元厨二病ぼっちは主人公からヒロインと化す2
短い!
彼、黒瀬影莉先輩が聖域に立っていた。
期待していた。彼がいて運命だともう一度思わせてくれると。
それと同時に、いるはずがないとも思っていた。夜宵がこの時間に公園に現れるなど分かるはずがないと。
そして例え分かったとしても夜宵に会うメリットなどないのだから、居てくれる訳がないと。
だが彼はーー運命の相手はそこに確かに居た。
何故か滑り台の上にいた彼を見れば左腕には包帯が巻かれている。
それを見て、感情が溢れて止まらない。
失望されたわけではなかった。見捨てられたわけではなかった。
嬉しさと安心感、感動に驚愕、そんなさまざまな思いがごちゃ混ぜになって表面に現れる。
瞳が潤み、胸が痛む。
「よかったっ……!」
夜宵の言葉に彼は反応しない。反応すれば夜宵が尾を引いてしまう可能性があると彼は思っているから。
ショックのあまり言葉が聞こえていないようにも見えるが、流石は黒瀬影莉先輩と称すべきだろう。演技力すらも一流だ。
「……死んだ」
彼が呟いた。
それは独り言のように見えるが、夜宵に向かって発せられたもの。
君の親友であった僕は死んだ、だから忘れろと言っているのだろう。
だが忘れろと言われて忘れられるほど彼の存在は夜宵にとって軽くない。
確かに夜宵にとっての友達は、親友となってくれるかもしれない人物は今や陽華だ。だが、彼は夜宵にとって憧れであり、好意を抱く対象なのだ。
夜宵は長い間沈黙した。
誰よりも優しくて、不器用な彼の想いを蔑ろにせず、自分の想いを告げるにはどうすればいいのか考えだすのに時間が必要だったのだ。
夜宵が沈黙している間、彼は滑り台からゆっくりと降りていた。仕切りにビニール袋を気にしているのは、夜宵が緊張しないように気遣ってくれているのだろう。
夜宵の横を彼がゆっくりと通り過ぎる。
それはなるべく夜宵に考える時間を与えるため。優しさを隠しきれていない。
それから数秒後、夜宵は勢い良く振り返り、やっと思いついた言葉を発した。
「月がっ……! 綺麗ですねっっ……!」
夜宵は叫んだ。
月は少し大きな半月だった。普通なら決して綺麗と言えるものではない。満月のように満ち足りてもおらず、新月のように自己犠牲の精神に溢れてもいない。
ただ、夜宵にとってその月は等身大だ。
その台詞は『星降り』に出てきた昔の有名な作品を引用した台詞。
しかし、主人公の夜空が親友へと言った台詞ではない。
『星降り』のヒロインが主人公に向けて放った言葉。
「……」
彼は答えない。いや、答えないようにしてくれているのだ。応えてしまえば夜宵が未練を感じてしまうかもしれないから。
彼の背中が一瞬、大きく震えたような気がしたのは多分気のせいだろう。
返事はせず、ただ二人の共通項である夜空に浮かぶ月と星を見上げ、少し足早に去っていく。
夜宵は彼の背中がみえなくなるまで目で追い続け、ただただひたすらにその背中に感謝した。
そして星の下、静かに誓う。
「いつか必ず、先輩の隣に立てるくらい相応しくなって……それで……!」
感謝と、秘めた想いを伝えようとーー。
「月が綺麗なのはいいんだけど『死んでもいいわ』じゃなくて、俺の場合、死ぬわ、なんだよなぁ……。あといきなりなんだったの、あの娘怖い。お腹を見せてくれたサービスには感謝するけどマジで怖かった」
そんな彼の小さな呟きは誰にも届かない。
「お前はなんで謝罪用のプリンとケーキの形を崩して帰ってきとるんじゃあっ!!」
「すいませんしたぁぁぁぁ!!!」
夜遅く、そんな叫び声がある家から響いたとか響かなかったとか。
明日は倍ぐらいあるよ!




