第26話 続・空飛ぶ二人
そうして鳥かごを抱えたまま王宮内の馬留めにたどり着いたところで、いきなり身体がふわりと浮き上がった。
「きゃっ⁉」
思わず声をあげてしまったものの、気付けば馬の背中に横向きに腰かけていたあたり、レシェートが魔法を使って何かしたに違いなかった。
「魔、魔法……っ」
「一瞬人を浮かせたくらいなら、問題ない。そんなこと言っていたら王宮の中で魔道具一つ使えやしない。引っかかるのは結界に攻撃しようとした時だけだ」
そんなことを言いながら、レシェート自身も同じ馬の背にまたがって、片方の手で私の腰をグッと抱き寄せている。
「すぐ着くから幼鳥とおとなしくしててくれ!」
なるほど私が鳥かごを抱えたことと関係があるのか、ないのか。
最初はカゴの中でバタバタと暴れまわっていた幼鳥は、不安げにあちらこちらに視線をさまよわせてはいるものの、今は基本的には静かにしている。
(お、驚かせちゃダメよね……)
レシェートとの距離が今まで以上に近いのが気になるものの、幼鳥をこれ以上不安にさせないことも優先しないといけない。
ここはギュッと鳥かごを抱えて、馬が正門まで走り抜けていくのを耐えることにした。
幼鳥とはいえ妖鳥という魔獣の気配に馬は怯えないのかとも思ったけれど、それは私やレシェートという圧倒的魔力保持者が側にいることで、かなり軽減されているのだとレシェートは教えてくれた。
「まあ、そもそも馬留めにいた中で一番根性ありそうなヤツを選んでる」
「わ、分かるんですか?」
「ちょっとコツはいるが、その魔力量だから、すぐに分かるようになると思うけどな」
「で、出来れば知りたいです」
「うん? 飛行魔法が使えればあまり必要ないと思うが――」
「こ、今回みたいにすぐに飛べない場合もあるかと思うので……」
慣れない横乗りで走っているので、話し方が不安定になるのは勘弁して欲しい。
レシェートは気にしていないらしく「ふーん……」と、私の言葉に反応して考えているみたいだった。
「俺が教えるのでいいのか?」
「ダメですか?」
私は単に、今、目の前にいてお願いしやすい――というと、失礼かなと思ってそこは端折った。
「ダメなんて、言うわけがないだろう! 君が願ってくれるなら、馬の見分けだろうと阿呆なクソガキを叩きのめす魔法だろうと何だって教え――」
「そんなことは言ってませんっ!」
一瞬、本気で嬉しそうな笑顔が閃いたのでちょっとドキッとしたのに、その後はやっぱりいつものレシェートだった。
「分かってる、分かってる! 後半は冗談だ!」
冗談に聞こえない、と思った私は間違ってはいないはず。
「まあとりあえず、魔法学院でブチ切れそうになってる妖鳥を落ち着けてからだな。あー……いや、隣国に返して決着させてからくらいになるか……?」
ブツブツと呟く内容が不穏なので「急がない」ことを強調しておく。
「大丈夫です。急ぎません。色々お忙しいでしょうし」
「そう言われると急ぎたくなる」
「なんでですか」
「これまで妹のため、辺境伯領のため、とか言われて君の希望が通ることなんてほとんどなかったろうと思うから、俺は優先する。何よりも、誰よりも、君を優先する。ああ、気にするな。俺が俺自身にそう課したからな」
「……っ⁉」
斜め上から思いがけないことを言われて、素で言葉に詰まってしまった。
恐る恐る見上げてみると、とてもいい笑顔のレシェートと視線が合わさった。
(大丈夫ですか、馬の手綱)
ただでさえ片方の手は私の腰にあって、実質片手での手綱さばきだ。
思わずそんなことが脳裏によぎったあたり、私もだいぶ動揺していたんだと思う。
「やりたいこと、興味のあることは何でも言ってくれ。君のことももっと知れるし、いいことづくめだ」
「やりたい……こと?」
「王都郊外魔獣狩りデートでも大歓迎だ!」
「それはレシェート様がしたいことなのでは……?」
「まあそれはそうだが、そのくらい突拍子がなくても俺は全然かまわないってことだ」
そう言って笑い声をあげたレシェートは、更に目を細めた。
「やっぱり君に名前を呼ばれるのは嬉しいな」
「そんな……っ」
「俺にとってはそんなコトじゃない――っと、そろそろ正門だな」
その声に視線を前方に向けると、確かにいつの間にか王宮の正門がすぐそこに見えていた。
