友達
遅くなってすまねぇ……。すまねぇ……。
その日は何をするやる気も湧かなかった。それは確実に昨日の出来事が原因だろう。
運命の相手、親友となるべき人物。
――――黒瀬影莉先輩。
その人に見捨てられた。いや、正しくは違う。見捨てられたのではない。そもそも眼中になかったというべきだろう。勝手に盛り上がって、運命だ親友だ、はしゃいでいたのだ。哀れで情けないにもほどがある。
その事実が夜宵の心身に重くのしかかり、何をする気にもさせてはくれない。
普段は絶対にしないような机に寝そべるという真似をしてしまうのも仕方ないことなのかもしれない。。
ただ机に頰を当て虚空を眺めていると、夜宵の顔に影がかかり、声も掛かる。
「夜宵ちゃん……だよね?」
「ふえっ!?」
「昨日、ショッピングモールにいたの」
暗い雰囲気を醸し出していた夜宵に話しかけて来たのは、夜宵より僅かばかり身長の高い可愛らしい黒髪の女の子だった。
その女の子は夜宵のクラスメイト。
目立つタイプでは無いが誰にでも分け隔てなく接する優しい女の子でクラス、学年問わず意外と人気のある人物。夜宵は目の前に立つ女の子をそう評していた。
一瞬、誤魔化そうかと考えたが、もし騙したとしてそれがバレた時、嘘を吐く人間だと目の前にいる人気者の彼女にバレるのが怖くて正直に答える事にした。
「そ、そうだけど」
言葉の端に僅かばかりの敵意と苛立ちが混じっているのは、昨日の忘れたい嫌な出来事を思い出したのと人気者という自分の無いものを所持している敵と相対しているから。
「やっぱり……」
と、目の前の彼女はそこで声のボリュームを極端に落とし、夜宵にだけ聞こえる声で呟いた。
「裁縫、夜宵ちゃん好きなの?」
「っ!」
彼女はショッピングモールで夜宵が布を購入するのを何処からか見ていたのだろう。
でもそれは、
「何で……」
夜宵にとってバレたくないことだった。まだ彼女は中学二年生、それも孤独に生きてきたのだ。自身の趣味を大っぴらに語ることなど出来ないし、誇ることも出来ない。
誰かに趣味を知られる。それは弱みを握られた事に等しく、夜宵にとってそれ即ち円満な学園生活卒業の灯火が消えたことにも等しく思えた。
自分の様な人間が裁縫など似合うはずも無い。もっとお淑やかな、それこそ目の前の彼女の様な人物のみ行うべきなのだ。私のような人間が裁縫を趣味にしていることがしれたら、ババくさいと笑われる。
趣味に限らず、世の中の行為は全て何をしているか、何をしたかではなく、誰がやったか、その一点に集中することを夜宵は知っている。
夜宵が本を読めば根暗。でも読む人が違ければその評価は一転した。理不尽だ、けどそれは間違っていない。努力を怠ってきた己への報い。だから仕方がないことなのだと諦めてきた。
その筈だった。
「実は私も何だけど」
「えっ……?」
馬鹿にされると、虐められると予想していた夜宵にとって、その言葉は銃弾で撃ち抜かれたかの様に衝撃的なものだった。言うなれば目の前でピストルを構えていた敵が、銃を下ろし、手を差し伸べてきたのだ。驚かない訳がない。
「私は趣味兼実益って感じなんだけど、あんまり話せる人がいなくて」
一方的ではなく、こちらの反応を伺いながら彼女は話す。声量を抑え、まるで事務的な用事で話しかけていると周りには映るよう配慮してくれている。それは夜宵が目立つことを苦手としていることを知っているからだ。
「出来れば趣味の合うもの同士、仲良くしていきたい…………どうかな?」
「……うん」
はっきりとしない返事。だけど目の前の少女はそれを肯定と受け取ったのだろう。不安そうな表情を浮かべていたのが一変、柔かな笑みを浮かべた。
「改めて、私は陽華、黒瀬陽華。よろしくね、夜宵ちゃん」
その女の子----黒瀬陽華は夜宵に右手を差し伸べた。
「……よろしく」
おずおずと夜宵は差し伸べられた手を握った。
その手は温かく、温もりが夜宵の心をゆっくりと、じわじわと溶かしていく。
「早速今日、一緒に帰らない?」
「えっ」
「多分だけど電車一緒だよね……ダメかな?」
「ちがっ、大丈夫! 一緒に帰ろっ」
*
「じゃあ行こっか」
「う、うん」
放課後、何時もなら一人で速攻帰宅する夜宵だが、今日に限っては違った。
隣には同じクラスで人気者の陽華がいる。
「なんか少しだけ緊張するね」
「だ、だね」
もう少し上手く返せないのかと自分を責めたくなる。普段の自分を出せていれば、もう少し面白い返しを――なんて考えてしまう。
それからも陽華が振ってくれる話題に夜宵は上手い返しができないもどかしい時間が少しの間続いた。ただそれは一つの話題にたどり着いた途端終了する。それは彼女たち共通の趣味。
「そういえばさ、夜宵ちゃんショッピングモールで何の布買ったの?」
「そ、それはね――――」
夜宵は自身の買った布について懇切丁寧に説明する。それは後で思い返せば早口で余計なことも語っていて、聞けたものではなかったと夜宵自身でも思う。それでも陽華は興味深そうに聞いてくれていて。
「へぇ、マントかぁ。それは作ったことないなぁ」
「つ、使う機会が普通はないから……。私はその、結構使うんだけど……」
「それにその『星降り』ってアニメ、私も知ってるよ。……って言ってもチラッとしか観てないからあんまり詳しくないんだけど。私はあの包帯巻いてる人が好きだよ」
「えっ、分かるっ! 私も好きなのっ!」
性格は全くといっていい程違う二人であるが、どうにも趣味は合うらしくスイッチが入ると話題が尽きることがない。基本は陽華が話し、琴線に触れると夜宵が語り倒す。そんなおかしな形ではあるが、相性がいい。
最初のぎこちなさは話してるうちに消え失せ、二人を包むは温かな空気。それは、夜宵が焦がれたあの雰囲気に近い。
降りる駅まで一緒で、別れる際には別れを惜しみ手を振った。
それは側から見れば確実に青春途中の、友達のソレに見えただろう。
「夜宵ちゃん、また明日」
「う、うん! バイバイ、よ、陽華ちゃん!」
「うん、バイバイ」
その日――――夜宵に初めての友達が出来た。
友達同士の会話を知らないので無茶苦茶時間がかかりました。申し訳ないです。
今回はちょっと退屈になってしまいましたが、次回から多分ですが話が動きます。
今回ほど遅くならないようにしますので引き続きよろしくお願いします!




