第十話 ニワトリさんと白身魚
暑さ真っ盛りの月がやってきた。とある田舎の古民家を改装した小さなお店は、今日もひっそりと営業していた。
「今日も暑いなぁ。熱気がまとわりついて、火を使いたくないよぉ。でもこんなこと言ったら、おじいちゃんに怒られちゃうー」
誰もいない店内で、小春はカウンターに突っ伏していた。
「さすがにこんな暑いと付き人さんたちも来ないんじゃないかなぁ。神様の涼を取るのに忙しいんじゃないかなぁ」
あわよくばお店を早じまいできないかな、なんて思う店主の森山 小春。三つ編みに割烹着がトレードマークの彼女だが、心なしか割烹着がよれている気がする。どうやら少々暑さにバテているようだ。
しかし小春の願いは叶わない。
「こんにちはー。今日も暑いですなあ」
お店の扉を開けて入ってきたのは、似せ紫色の狩衣を纏ったニワトリだ。
「ひゃあ! ニ、ニワトリさん! これは恥ずかしいところを…」
不意の来客に小春は慌てて身体を起こした。
「コケッコー。小春さんも夏バテですかな? 我が主も暑さに参ってしまっていてね」
「ニワトリさんの主さんと言えば、太陽の神様でしたっけ? 太陽の神様なのに、夏バテになってるんですか?」
「ええ、ええ。格好がつかないお話でしょう? ご自分でご自分の暑さに参っているようなんですな」
この夏は、太陽の神様ですら夏バテを起こしてしまうらしい。実に恐ろしい話である。
「というわけで、今日は精がつく料理の相談に来たんですな。あまりガッツリしたものは食べたくないという希望なので、魚などで良い料理があればと。どうですかな?」
「夏の魚といえば、スズキがおすすめですね! ちょうど新鮮なものを仕入れたばかりなんですよ!」
小春がカウンターの奥から盆ざるを持ってくる。その上には、一目で新鮮と分かるふっくらとしたスズキが乗っていた。
「この黒く澄んだ目! ツヤのある身体! 張りのある腹部! おいしさは保証します!」
「コケッコー! それはどんな料理になるか楽しみですな!」
スズキは下処理をして、身に切れ目を入れたら塩コショウを振る。フライパンにオリーブオイルを引いてスズキに焼き色をつけたあと、ニンニク、アンジョビ、砂抜きをしたアサリを入れる。
「白ワインを煮立たせてからミニトマトとハーブを入れて、弱火で煮込む! 時折スープをスズキに回しかけるのがおいしく仕上がるポイントでーす」
白ワインとハーブが混ざった爽やかな香りが広がっていく。あとは塩コショウで味を調えれば完成だ。
「はい、スズキのアクアパッツァの出来上がりです!」
「コケッコー! ハーブの香りで食欲が刺激されますな!」
「ビタミン、ミネラルが豊富で、疲労回復にもおすすめな料理なんでよ。どうぞご賞味くださいな!」
スズキの身と具材を取り分けたお皿をカウンターの上に置く。そうしてまずはスープを一口啜ったニワトリは、上を向いて声高く鳴いた。
「コケコッコー! なんというおいしさ! 魚介の出汁がしっかりと出ていて、これだけでいくらでも飲めてしまいますな!」
「お口に合ったみたいでうれしいです!」
それからスズキ、ミニトマト、アサリと、くちばしで突くようにしながら食べ進めていくニワトリ。途中で何度か『おいしい!』と言うように小さく鳴くニワトリの姿を、小春は微笑みながら見つめていた。
「いやはや、大変美味なお料理でした。アクアパッツァと言いましたかな? これなら我が主も好んで食べてくれると思いますな!」
「はい、こちらがアクアパッツァのレシピです。太陽の神様に『夏の暑さもほどほどにしてもらえると助かります』とお伝えください」
「コケッコー。たしかに承りましたぞ。ですがこれを食べると、あまりのおいしさに我が主が余計に張り切ってしまわないか少々心配ですな」
コケコケとニワトリが笑う。それにつられて小春も笑った。
「また何かあればいつでもお越しくださいね」
「コケッコー。今日もありがとう、小春さん」
お代の古い銀貨一枚を受け取り、小春はニワトリを見送る。そうしてキッチンのフライパンに残ったアクアパッツァを見て、小春はにんまりと笑った。
「神様ごはんの相談を乗るために、私も元気にならなくちゃね。アクアパッツァを食べて、夏バテを乗り越えるぞー!」
先ほどまでぐったりとしていた姿はどこへやら。小春は料理を完食して、機嫌よく後片付けをしたのだった。
『神様ごはん相談所』。今日も明るく付き人さんをお待ちしております。