「グルーシェン副隊長⁉」
「ヴロス隊長から連絡いってるな⁉ 門を開けて、馬を預かれ! 緊急案件だ‼」
この短時間でヴロス隊長もそこまで出来ているのだろうかと思ったものの、あの隊長なら事後報告になろうと押し通してしまえそうだ。
再びレシェートの魔力を使う形で馬から下り、開いた正門から王宮の外へと出る。
その間にレシェートは、馬の手綱をそのまま門番の青年に手渡していた。
やっぱり、人より扱いが丁寧だと思う。
「さて、行けるな? 幼鳥を抱えてもらってる分を加味して飛ばしすぎないようにはするが、魔法学院の状況次第では、俺だけ先行して行くことになるかも知れない」
「あっ、はい、大丈夫です!」
これから妖鳥のいるところに行くのだから、多少魔獣を退治したことがある程度の辺境伯令嬢より、それを生業にしている魔法師団先遣討伐隊の副隊長の判断の方が確実だ。ここは頷く一択だ。
「じゃあ、行くぞ!」
「はい! ――風よ」
レシェートの掛け声に頷くように、私も魔法で風を起こして空に浮かび上がった。
当然、それは門番どころか王宮のあちらこちらで目撃されて「あのレシェートに合わせて空を飛んでいるのは誰だ!」と驚愕を巻き起こすことになるのだけれど、この時は微塵もその可能性に気付いていなかった。
さも大したことではないというような、以前のレシェートの言葉に惑わされていたけれど、実際には魔法師団関係者以外、飛行魔法がそこまで当たり前のことではないと、その時は知らなかったのだ。
何とか妖鳥がこれ以上暴れないようにとの思いのまま、レシェートと共に王宮正門から魔法学院に向けて飛び立って行ったのだった。
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空へと飛び立てば、当然見える視界は広くなり、魔法学院の敷地もすぐさま目に飛び込んでくる。
「…………うわぁ」
辺境伯令嬢としてはあまり好ましくない声を出してしまっていたけれど、レシェートは気にしていないようだった。
むしろ、そう思って当然とばかりに首を縦に振っている。
「威嚇しまくり。ガチギレ寸前。結界を壊そうと思えば壊せるが、幼鳥の様子を心配してかろうじて堪えている。まあ、そんなところだろうな」
ですよね。
眠らせて魔法学院の敷地に置いてきた時点でも、それなりに敷地の地面を占領していたのだから、目を覚まして体を起こせば、いやでもその全長は人の目に触れる。
しかも、威嚇の魔力がビシバシと私の張った結界を刺激していて、腕や足がチクチクと、縫製がいい加減で繊維が毛羽立っている服を着たかのような気持ち悪さが止まらない。
「チッ……ヨメに不快な思いをさせるとは、どうしてくれよう……」
その不快さにほんの少し眉を顰めただけのはずが、レシェートにはお見通しだったらしい。
さすが先遣討伐隊副隊長と言うべきなのか、まだ嫁じゃないと真面目に訂正すべきなのか、私もちょっと反応に困ってしまった。
「ああ、やっぱりクソガキがちょっかいだしてやがったな……」
そんなレシェートが、素で口が悪くなってしまう相手は限られる。もはや私でもそれは理解している。
視線の先は、妖鳥以外はまだかろうじて人と分かる程度に点在している人影が見えている。
私ではそれ以上ここからは分からないのだけれど、レシェートは違ったようだ。
ただ、いよいよ噂の王弟殿下のご子息のご尊顔を拝めるのかと、つい前のめりになってしまったのがレシェートにも見えたらしい。
ぶわりと風の勢いが強くなったかと思ったら、あっという間に置いて行かれてしまった。
「え⁉」
「あんなクソガキのことなんか気に掛ける必要はないから! いや、先にぶちのめせばすむはなしだよな。ああ、そうだ。君はゆっくり来てくれ‼」
「ええっ⁉」
語彙力の枯渇した私をよそに、レシェートの不穏な声がこだまのように耳に残る。
「王都でもめごと起こすとは、どういう了見だ⁉ 己の力量も分からないのか!」
あっという間に私の結界を壊すのではなく「通り抜けた」レシェート。
「ええと、結界の通り抜けは……」
まだ一回しかしたことのないやり方を、そうすぐに再現できるだろうか。
私は不安に思いながら、思わず鳥かごを持つ手に力を入れていた。




