ルナとネコ
第16話更新です。
ルナは猫が好きだ。
とても…
とても、とても大好きだ。
猫を見つければ、つい目で追ってしまう。
触らせてくれれば一日中でも撫でていたい。
膝の上で眠ってくれようものなら、たとえ足が痺れても動くつもりはない。
では、なぜそこまで猫が好きなのか。
それには理由があった。
まだルナが幼かった頃の話だ。
ルナが暮らしていた魔族の里は、人間に見つからないよう山奥に存在していた。
魔族と人間。
両者の関係は決して良好とはいえない。
そのため、里の者たちは必要がない限り人間の前に姿を現さなかった。
しかし、幼いルナは好奇心が強かった。
(人間の街ってどんなところなんだろう)
一度そう思ってしまうと、気になって仕方がない。
どんな建物があるのか。
どんな食べ物を食べているのか。
どんな暮らしをしているのか。
そしてある日。
ルナは誰にも言わず、こっそりと里を抜け出した。
「わぁ……!」
初めて見る人間の街。
大勢の人が行き交う市場。
店先に並べられた色とりどりの果物。
焼きたてのパンから漂ってくる香ばしい匂い。
笑いながら走り回る子供たち。
何もかもが初めてだった。
「すごい……!」
ルナは夢中になって街を歩き回った。
自分が魔族だと気づかれないよう、角や魔力は隠している。
最初は緊張していたものの、誰もルナのことなど気にしていなかった。
(なんだ。普通に歩けるんだ)
少しずつ緊張も解けていく。
そんな時だった。
「……?」
ルナが足を止める。
人混みの向こう。
一人の男が歩いていた。
見た目は人間と変わらない。
しかし、ルナには分かった。
(あの人……魔族?)
魔力をかなり抑えている。
角も見えない。
人間のふりをして街を歩いていた。
しばらくすると、別の場所でも同じような気配を感じた。
(どうして魔族が人間の街にいるんだろう)
気にはなった。
しかし、幼いルナはそれ以上深く考えなかった。
自分だって今、人間に隠れて街を歩いているのだから。
それよりも――
「……ん?」
別のものが気になった。
「にゃ……」
「……?」
小さな鳴き声。
ルナは周囲を見回した。
「今の……」
「にゃあ……」
聞こえる。
大通りではない。
建物と建物の間にある細い裏路地。
ルナは鳴き声に導かれるように、その中へ入っていった。
そこで見つけたのは数人の男たちだった。
何かを運んでいる。
木製の箱。
その上に置かれた、小さな檻。
「にゃ……」
中にいたのは――子猫だった。
「……!」
何匹もの子猫が、狭い檻の中へ押し込められている。
怯えているのか、身体を寄せ合って震えていた。
男の一人が檻を乱暴に持ち上げる。
「ったく、うるせえな」
「傷つけんなよ。貴族の娘どもはこういうのが好きだからな」
「分かってるって。高く売れるんだろ?」
「毛並みのいいのはな」
男たちが笑う。
ルナは檻を見つめていた。
「にゃあ……」
小さな子猫と目が合った。
震えている。
怖がっている。
その瞬間、
ルナの中で何かが切れた。
「……その子たち」
「あ?」
「離して」
男たちが振り返る。
そこにいるのが幼い少女だと分かると、男たちは顔を見合わせた。
「なんだ、このガキ?」
「迷子か?」
「その猫たちを離して」
「はぁ?」
「聞こえなかった?」
ルナが男たちを睨む。
「離してって言ったの」
「なんだと、このガキ!」
一人の男がルナへ手を伸ばした。
その瞬間――
ドゴォォン!!
「ぐあっ!?」
男の身体が吹き飛んだ。
壁へ激突し、そのまま地面へ崩れ落ちる。
「なっ……!?」
「何しやがった!」
ルナの身体から魔力が溢れていた。
子供だったルナは、まだ自分の力を上手く加減できない。
「このっ!」
別の男が襲いかかる。
「触らないで!」
ドンッ!!
「ぐあぁっ!」
また一人。
男が吹き飛ぶ。
「ば、化け物だ!」
「逃げろ!」
残った男たちは慌てて逃げていった。
「……」
ルナは男たちには目もくれず、すぐに檻へ駆け寄った。
「大丈夫?」
「にゃ……」
「今出してあげるから」
檻を開ける。
何匹かの子猫が一斉に飛び出し、そのまま路地の奥へ逃げていった。
しかし、一匹だけ動かなかった。
「……?」
ルナが覗き込む。
小さな子猫が隅で震えている。
「怖かったね」
そっと手を伸ばす。
子猫は逃げなかった。
ルナは優しく抱き上げる。
「もう大丈夫」
「にゃ……」
「もう誰もあなたを傷つけないよ」
その時。
「こっちだ!」
「騒ぎがあったのはこの辺りだ!」
遠くから声が聞こえてきた。
「……!」
人間の兵士。
ルナは慌てて周囲を見る。
(まずい!)
