第十二話 ウマさんとカボチャ
とある田舎にある名のないお店。三つ編みと割烹着がトレードマークの店主、森山 小春は、今日も楽しげに台所に立っていた。
「九月といえど、まだまだ暑いなぁ。でも朝夕はちょっと涼しくなってきたから、こうほっこりしたものが食べたくなるよね」
そんなひとりごとを呟きながら、手元で撫でているのは立派なカボチャだ。見るからにずっしりと身が詰まったカボチャは、旬の野菜であることが分かる。
「シンプルに焼くだけでもいいし、煮物にするのもいいよねー。あっ、コロッケなんかもありだなぁ」
作ることと同じくらい食べることも好きな小春は、カボチャで想像を巡らせる。甘くてもしょっぱくてもおいしくなる。それがカボチャだ。
「……こ、こんにちは」
「とりあえず四等分にして、いったん残りは保存して――」
「こ、こんにちは…!」
「えっ、あ、いらっしゃいませ!」
最初の小さな声をうっかり聞き逃してしまったらしい。頑張って出したと思われる大きな声に振り返れば、臙脂色の狩衣をまとったウマが扉の向こうから覗いていた。
「ウマさんでしたか! どうぞ中へ入ってください」
「お、お邪魔します…」
今にも消え入りそうな声で、おずおずと店内に入るウマ。落ち着かない様子でカウンターの椅子に座り、そわそわと辺りを見渡した。
「今日はどんなご相談ですか?」
「ええっと、主様が、残暑で食欲がないって言ってて…」
ウマが仕えるのは学問の神様だ。元気を出してもらわねば、受験に向けて勉強している学生たちにご利益が行き届かない。
「ちょうど旬のカボチャがあるんですが、学問の神様は、カボチャはお好きですか?」
「う、うん。煮物とかよく食べていらっしゃるから好きだと思う」
「よかった。じゃあ、おやつ感覚で食べられるカボチャ料理をご用意しますね」
「ぜ、ぜひ…!」
カボチャは種とわたを取り、ほど良い大きさに切る。
「このとき皮をところどころむいておくと、火が通りやすいよ」
鍋に砂糖、醤油、水を入れて沸騰させたら、カボチャが柔らかくなるまで煮る。カボチャの甘い香りと、砂糖醤油の甘辛い香りが食欲を刺激する。
別の鍋に煮汁とゆで小豆を加え、水溶き片栗粉でとろみをつけて、とろっとつやっとさせる。
「煮たカボチャに小豆をかければ――カボチャと小豆のいとこ煮の完成です! どうぞご賞味ください」
「い、いとこ煮ですか…! なんだか甘い香りがします…!」
器に盛りつけたいとこ煮を差し出す。ウマは小さく『いただきます』と言い、カボチャに箸を入れた。
「うわあ! ホクホクです…!」
醤油に淡く染まったカボチャと、甘いあずきが口の中で転がる。ウマの耳と目尻が下がり、表情からおいしさを味わっているのが見て取れた。
「これは……身体にじんわりきます…」
「カボチャは身体を温めてくれるので、残暑に疲れた身体にもぴったりだと思います」
「こ、これなら主様も食べてくれそう…!」
おいしそうに食べるウマを横目に、小春はレシピを書き留めていく。学問の神様が元気になりますようにと、願いも込めておいた。
「……ふあぁ、おいしかったぁ。ご、ごちそうさまです、小春さん」
「お粗末様でした」
小春は綺麗に空になった器を受け取り、それを流しに置く。ピカピカの器を見て、うれしくなった。
「そ、そういえば小春さん。お月見のことは聞きましたか?」
「……へ? お月見って?」
「えっ!? 聞いてません!? お、おかしいな、たしか連絡は……」
「れ、連絡ってどこから来るんですか!?」
二人して目をぱちくりさせる。どうやら認識の違いがあるらしいと分かると、ウマが状況を説明してくれた。
「ま、毎年、何柱かの神様が集まってお月見をするのですが、そのお月見団子を小春さんにお願いしようという話が出てまして…」
「ええ!? そんな話、初めて聞きました!」
「あ、あれ? 連絡担当は誰だろう…?」
ウマが戸惑ったようにおろおろとし始める。
「こ、このお店で作ってもらうか、神界まで来てもらうかは、ま、まだ検討中って聞いてますが…」
「し、神界? 私のような一般人が、神界に行けるんですか?」
「え、ええ。久一さんもいらっしゃったことがありますし…」
「おじいちゃんも!? そういえば、そんな話をキツネさんから聞いたような…」
詳しい話はウマにもよく分からないらしい。とりあえず小春は、『神様イベントに呼ばれるかもしれない』という心づもりだけをすることにした。
「いつも丁寧なレシピを、あ、ありがとうございます」
古い銀貨一枚と交換で、レシピを渡す。
「またいつでも相談しに来てくださいね」
「う、うん。またね、小春さん」
帰っていくウマの背中を見送る小春。頭の中はすでにもう、神様の月見のことでいっぱいだ。
(お月見レシピ、今のうちに考えておいた方が良いかも…)
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