第十一話 トラさんと牛肉
とある田舎にある古民家を改装した小さなお店。三つ編みに割烹着姿の森山 小春は、やや緊張した面持ちでカウンター越しに付き人と対面していた。
「――ええっと、ご無沙汰しております、トラさん」
「うむ。ヌシがまだ見習いだった頃以来か、小春よ」
天鵞絨色の狩衣を纏ったトラが、腕を組んだまま小春を見た。ただ目が合っただけなのに、その迫力のある目つきに、小春は思わず一歩下がる。
トラが仕えるのは、勝利の神様だ。その付き人らしく、トラにはいつも勝気なオーラが溢れ、猛々しい顔つきも相まって、威厳のある存在感に圧倒される。
「今日はどうされたんですか?」
「うむ、主が近々ある勝負事に参戦することになってな。白米に合って、力の出る牛肉料理を食べたいと申されたのだ」
「白米に合って力の出る料理……。なるべく牛肉は大きく使った方が良さそうですね」
「どうだ? ちょうど良さそうな料理は何かあるだろうか?」
小春は顎に手を当てて考える。勝利の神様が牛肉好きだ。となれば、メジャーな料理は食べ尽くしていることだろう。
「味がしっかりしていて、ボリュームがある料理が良いかな。――よし、決めた」
小春がカウンターの奥から食材を取ってくる。いつもの盆ざるの上には、牛肉と野菜が乗せられていた。
「初めて作るレシピだから、ちょっと緊張しちゃうな」
まずは、くし切りにしたじゃがいもでフライドポテトを作る。続いて赤タマネギ、トマトを切り、牛肉を大きめの一口大にする。強火にかけたフライパンでニンニクと一緒に牛肉を炒めた。
「ニンニクの香りで食欲増し増し!」
ニンニクの香りにつられたのか、トラの鼻がひくひくと動く。
さらに赤タマネギと食欲を刺激する赤ワインビネガーを入れて、酸味を飛ばしたところに、砂糖を少々加えて味をまろやかにする。
「トマトを入れたら醤油を回しかけてっと。醤油と白米の相性は抜群なんだから!」
最後にフライドポテトとパクチーを炒め合わせたら、異国の料理の出来上がり。
「お待たせしました! ペルーの国民食、ロモ・サルタードの完成です!」
「おお! 今までに嗅いだことはないはずなのに、それでいてどこか懐かしい気がする香りだ!」
「強火で香ばしく炒めているので、香りの立ちが良いんです。これに白米を添えて…はい、ご賞味ください」
カウンターの上に、アツアツの料理が置かれる。待ってましたと言わんばかりに、早速トラは牛肉を口の中に放り込んだ。
「これは…! 噛み応えのある牛肉から、爽やかで旨味のある肉汁がじゅわっと出てきたぞ!」
「ひゃあぁぁ」
尻尾をピンと立てて、トラがくわっと目を見開いた。迫力増し増しのその表情に、小春が驚いて肩を竦めてしまうのもしかたない。
「これは白米が合う! これだけでは足りぬくらいだ! おかわりをもらえるか!」
「は、はい! ただいま!」
まるで勝ち戦のあとにごはんをかき込む武将のように、勢いよく食べ進めていくトラ。小春はその様子に圧倒されながらも、綺麗に平がられていく料理を見て、自然と笑顔がほころんだ。
「うむ! これは良い! 主も気に入ること間違いなしだ!」
「勝利の神様のご要望に添えるお料理になったようで何よりです。すぐにレシピを書いてきますね」
小春はいそいそとカウンターの奥へと行き、トラの迫力にドキドキしている胸を押さえながら、手早くレシピを書き留めた。
そして古い銀貨一枚とレシピを交換し、小春はお礼とともに頭を下げた。
「ありがとうございます。またいつでもご相談に来てください」
「うむ。小春は良い料理人になったな。久一もさぞかし鼻が高かろう」
トラも自分の猛々しさには自覚があるのか。なるべく柔らかく笑おうと努めたような不格好な笑みを浮かべて、小春の頭をそっと撫でた。
「ありがとう、小春。また来る」
撫でられた頭を押さえながら、小春はぼんやりとトラを見送った。
(に、肉球が…! トラさんの肉球がぷにゅって…!)
威圧感に縮こまっていたはずなのに、その一瞬で心を掴まれてしまった。顔つきは怖くとも、抜群に柔らかいその肉球に落ちた小春なのであった。
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