魔族の力を使ってしまった。
捕まれば、自分が魔族だと知られてしまうかもしれない。
「逃げなきゃ!」
子猫を抱いたまま、ルナは走り出した。
細い路地を駆け抜ける。
「待て!」
「そこのガキ!」
「止まれ!」
「無理!」
止まるわけにはいかない。
子猫を胸元へ抱き寄せ、必死に走った。
人混みへ紛れ、裏道へ入り、兵士たちの目をかいくぐる。
やがて街を抜けることに成功した。
「はぁ……はぁ……」
街から離れた森。
もう追っ手がいないことを確認すると、ルナは大きな木の下へ腰を下ろした。
「疲れた……」
「にゃ」
「……」
腕の中を見る。
子猫はまだ少し震えていた。
「大丈夫」
ルナは優しく背中を撫でる。
「もう怖い人はいないから」
「にゃあ……」
「大丈夫だよ」
何度も。
何度も優しく撫でた。
すると、少しずつ震えが収まっていく。
「……?」
やがて子猫はルナの腕から膝の上へ移動した。
くるくると回ってから身体を丸める。
「え?」
目を閉じた。
「……寝た?」
「……」
返事はない。
小さな身体が、呼吸に合わせてゆっくり上下している。
「……」
ルナは動けなくなった。
(かわいい……)
何だこれは。
ものすごくかわいい。
先ほどまであれほど怯えていたのに。
今は自分の膝の上で安心して眠っている。
(私を信用してくれた……?)
そう思うと、胸の奥が温かくなった。
ルナは子猫を起こさないよう、そっと頭を撫でる。
「……かわいい」
もう一度撫でる。
「かわいい……」
さらに撫でる。
「……ずっと見てられる」
この日。
ルナは完全に猫の魅力へ落ちた。
しばらくして、子猫が目を覚ました。
いつまでも連れているわけにはいかない。
里へ猫を連れて帰れば、自分が人間の街へ行ったことまでバレてしまう。
ルナは街から離れた安全な場所まで子猫を連れていった。
「ここなら大丈夫かな」
「にゃあ」
「……」
離れたくない。
ものすごく離れたくない。
「……連れて帰りたい」
「にゃ?」
「でも怒られる……」
悩みに悩んだ末、ルナは子猫を地面へ下ろした。
「元気でね」
「にゃあ」
「危ない人についていっちゃ駄目だからね」
子猫はルナを見上げる。
「……」
ルナはしゃがみ込んだ。
「決めた」
子猫が首を傾げる。
「私は猫の味方になる」
「にゃ」
「困ってる猫がいたら助ける」
「にゃあ」
「約束ね」
子猫が理解しているのかは分からない。
それでもルナは満足そうに頷いた。
それからだった。
ルナが時折、人間の街へ出るようになったのは。
もちろん目的の大半は――
猫。
「あっ!猫!」
見つければ追いかける。
「おいでー」
逃げられる。
「待ってー!」
さらに追いかける。
また逃げられる。
「なんでぇ!?」
猫が好きだとはいえ野良猫はそうそうさわらせてくれるものではなかった。
それでも諦めない。
何度も街へやって来た。
そんな中で、以前と同じように人間へ紛れて生活する魔族を見かけることもあった。
ほとんどは何もしていない。
ただ人間として静かに暮らしているだけ。
そんな魔族もいるんだ。
しかし、中には人間の街で悪事を働く者もいた。
そういった魔族を見つけた時だけは、ルナも黙っていなかった。
追い払う。
時には戦う。
そんなことを続けながら、ルナは人間の街へ出入りするようになった。
そして――ある日。
「……?」
いつものように街を歩いていたルナが、一匹の猫を見つけた。
(猫!)
反射的に追いかけようとして、足が止まる。
猫の前に誰かいる。
一人の男の子。
その隣には美しいエルフの女性。
青年がゆっくりと猫へ近づいていく。
(逃げちゃう)
ルナはそう思った。
野良猫は警戒心が強い。
自分だって何度逃げられたか分からない。
しかし、
「……え?」
逃げない。
男の子が触った。
それでも逃げない。
(なんで!?)
さらに男の子が猫を抱き上げる。
「……!?」
猫は暴れない。
それどころか、
「にゃあ」
(鳴いた!?)
大人しく腕の中へ収まっている。
(な、なんだあの人……)
ルナは建物の陰から凝視していた。
(あんなに猫に懐かれる人、初めて見た……)
そして何より。
(かわいい……あの猫……すっごくかわいい!)
昔助けた子猫のことを、ほんの少し思い出した。
腕の中で震えていた小さな身体。
自分の膝の上で、安心したように眠ってくれたあの子。
(触りたい……)
ルナの身体が勝手に動いた。
男の子たちの後をついていく。
(ちょっとだけ……)
距離を保ちながら追いかける。
(ちょっとだけ触らせてもらえないかな……)
こうしてルナは――
猫を触りたいという、ただそれだけの理由でレイたちの尾行を開始した。
まさかその相手が、自分の人生を大きく変えることになるとは。
この時のルナは、まだ知る由もなかった。
これからも頑張って更新したいと思います。
楽しんで頂ければ嬉しいです。




