らない価値、というものがあるんだ」
「……?」
「値段だけで物の価値を判断するのは浅い」
「なるほど……?」
「お前に預ける」
「私に?」
「ああ」
レイは意味ありげな表情で猫の置物を差し出した。
「よく観察するがいい」
(とりあえずルピナに押しつけよう)
だが、その瞬間だった。
ツルッ。
「あっ」
レイの手から猫の置物が滑り落ちる。
ガンッ!!
地面にぶつかり。
ガンガガンッ!!
さらに石畳の上を何度も跳ねた。
(あっ……ああっ)
レイの顔が引きつる。
(猫ちゃん、めちゃくちゃぶつけちまった)
ようやく置物が止まる。
その表面には、なぜか白い粉まで付着していた。
(なんか白い粉ついてるし……)
レイは少し考える。
(うーん……まあいいか)
壊れたなら仕方ない。
(あとはルピナに押し付けて――)
「……?」
ルピナの表情が変わった。
足元に転がった猫の置物。
ピシッ。
小さな音。
表面に一本の亀裂が走る。
その隙間から――
サラサラ。
白い粉が零れ落ちた。
「えっ……これは」
ルピナがしゃがみ込む。
「どうしたの?」
レイが聞く。
だがルピナは答えない。
指先で、ほんの僅かに白い粉をすくい上げる。
(この質感……)
指先で軽く擦る。
(この色……)
最近届いた報告が、頭の中をよぎる。
(まさか!)
ルピナの瞳が鋭くなる。
(最近、裏で出回り始めた麻薬……!)
まだ存在が確認されて間もない。
流通経路も不明。
どこから町へ持ち込まれているのかすら掴めていなかった。
(私たちですら、存在を知ってまだ間もないのに……)
ルピナの思考が一気に加速する。
先ほどの店主。
レイが“変わったもの”と言った瞬間、僅かに反応した。
(あの店主……主様の言葉を聞いた時、明らかに反応した)
さらに。
提示された猫の置物は、明らかに相場より高額だった。
(まさか……)
ルピナの中で点と点が繋がっていく。
(あえて高額な商品を提示する。普通の客なら買う訳がない)
ルピナは推理した。
(買うのは中身の意味を知っている客)
それならば、銀貨五枚でも迷わず買う。
(つまり、これは……)
客を選別するための合図。
裏の商品を購入する資格がある人間かどうか。
それを確認するための試験。
(そして置物の内部に麻薬を隠す)
普通の雑貨に見せかけて運ぶ。
もし衛兵に確認されても、ただの土産物だと言い張れる。
(流通方法まで考えられている……!)
ルピナは僅かに息を呑む。
そして――
ゆっくりと顔を上げた。
少し先を歩くレイを見る。
(主様は……)
猫の置物を見た瞬間、迷わず購入した。
明らかにボッタクリ価格だと知っているはずなのに。
さらに……
『お前に預ける。よく観察するがいい』
あの言葉。
(まさか……最初から全部分かっていた?)
ルピナの背筋に震えが走る。
(だから、あえて買った。そして私に託した)
しかも、置物を落としたことで中身まで露出した。
(落としたのも……わざと?)
ルピナの表情が変わる。
(私自身に答えへ辿り着かせるために……!)
自分で説明するのではない。
ヒントだけを与え、後は任せる。
(主様……)
レイの背中を見つめる。
(この置物は私に託された…後は私たちで流通経路を突き止めろ、ということですね)
「……主様」
「ん?」
レイが振り返った。
ルピナは真剣な表情で頭を下げる。
「理解しました」
「そう?」
「はい」
ルピナは猫の置物をしっかりと抱える。
「後はお任せください」
「……うん」
レイは頷いた。
(何を?)
よく分からなかったが。
とりあえず――
(あの置物、ルピナが引き取ってくれそうだな)
レイは少し安心した。
一方。
ルピナは決意を固めていた。
(必ず、この麻薬の流通元を突き止めます。主様がここまでお膳立てしてくださったのですから)
もちろん…レイが猫の置物の中に最近出回りだした麻薬が仕込まれていることなどこれっぽっちも知る由はなかった。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
楽しんで頂けているでしょうか。
次回もよろしくお願い致します。




