殺人事件
第21話更新です。
早朝の城内。
普段であれば静かな時間帯だ。
だが、その日は一部で騒ぎが起きていた。
「大臣が刺されている!」
ワイロ・ダイスキーノ大臣が、自室で刺殺されていたのだ。
第一発見者は執事のセバス・ウラギール。
どうやら昨晩のうちに殺され、早朝になってセバスが発見したらしい。
部屋の外には、他の執事やメイドたちが集まっている。
すでに人払いはされていたが――
「王子権限で入るよ〜」
レイとルピナ、それにニアの三人だけは中へ入った。
部屋の中を見回す。
「……意外と綺麗だな」
もっと荒れているかと思った。
だが、机や棚が倒れているわけでもなく、家具が壊れている様子もない。
ワイロ大臣は椅子に座ったまま。
胸には刃物で刺された跡が残っている。
ルピナとニアが、それぞれ部屋の中を調べ始めた。
ニアが鼻をひくひくと動かす。
「血の匂いはこの辺りからしかしないにゃ」
ワイロ大臣の周囲を見回す。
「ここで刺されたので間違いなさそうだにゃ」
「争った形跡もなしか」
俺もそれらしく部屋を見回す。
「間違いない、顔見知りの犯行だね」
とりあえず、推理ものっぽいことを言ってみた。
「その可能性は高いかもしれません」
ルピナが頷く。
「あっ、レイ様。それ」
「ん?」
ルピナが指差した先。
机の端に置かれた水晶が、微かに光を放っていた。
この世界では、水晶に魔力を通すことで遠く離れた相手と通信ができる。
文字だけでなく映像を投影することも可能だが、映像通信は繊細な魔力操作が必要になるため、使える者は限られてくる。
そのため、一般的なのは文字通信だ。
水晶に文字を映し、それを相手側の水晶へ投影する。
魔力が残っている間なら、直近のやり取りを確認することもできる。
逆に言えば、魔力が完全に消えてしまえば通信記録も残らない。
「まだ魔力が残っています」
ルピナが水晶へ手を伸ばす。
「亡くなる直前のやり取りに、何か手掛かりが残っているかもしれません。確認してみましょう」
「それは名案」
「にゃ」
水晶に残された通信履歴が浮かび上がる。
どうやらワイロ・ダイスキーノ大臣と、ウラデ・ウゴクーノ大臣との密談らしい。
ワイロ:例の件は順調に裏で進んでいる。
ウラデ:資金はブラックトレード社から流させる。かなり渋っていたようだが、そちらに回せるだろう。
「ブラックトレード社……」
レイは顎に手を当て言う。
「すごく黒いな」
「すごく黒いにゃ」
ニアも頷いた。
「名前だけで判断しないでください」
ルピナが呆れたように言う。
その後も数回やり取りが続いていたが、特に犯人へ繋がりそうなものは見当たらない。
「次が最後ですね」
ルピナが通信を進める。
ワイロ:それでは資金の件はまかせる。ブラックトレード社にはくれぐれも圧力をかけまくってて、金を吐き出させてくれ。
ワイロ:おっと、誰か来たようだ。
ワイロ:ま、待て!ぐふぁー
そこで通信は途切れていた。
「……」
しばしの沈黙。
ルピナが水晶を見つめる。
「通信はここまでのようですね」
そして、静かに言った。
「犯人はほぼ決まりました」
「ああ、そうだね」
俺も頷く。
「ブラックトレード社の刺客が送り込まれたんだな。やはり黒だったか」
「そうにゃ、ブラックトレード社が怪しいにゃ!」
「……えっ?」
ルピナがこちらを見る。
「ん?」
「にゃ?」
「いや、最後のやり取り……」
「あっ!」
ニアが声を上げた。
「分かったにゃ!」
「おお」
「やっぱりブラックトレード社が怪しいにゃ!」
「だから違うって」
ルピナがニアに言う。
「にゃ?」
ニアが首を傾げる。
「えっ?」
俺も首を傾げた。
「……えっ?」
三人の視線が交差する。
ん?どうやら違うらしいぞ。
「も、ももももちろん分かってるさ」
俺は腕を組んだ。
「お、おおお前たちが分かっているか試しただけだから」
「さすが主様にゃ!」
「あ、あ、あ、ああそうだ」
「やはり、そうでしたか。さすが我が主様です」
ルピナ感心する。
「と、ととと当然じゃないか」
「主様、なんか目が泳いでないかにゃ」
「ニアさんよ、そんなわけないじゃないか」
その時。
ガチャ。
部屋の扉が開いた。
「失礼いたします」
入ってきたのは――
第一発見者。
執事、セバス・ウラギール。
寸分の乱れもない姿勢。
完璧な礼。
完璧な声。
「皆様、調査の方はいかがでしょうか」
「ちょうどいいところに来ましたね」
ルピナが振り返った。
「はい?」
「“ぐふぁー”って」
「…………」
セバスの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
「何のことでしょう?」
すぐにいつもの笑みへ戻る。
だが――
目は笑っていない。
ニアの尻尾がゆっくりと揺れた。
ルピナが一歩前へ出る。
「水晶通信です」
「……」
