魔導研究所
第13話新しいキャラクターの登場です。
昼下がりの王城。
庭園には暖かな日差しが降り注ぎ、穏やかな風が花々を揺らしていた。
その一角で、レイは午後のティータイムを楽しんでいる。
膝の上には、いつもの毛並みのいい猫。
「よしよし」
背中を撫でると、猫は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「ゴロゴロゴロ……」
(平和だなぁ)
レイが紅茶へ手を伸ばす。
向かいにはエフィリアが座っていた。
「そういえばエフィリア」
「何かしら?」
「この前言ってた、秘密のメイドに向いてそうな人材」
レイは猫を撫でながら尋ねる。
「どこかにいそう?」
「そうね」
エフィリアは少し考えた後、紅茶のカップを置いた。
「この国の魔導研究所に、ちょうど良さそうな人物がいるわ」
「魔導研究所?」
「ええ。一人どころか、二人ね」
「二人!」
レイの目が輝いた。
「じゃあ行ってみようか」
「今から?」
「善は急げって言うでしょ?」
「あなたの場合、思いついたらすぐ動いてるだけでしょう」
「似たようなものだよ」
レイは猫をそっと地面へ下ろした。
「にゃあ」
「また後でね」
猫へ手を振り、レイは立ち上がった。
ルーヴェン城・魔導研究所。
王家直轄の施設であり、ルーヴェン王国における魔導技術開発の中枢でもある。
魔導兵器。
防衛結界。
大規模魔法術式。
魔道具。
国防に関わる研究も数多く行われているため、本来ならば許可なく立ち入れる場所ではない。
さらに研究費が莫大なことから、王家の財務監査を行う部署の一部も同じ施設内に置かれていた。
当然、警備も厳重である。
だが、
「レイ・ルーヴェンだよ」
「第三王子殿下! どうぞ!」
レイは第三王子。
ほとんど止められることなく中へ入れた。
(こういう時は王子でよかったって思うな)
エフィリアとともに廊下を歩いていく。
研究室の扉がいくつも並び、その向こうでは研究員たちが忙しそうに作業していた。
「それで、どんな人?」
「見れば分かるわ」
「そんなに特徴的なの?」
「かなり」
「へぇ」
その直後、
ドゴォォォォン!!
「うわっ!?」
研究所全体が揺れた。
近くの部屋から煙が噴き出す。
「何!?」
「またかぁぁぁ!!」
研究員の怒鳴り声が聞こえた。
「またあの娘か!」
「消火術式を!」
「窓開けろ!」
レイとエフィリアが煙の上がっている部屋を覗く。
「……」
研究室の半分が吹き飛んでいた。
机はひっくり返り、書類が辺り一面に散乱。
壁の一部は黒く焦げている。
その中央で、一人の少女が煤まみれになって立っていた。
「違う違う!」
少女が必死に研究員へ反論している。
「理論は合ってるんだって!」
「どこがだ!」
「また研究室吹き飛んでるじゃないか!」
「だから出力係数が世界の方がおかしいのよ!」
「世界のせいにするな!!」
「計算上は完璧なんだから!」
「現実で爆発してるだろ!!」
「……」
レイは隣にいるエフィリアを見る。
「あの人?」
「そう」
「なるほど」
確かに特徴的だった。
彼女の名前はリズ。
若くして研究所でもトップクラスの魔法理論を組み上げる研究者。
特に攻撃魔法の研究を得意としている。
問題は――
理論上の出力が、あまりにも高すぎること。
現在研究している術式に至っては、机上計算では国家級の殲滅魔法に届く可能性すらある。
しかし、
「制御できないんだよ!」
研究員が叫ぶ。
「そこさえどうにかなれば完成なの!」
「そこが一番重要なんだ!」
リズが頬を膨らませる。
「もう少しなのに……」
レイはそんなリズへ近づいた。
「リズだったっけ?」
「ん?」
