第九話 キツネさんと油揚げ
梅雨が終わって暑さが本格的になってきた頃の、とある田舎にある小さなお店。三つ編みに割烹着の森山 小春は、カウンター越しに薄緑の狩衣を纏ったキツネと対面していた。
「僕がこんなことを相談するとベタに聞こえるかもしれないけど、油揚げで何かおいしい料理はないかなあ?」
細い目尻を少し下げて、キツネが困った顔をする。キツネは商売の神様の付き人だ。
「僕の主は稲荷寿司が好きでね? 中の具をいろいろ変えて出してたんだけど、さすがにずっと食べてると飽きてくるって言うんだ」
『僕は毎日だって食べられるんだけど』、とキツネは続ける。
「そこで今日は小春ちゃんに油揚げの新しい料理を教えてほしいんだ」
「油揚げはなんでもおいしくなりますからねぇ。うーん、そうだなぁ。商売の神様にちょうどいい料理かぁ」
小春は顎に手を添えて、頭の中にある料理の知識を探る。祖父が書き留めたレシピ本の中にも油揚げを使った料理はあるが、きっとそれはもうキツネに披露済みだろう。
「……商売といえば繁盛。繁盛といえば儲け。儲けといえばお金――あっ、そうだ!」
小春が何かを思いついたらしい。キツネに向けてにんまり笑うと、カウンターの奥へと消えていった。
そうして盆ざるに乗せてきたのは、油揚げと卵。小春の調理が始まった。
「油揚げを袋状に開いてー、そこに生卵を滑り込ませまーす」
油揚げの口を爪楊枝で留めて、出汁、酒、みりん、醤油で味を調えた煮汁の中へ入れ、弱火で煮込む。
「お出汁と甘辛い香りがしてきたぁ」
キツネが鼻をひくひくさせながら、鍋から漂う香りを楽しむように目を閉じる。
最後に火を止めて粗熱が取れるまで油揚げに味を染み込ませれば、口に入れるとほんのり懐かしい、じゅわじゅわ料理の完成だ。
「卵の巾着煮の完成でーす! 巾着袋と卵の黄色で金運アップ間違いなしの料理です!」
「わあっ、いいね! 商売繁盛しそう! 僕の主にぴったりな料理だ!」
「どうぞご賞味ください。中の卵が半熟になっていると思うので、食べるときに気を付けてくださいね」
キツネはお箸で巾着煮を持ち上げて、パクっと一口かじりつく。
「ふあっ、卵の黄身と油揚げのお出汁が混ざっておいしい…!」
「ですよね! ですよね! 卵をしっかりと固めるパターンもありますが、私は半熟の方が好きなんですよねぇ」
「これ、ごはんに乗せて食べても絶対おいしいよ!」
「いいですね! 口の中でなんちゃって稲荷寿司みたいになりそうです!」
キツネは料理を気に入ったらしく、巾着煮二つをあっという間に平らげた。食後の満足そうなその表情に、小春は顔をほころばせる。
「直後に温かいお茶でもどうぞ。これからレシピを書いてきますね」
「うん、ありがとう! お願いするね!」
いつものようにカウンター奥でレシピを書き留める。巾着煮は卵の他に、ひき肉や野菜、練り物を入れてもおいしいと付け加えておいた。
「はい、キツネさん。レシピをどうぞ」
「いつもありがとう、小春ちゃん。これ、今日のお代ね」
レシピと古い銀貨一枚を交換する。キツネは大事そうにレシピを受け取ると、そのまま懐にしまった。
「もう小春ちゃんもすっかりこのお店の主って感じだね。この前、久一くんも喜んでたよ」
「え? 最近おじいちゃんと会ったんですか?」
「うん、神界に来てたよ。小春ちゃんのこと、すっごく気にしてた。そういえば、まだ小さかった小春ちゃんがお店の手伝いをしてくれてるとき、久一くんデレデレだったもんなぁ」
「ちゃんと料理を教えてもらう頃には、優しくも厳しかったのでそんなイメージないですけどね――ってえ? 今、おじいちゃんが神界に来たって言いました?」
「うん、たまに来てるよ。じゃあ、ごちそうさま、小春ちゃん!」
のんびり話をしたあとで、キツネは店を出て行った。小春はその後ろ姿を見送りながら、今は隠居している祖父の衝撃な事実を知って固まっている。
「え? 神界って人が行けるところなの? え? おじいちゃん?」
祖父がどうやって神界に行っているのか、そこで何をやっているのかも分からない。それでも一緒にお店に立っていたときのことを思い出して、小春は懐かしむように目を細めた。
「またおじいちゃんと一緒に料理を作るのもいいなぁ」
お店のキッチンに二人で立つ姿を想像して、小春は一人微笑んだ。もう一度二人並べば、付き人さんたちも喜んでくれるかもしれない。
『神様ごはん相談所』。今日も歴代の店主の想いを引き継いで、ひっそりと営業中でございます。