「刺されながら水晶を操作して、文字を入力する人なんているんでしょうかね」
水晶へ視線を向ける。
「特に最後の“ぐふぁー”」
「……」
「刺された人が、自分の断末魔を文字にして送ります?ぐふぁーって」
「確かに」
レイは深く頷いた。
「言われてみればめちゃくちゃ怪しい」
「今気づいたにゃ?」
「もちろん、ここに来る前から気づいてたよ」
「やはり……」
そして、ルピナが話を続ける。
「つまり、最後の通信そのものが偽装です。そして––––」
セバスを見る。
「この部屋へ自由に出入りできて、大臣が殺された後に通信まで偽装できる人物」
一歩、さらに距離を詰める。
「第一発見者であるあなたなら簡単ですよね?」
…沈黙。
セバスの笑みが、ゆっくりと歪んでいく。
「……なるほど」
小さく息を吐いた。
「素晴らしい観察力でございます」
「ブラックトレード社の名前を出しているのも露骨すぎますよね」
ルピナは水晶を指差した。
「“ここが怪しいですよ”とわざわざ書いてあるようなものです」
「…………」
セバスはしばらく黙っていた。
そして――
「まあ、いいでしょう」
口調が変わる。
「実は私、大臣が懐に入れていた賄賂の一部を、長い間くすねておりましてね」
「……」
「ところが昨夜、それがバレてしまったのですよ」
肩を竦める。
「もう、消えてもらう他ないですよね」
その声はもう、完璧な執事のものではなかった。
「そして罪はブラックトレード社へ押しつけるつもりだった、と」
「ええ、そうですね」
セバスが笑う。
「その予定でした」
スッ――。
袖の中から短剣を取り出す。
「ですが、知られてしまったのなら仕方ありません」
空気が変わった。
「ここで皆様にも消えていただく事にしましょうか」
「それは困るな」
次の瞬間――
ヒュッ!
セバスの手元から短剣が消えた。
いや。
投げた。
一直線に――
レイの喉元へ。
――ビンッ。
「……え?」
軽い音。
短剣はレイの目の前で止まった。
その刃を。
二本の指が挟んでいる。
「危ないにゃ」
ニアだった。
「…………」
セバスの目が大きく見開かれる。
ニアは短剣を軽く横へ投げた。
カンッ!
刃が壁へ深々と突き刺さる。
「い、今のは……」
セバスがニアを見る。
「見えなかった……?」
「?」
ニアは首を傾げた。
「えっ?普通に取っただけにゃ」
「……」
セバスの表情が引きつる。
次の瞬間。
ドンッ!
床を蹴った。
「――!」
速い。
先ほどまで執事として立っていた男とは、まるで別人だった。
床板が砕けるほどの踏み込み。
一瞬でニアの視界から消え――
背後へ回り込む。
「死ね!」
セバスが腕を振り下ろした。
ガンッ!
「……え?」
止まった。
ニアの手が、セバスの腕を掴んでいる。
「なっ……!」
動かない。
セバスが力を込める。
「ぐっ……!」
それでも。
微動だにしない。
まるで腕そのものが、空間へ固定されたかのようだった。
「な、なんだ……この力……!」
「んー」
ニアが少しだけ首を傾げる。
「やっぱり」
指に力を込めた。
ミシッ。
「がっ……!?」
セバスの顔が苦痛に歪む。
「めちゃくちゃ弱いにゃ」
「な――」
そのまま。
ニアが腕を横へ振った。
ただ、それだけだった。
ドゴォン!!
「ぐああああっ!!」
セバスの身体が勢いよく吹き飛ぶ。
石壁へ激突。
壁に大きな亀裂が走った。
瓦礫が床へ落ちる。
「…………」
静寂。
壁際に転がったセバスは動かない。
ニアはパンパンと手を払った。
「終わりにゃ」
「……」
俺は壁を見る。
そしてニアを見る。
「ちょっと強くなげすぎじゃない?」
「そうかにゃ?」
「壁壊れてるけど」
「セバスが勝手に飛んでいったにゃ」
「なるほど」
「いや、なるほどじゃありません」
ルピナが即座に突っ込んだ。
「修繕費がかかるんですよ!」
「あっ」
ニアの尻尾がピタッと止まった。
「……ごめんにゃ」
「それは後で請求先を考えます」
「セバスでいいんじゃない?」
「賛成にゃ!」
「本人が目を覚ましたら確認します」
そんなやり取りのすぐそばで。
机の上の水晶が、まだ微かに光っていた。
そこに残された最後の文字。
『ぐふぁー』
レイはそれを見つめる。
「……これさ」
「はい?」
「せめて“ぐあっ”とかなら、もうちょっと自然だったよね」
「自然ではありませんね」
「にゃはは」
こうして。
城内で起きた殺人事件は――
犯人自らが残した、あまりにも不自然な断末魔によって解決した。
セバスが転がっているそのすぐそばで、水晶がまだ光っていた。
“ぐふぁー”
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次回はまた新しいキャラクターの登場予定です。
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