リズが振り返る。
レイの顔を見た瞬間、慌てて姿勢を正した。
「これはレイ様! こんなところまでご足労いただいて……」
「別にそんなに堅くならなくていいよ」
「は、はい」
レイは半壊した研究室を見渡す。
「これ、何の魔法作ってたの?」
「あっ、それはですね!」
リズの表情が一気に明るくなる。
「超高密度の炎属性魔法です!」
「へぇ」
「通常なら拡散してしまう炎の魔力を一箇所に圧縮して、さらに術式内で何段階も増幅させて――」
「ちょっと待って」
「はい?」
「簡単に聞くね」
レイは尋ねた。
「完成したら、何人くらい消せる?」
「え?」
研究員たちが一斉にレイを見る。
リズは真面目に考え始めた。
「そうですね……」
指を折りながら計算する。
「十分な魔力供給と補助魔法、それに条件が全部揃えば……千人くらい?」
「千人」
「はい」
「…………」
レイはエフィリアを見る。
「最高じゃん」
「そう言うと思ったわ」
「いやいやいや!」
研究員が割り込んできた。
「実戦では使えませんからね!?」
「なんで?」
「制御できないんです!」
研究員は半壊した部屋を指差す。
「これを見てください!」
「……確かに」
「発動した瞬間に術者ごと吹き飛ぶ可能性があります!」
「制御できればいいだけよ」
リズが不満そうに反論する。
「それができないから困ってるんだろ!」
「もう少しなの!」
「その『もう少し』で何回研究室を壊した!?」
「…………五回くらい?」
「十二回だ!!」
「そんなに?」
「本人が忘れるな!」
レイの口元が上がる。
(いいなぁ……)
圧倒的な火力。
しかも、まだ完成していない。
(完成したらかなり強そうだ)
その頃。
研究所の別室では、もう一人の女性が大量の帳簿を確認していた。
「……」
紙を捲る。
計算する。
別の帳簿と照合。
また計算。
その速度は、普通の事務員とは比べものにならない。
「……ここですね」
女性の指が、一つの数字で止まった。
名前はルピナ。
王家財務管理の補佐を務め、研究所をはじめとする国の各施設へ直接足を運び、予算の使用状況を確認している。
計算能力が極めて高く、数字の僅かな不自然さも見逃さない。
そのため、
不正をしている人間からは非常に嫌われていた。
「所長」
「何だ?」
研究所の所長が面倒そうに振り返る。
ルピナは帳簿を指差した。
「この研究費、おかしいですね」
「何がだ?」
「三割ほど消えています」
「……」
所長の表情が固まる。
「研究には誤差があるだろう!」
「誤差?」
ルピナが別の資料を取り出す。
「魔石購入費として金貨百二十枚」
「そうだ」
「ですが、納入業者への支払い記録は八十四枚です」
「……」
「さらに残り三十六枚の行方が記録されていません」
「細かいことだ!」
「三割は細かくありません」
「研究では予定外の出費などいくらでもある!」
「ならば、その記録を提出してください」
「……」
「できますよね?」
所長の額に汗が浮かぶ。
ルピナは淡々としていた。
「横領は厳罰ですよ?」
「……っ」
所長は周囲を見る。
他に人はいない。
「頼む」
「?」
「何でもする」
所長が声を潜める。
「黙っていてくれ」
「できません」
即答だった。
「なっ……!」
「わたしの仕事は、お金が正しく使われているか確認することです」
ルピナは帳簿を閉じる。
「王家へ報告します」
「……くそっ」
「?」
ルピナが顔を上げた。
「今、何か言われました?」
「いや、何も……!」
所長は不機嫌そうに部屋から立ち去った。
「……?」
ルピナは首を傾げる。
「分かりやすい人ですね」
再び帳簿へ視線を落とした。
それから数時間後。
