魔力測定
第三王子レイの魔力測定。
男は最近、同じ夢を見ていた。
魔王と呼ばれる者と、剣士たちの戦闘。
暗い迷宮の最深部で繰り広げられる、激しい戦いだ。
夢の中では、少し離れた場所からその光景を眺めている。
自分が誰なのかは分からない。
魔王でもなければ、剣士でもない。
ただ、そこで起きている戦いを見ているだけ。
そして目が覚めると――何も思い出せなくなっている。
魔王がどんな姿だったのか。
戦っていた剣士たちがどんな顔をしていたのか。
何一つ思い出せない。
(まあ、夢ってそんなもんだよね)
覚えているのは、魔王と剣士たちが戦っていたということだけ。
ただ一つだけ…
なぜか毎回、鮮明に覚えているものがあった。
『ごめんなさい……』
そう言って、こちらへ伸ばされる手。
細く、白い指。
女性の手なのだろう。
顔は思い出せない。
声すら、はっきりとは覚えていない。
それなのに、その手だけは目を覚ました後も記憶に残っている。
(きっと綺麗な女性なんだろうな)
「ふわぁ……」
ルーヴェン王国第三王子、レイ・ルーヴェンはゆっくりと目を覚ました。
見慣れた自室の天井が視界に入る。
「またあの夢か……」
身体を起こしながら、眠そうに目を擦る。
「最近、同じ夢ばっかり見るんだよな。魔王なんてこの世界にいないのにな……何なんだ?」
しばらく考えてみるものの、答えなど出るはずもない。
「んーっ!」
レイは両腕を上げ、大きく伸びをした。
その瞬間――
ガタガタガタッ!
部屋の家具が一斉に揺れた。
ギシギシとベッドが軋み、棚の上に置かれていた小物が小刻みに震え始める。
「やばっ!」
レイは慌てて自分の中にある力を抑え込んだ。
すると、それまで揺れていた家具が嘘のように静かになる。
「ふぅー危ない危ない……」
あの夢を見るようになった頃からだった。
レイは、自分の中に膨大な魔力が存在していることを感じるようになっていた。
それも、少し多いという程度ではない。
気を抜けば、今のように周囲へ影響を及ぼしてしまうほどの魔力。
だが不思議なことに、その膨大な魔力をレイは自由に操作することができた。
そして、もう一つ。
レイには自分でも説明できない力があった。
魔力の性質そのものを変化させることができる。
炎。
そして――闇。
二つの異なる性質へ、自らの魔力を変化させられるのだ。
なぜそんなことができるのか。
レイ自身にも分からない。
だが今日、その答えの一端が分かるかもしれない。
今日はレイの十五歳の誕生日。
そして、王族として正式な魔力測定を受ける日でもあった。
(炎と闇が使えるんだ。どっちか……もしかしたら両方の属性が出たりするのかな?)
どんな結果になるのか。
少しだけ楽しみでもある。
「まあ、考えてても仕方ないか」
レイはベッドから降りた。
「さぁ、かわいい猫ちゃんと戯れてから行くかな」
魔力測定よりも先に、毎日の日課を済ませる。
レイにとっては、こちらも大切な予定だった。
しばらくして――
王城の一室。
部屋の中央には、大きな透明の水晶が置かれていた。
その周囲には国王をはじめ、大臣や神官たちが集まっている。
この水晶へ魔力を流すことで、その者が持つ魔力量と属性を測定することができる。
「第三王子レイ・ルーヴェン。水晶に手を」
「はい」
神官に促され、レイは水晶の前へ立った。
そのまま手を伸ばしかけ――ふと止める。
(いや、待てよ)
自分の中にある魔力を意識する。
(こんなバカでかい魔力、そのまま流したら絶対大騒ぎになるよね)
それだけは避けたい。
王族というだけでも何かと注目されるのだ。
ここでとんでもない魔力量など測定されれば、さらに面倒なことになる。
(騒ぎはごめんだからな。できるだけ抑えておこう)
レイは体内を巡る魔力を慎重に絞っていく。
もっと、さらにもっと。
外へ漏れ出る魔力を極限まで小さくする。
(これくらいなら大丈夫かな)
そして――水晶へ手をかざした。
「……」
神官が水晶を見つめる。
国王も結果を待つ。
しかし――
何も起こらない。
「……ん?」
神官が首を傾げた。
レイも水晶を見る。
(あれ?一瞬…)
何かが気になったがもう一度、ほんの僅かに魔力を流す。
それでも、水晶はほとんど反応を示さない。
「ど、どうした?」
国王が思わず声を上げた。
「属性は? 魔力量は?」
「しょ、少々お待ちください!」
神官が慌てて水晶を確認する。
何度見ても結果は変わらない。
「な、な、何もありません!」
「何?」
その言葉に、室内が静まり返った。
「どういうことだ?」
「属性反応が……ありません!」
神官の額から汗が流れる。
「本来ならば、必ず何らかの属性が現れるはずなのです。しかし……何もない」
「何も……?」
「無属性です!」
神官自身も信じられない様子で水晶を見つめる。
「前代未聞です! 通常であれば炎、水、風、土……何らかの属性が必ず現れるはず。それが一切ないなど……!」
周囲の大臣たちがざわつき始める。
「無属性……?」
「そんなものが存在するのか?」
「王族だぞ……?」
神官はさらに測定結果を確認する。
「魔力も……ごく少量です」
レイは黙って水晶を見つめた。
(無属性って何だ?)