研究所に、けたたましい警報音が響き渡った。
「侵入者だ!!」
「結界が破壊されたぞ!」
「何!?」
外部から研究所へ侵入した何者かによって、防衛結界が破壊されていた。
それだけではない。
「魔導回路が暴走してる!」
リズが制御盤へ駆け寄る。
「ちょっと待って! これ止まらない!」
研究所内部には、大規模魔法を運用するための魔力回路が張り巡らされている。
本来なら幾重もの安全装置によって守られている。
しかし、結界の破壊と同時に一部の術式へ異常が発生。
蓄積されていた大量の魔力が、一箇所へ流れ込み始めていた。
「出力が上がってるぞ!」
「どこまで!?」
「……街規模だ!」
「はぁ!?」
研究員の顔から血の気が引く。
「このまま暴走したら研究所どころじゃない!」
「城下町まで巻き込まれるぞ!」
「そんな……!」
リズは必死に術式を操作する。
しかし、
「駄目!」
魔力が言うことを聞かない。
「流入量が多すぎる!」
「止められないのか!?」
「こんなの無理よ!」
その時、
「いいえ」
背後から声がした。
ルピナだった。
大量の術式資料を抱えている。
「止める必要はありません」
「……何言ってるの?」
リズが振り返る。
「この魔力を外へ逃がします」
「そんなことしたら街が吹き飛ぶわよ!」
「前にあなたが話していた魔法がありますよね」
「……え?」
「制御さえできれば撃てる、と」
リズの目が見開かれる。
「まさか……」
「今流れ込んでいる魔力を、あなたの術式へ回します」
「理論上はできるけど!」
リズが制御盤を叩く。
「この量よ!? 少しでも制御を失敗したら私たちごと消し飛ぶ!」
「なら、成功させてください」
「簡単に言わないでよ!」
ルピナは真っ直ぐリズを見る。
「失敗すれば街が消えます」
「……」
「だから」
ルピナが術式へ手を伸ばす。
「絶対に完成させるの」
「……!」
「魔力配分はこちらで調整します」
ルピナは複数の魔力回路を確認し、瞬時に必要な配分を計算していく。
「第一回路を十三パーセント減少。第二、第三を直結。余剰分は補助回路へ」
「そんな計算、今やったの!?」
「急いで」
「……分かった!」
リズが両手を術式へ置いた。
「やってみせる!」
膨大な魔力がリズへ流れ込む。
「くっ……!」
炎が研究所の外へ集まり始めた。
空に赤い光が生まれる。
それは瞬く間に膨れ上がった。
「でか……」
研究員たちが空を見上げる。
超巨大な火球。
研究所どころか、城下町のどこからでも見えるほどの大きさだった。
「まだ暴れてる!」
リズが歯を食いしばる。
「制御できない!」
「魔力配分は合っています!」
「だったら何で!?」
「術式そのものが魔力の圧力に耐えられていません!」
「そんなのどうすれば――」
その時、
リズには見えない場所から。
ほんの僅かに、別の魔力が流れ込んだ。
「……え?」
炎属性。
リズと同じ性質。
荒れ狂っていた魔力の流れが、一瞬で整えられていく。
離れた場所にいたレイが、誰にも気づかれないよう指先を向けていた。
(こういう流れにすればいいのかな)
リズの魔力へ干渉し、暴れていた流路だけを固定する。
「……止まった」
リズが目を見開く。
「魔力が……言うことを聞く」
「リズ!」
ルピナが叫ぶ。
「今です!」
「……うん!」
リズが超巨大火球を見上げる。
今まで何度試しても完成しなかった魔法。
理論だけは完成していた。
自分が作り上げた、本来の魔法。
「これが……」
リズの口元が上がる。
「私の本当の魔法!」
両手を前へ突き出した。
「いけぇぇぇぇ!!」
巨大な炎が夜空を染める。
「––極炎殲滅魔法!!!」
ゴォォォォォォォォ!!
超巨大火球が放たれた。
研究所へ侵入していた襲撃者たちが振り返る。
「なっ……」
「何だ、あれ……」
逃げる暇すらない。
凄まじい炎が襲撃者たちを飲み込んだ。
轟音とともに大地が揺れる。
だが、
炎は城下町へ広がらない。
完璧に制御されている。
やがて炎が消えた。
「……」
研究員たちは言葉を失っていた。
街は無傷。
研究所も、これ以上の被害は出ていない。
リズ自身も呆然と自分の手を見つめている。
「……できた」
何度やっても完成しなかった魔法。
「できた……!」
リズの顔に笑みが広がる。
「成功したぁぁぁ!」
「やりましたね」
ルピナも小さく笑った。
そんな二人を、エフィリアが少し離れた場所から見ていた。
「……やっぱり」
レイを見る。
「あなたが欲しがりそうな人材だったでしょう?」
「最高」
レイは即答した。
騒ぎが落ち着いた後。
レイとエフィリアはリズとルピナを呼び止めた。
「あなたたち」
エフィリアが二人を見る。
「このまま国の中だけに埋もれさせておくには惜しいわね」
「……どういう意味?」
リズが首を傾げる。
レイが前へ出た。
「俺の秘密のメイドにならない?」
「……またそれ?」
エフィリアが呟く。
「秘密のメイド?」
リズが怪訝そうな顔をする。
「うん」
「何するの?」
「それは色々」
「曖昧ね」
「でも好きなだけ魔法研究していいよ」
「やります」
「早っ」
「それと」
ルピナがレイを見る。
「研究費の管理は?」
「好きにやっていいよ」
「不正を見つけた場合は?」
「全部取り締まって」
「分かりました」
ルピナも即答した。
「それから、リズの研究に必要な予算管理や魔力配分の補助を続けられるのであれば、わたしも構いません」
「もちろん」
「ちょっと待って」
リズがレイを見る。
「本当に好きなだけ撃っていいの?」
「場所は選んでね」
「じゃあやる!」
レイは満足そうに頷いた。
「よし!」
「一応言っておくけど」
エフィリアが釘を刺す。
「本業はレイ様の秘密のメイドだからね?」
「分かってるわ」
「研究の邪魔にならなければ」
「……大丈夫かしら、この二人」
こうして、
レイの秘密のメイドに――
リズ。
そしてルピナ。
新たな二人が加わった。
その夜。
城下町から離れた場所に、一人の男が走っていた。
「はぁ……はぁ……!」
研究所を襲撃した者の一人。
極炎殲滅魔法から、辛うじて逃げ延びていた。
「危なかった……!」
身体の一部には火傷を負っている。
「危うくあの炎に巻き込まれて死ぬところだったぜ……」
男は森の奥にある建物へ入った。
地下へ続く階段。
その先には、複数の人間が集まっていた。
「遅かったな」
「研究所はどうした?」
「失敗だ!」
男が苛立たしそうに吐き捨てる。
「化け物みたいな魔法使いがいやがった!」
「何?」
「こっちの仲間はほとんどやられた!」
「……ちっ」
そこは――暗殺者ギルド。
その時、
コンコン。
「……?」
入り口から音がした。
「誰だ?」
コンコン。
「こんな時間に依頼人か?」
一人が扉へ近づく。
開ける。
そこには、
一人の少年が立っていた。
「こんばんは」
「……誰だテメェ」
男が眉をひそめる。
「ここって、暗殺者ギルドで合ってる?」
「何?」
研究所から逃げ帰った男の顔色が変わった。
「お前……!」
「ん?」
「研究所にいた奴だな!?」
「やっぱり君か」
レイが笑う。
「俺をつけてきやがったのか!」
「まあまあ」
レイは懐から一枚の紙を取り出した。
「その前に、ちょっとこれ見てよ」
「……?」
紙には二人の少女の顔が描かれている。
エルフィ。
そしてエルミナ。
「この二人、知ってる?」
「……!」
暗殺者たちの空気が変わった。
「こいつらは……」
「お前、どうしてこいつらを知ってる!」
「やっぱり知ってるんだ」
レイの表情から笑みが消えた。
双子から聞いた話。
幼い頃に両親を殺し、そのまま二人を連れ去った暗殺者ギルド。
偶然にも、研究所を襲撃した者の逃げ先が――そこだった。
「なるほどね」
「何がだ!」
男が武器を抜く。
「こいつを殺せ!」
暗殺者たちが一斉に動いた。
その瞬間、
ボォォォォォ!!
「ぎゃああああああ!!」
黒い炎が室内を走った。
「な、何だこの炎は!?」
「消えない!」
「水を持ってこい!」
「逃げろ!」
出口へ走る者。
奥へ逃げる者。
武器を構える者。
レイはゆっくりと建物の中へ足を踏み入れた。
その指先には、
炎とも闇ともつかない黒い炎が揺れている。
「悪いけど」
レイが静かに周囲を見渡す。
「全員逃がさないよ」
暗殺者ギルドの扉が、
静かに閉じた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
この後も魅力的なメイドが登場します。
楽しんで頂ければ嬉しいです。
リズ
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