炎は使える。
闇も使える。
それなのに、属性がない。
(もしかして……魔力を絞りすぎた?)
その可能性は十分にある。
むしろ、魔力量が少ないと判定されたことについては予定通りだった。
問題は属性だ。
(魔力量を抑えたら属性まで出なくなるのか?……まあ、よく分からないけど)
レイが一人で考えている間にも、周囲の空気は重くなっていく。
神官が沈痛な面持ちで告げた。
「属性もなく、魔力もごく少量……剣術を多少修めておられるとは聞いておりますが、この結果では……」
その先は言いにくいのだろう。
少し間を置いてから続ける。
「戦争や魔物討伐において、剣術だけでは大きな活躍を望むことは難しいかと……」
「……なんと……」
国王は言葉を失った。
そんな中、一人の大臣が口元を歪めた。
「第一王子殿下は雷、第二王子殿下は風、第一王女殿下は水でしたな」
そしてレイへ視線を向ける。
「王家の才能も、三人で出涸らしてしまったということでしょうか。おっと、これは失礼」
「……」
(この人、絶対悪いと思ってないよね、まぁいいけど)
レイは大臣を見ながら心の中で呟いた。
国王が鋭い視線を大臣へ向ける。
「口を慎め」
「これは失礼いたしました」
大臣は軽く頭を下げた。
国王はしばらく考え込んでいたが、やがて静かに口を開いた。
「……ここにいる者に告ぐ」
室内の全員が国王を見る。
「第三王子レイについては、火属性。魔力量は人並み程度と国民には公表せよ」
「陛下……?」
「王族から前例のない無属性が現れたと知られれば、無用な混乱を招く」
国王は周囲を見渡した。
「よいな?」
「はっ!」
神官たちが一斉に頭を下げる。
レイも特に反対する理由はなかった。
(まあいいか。目立って大騒ぎになるより、その方が楽だし、普通が一番!)
炎なら実際に使うこともできる。
今のところ困ることもなさそうだ。
そのときだった。
大臣が水晶へ顔を近づける。
「しかし、本当に壊れているわけではないのだろうな?」
「壊れている?」
「前代未聞の結果なのだろう? 実は水晶にヒビでも入っていたということはないのか?」
「そ、そのようなことはありません!」
神官が慌てて答える。
「この水晶は非常に頑丈に作られております! 少々の衝撃程度では傷一つ――」
そう言いながら神官が水晶へ手を伸ばした。
その指先が僅かに触れる。
「あっ」
水晶が傾いた。
コロッ
「……あ」
コロコロコロ……
「ちょっ!?」
水晶が台座から転がり落ちた。
ゴトンッ!
床へ落ちる。
「……」
「……」
全員の視線が水晶へ集まった。
神官の顔が青ざめる。
しかし、すぐに引きつった笑みを浮かべた。
「だ、大丈夫です。この程度で壊れるような水晶ではありませんので……」
その瞬間――
パァァァァン!!
「は、はうあっ!!」
神官が飛び上がった。
床に落ちた水晶が、突然粉々に砕け散った。
「ど、どうした!? 神官!」
「い、いえ……水晶が……」
神官は慌てて床へ屈み込む。
「落としたくらいでは壊れないはずなんですが……」
「……」
「……」
大臣と神官は、しばらく無言で顔を見合わせていた。
レイも粉々になった水晶を見つめる。
(…………)
少し嫌な予感がする。
(……魔力、絞りすぎたかな?)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
まだまだ序盤ですが、これから少しずつ物語が動き出します。
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次話もよろしくお願いします。




