腹減りご飯は何だって美味い
なんで、なんで、なんで、なんで!
なんで……!
「なんで……!」
ショッピングモールから走り出した足は、そこから飛び出した今尚止まることがない。
夜宵の視界が滲んで、滲んで何度拭っても、元に戻ってしまう。
運命よりも強固な出会いだと思っていた。ようやく語り合える、わかってくれる最高の仲間が、親友が出来ると思っていた。
なのに、なのに。
「必要が無くなった……!?」
我はもういらない? 私はもういらない? そういう事なの?
黒瀬影莉の放った言葉は言霊となり夜宵を深く傷つけた、それは棘というにはあまりにも深く大きすぎて言うなれば槍の如く。
強く、それこそ憧れの主人公、夜空のように強くなれていたと思っていたのに、たった一言で彼女の自負は砕かれた。勝手に瓦解したという方が正しいのかも知れない。
こんな時、あの人ならどうしていただろうか。『星降り』の主人公の夜空ならどうしていただろうか。
何度も何度もテレビに食い入るように、繰り返し見てセリフを暗記した筈なのに、今の夜宵には心が燻って思い出すことが出来なかった。
黒瀬影莉は最高にして最強、カッコいい人物だと想像して、いや実際にその通りの筈だった。
噂通りの孤高の存在。そして夜宵の運命の盟友となるべき男。
違ったのは夜宵の方だ。
主人公のように特別な力を持っているわけではなく、強い信念を持っているわけでもなく、まともな学園生活すら送れない――――落ちこぼれ。
だから彼は夜宵を捨てた。
夜宵と黒瀬影莉を繋ぐアイテムを外し、必要の無いものと切り捨てた。
私の――――我の何が悪かったのだろう。
悪いことなどいくらでも思い浮かぶ。
根暗で、友達もいなくて、可愛くなくて、決断力がなくて、身長も小さいし、人と話すことが苦手――――上げればキリがない。
でも、どれを直せば、どれを改めれば良かったのだろうか。
夜宵にはそれが分からない。
夜宵は黒瀬影莉が間違っているとは考えなかった。
いつも、小さい頃から間違え続けていたのはいつも夜宵だったから。もし、自分が幾多もの選択肢を間違えずに突き進めていたら、孤独にはならずクラスにも馴染み、友達がたくさんいただろう、と。夜宵はそう考えていた。
だから今回も誤ちを犯したのは、間違えてしまったのは己なのだと、自分の失敗を、ミスを、一人で責め続ける。
*
「美味ぇ」
俺は陽に遅すぎる昼飯を作ってもらい、それを口にズルズルと運んだ。
今日の昼飯はなんと偶然、俺が食いたいと考えていたラーメンチャーハンだ。
美味ぇ、気分とご飯の一致は最高にテンションが上がる。下手すると歓喜の舞いを披露したくなるほどだ。
「当たり前。お腹が空いてたら何でも美味しい」
そんなことを言う陽も別にそれが本音ではない。
褒められて悪い気はしていないのだろう、頬が緩んでいる。この妹は昔から照れ屋さんなのだ。俺が頭を撫でたりすると「気持ち悪い」って照れ隠ししちゃってさー。…………本音じゃないよね? 大丈夫だよね?
「そういえば陽はどこ行ってたんだ? ワシを独りにして」
まぁいつも独りだから普段通りっちゃ普段通りだったんですけど。でも俺寂しがり屋だからさ、ウサちゃんだからさ、一人にしてると死んじゃうよ?
何時もと違う環境で一人にされると、一人のも馴染めなくて心労が凄いから。
「羽独会長と会ってた」
「は?」
「ご飯を奢ってもらった」
「は?」
何それ、この温厚極まっちゃってる俺ですら流石にキレそうなんだが。
羽独会長と会ってたとか俺も混ぜろ。会話は出来ないだろうけど見てたいから。眺めてるだけで俺の心が癒されるから。美少女の食事風景とか癒しスポットにも程があるだろ。癒しを求めて山に行ったりするやつの気が知れねぇ。普通、美少女の食事風景を見に行くよ。メイドカフェもさ、オムライスにハートマーク描いてもらうんじゃなくて、お金出してメイドさんにオムライスを食べて貰おうぜ。……新たなビジネスの予感だな。
それに飯を奢って貰っただと? 通りで俺にだけ昼飯を出してコイツは食わないわけだ。まぁ、美味いからそこはいいけどよ。
それにしてもそうか、陽はなんか知らんが会長と接点があるんだよなぁ。しかも意外と親しいらしい。……の割に俺と会長は接点がほぼゼロなんですけど。俺の友達の数とほぼ一緒なんですけど。
「いい――はっ!」
いいなぁ、俺も混ぜてくれれば良かったのに。
そう言おうとして間一髪、言葉を噤んだ。
これは、この言葉は地雷である。
女の子だけで食事。これはもうあのあれだ。見る人が見れば、百合の花が咲き乱れちゃうやつだ。
そこに「俺も混ぜてよ」なんて言ったら多方面からバッシング食らって即謝罪会見だよ。もう二度と表を歩けなくなっちゃうよ。
もしかしなくても俺は陽に命を救われたのか? きっとそうだ。兄を殺したくない一心で陽は俺を誘わなかったのだ。こんな兄想いの妹を持てるなんて、俺は幸せ者だなぁ。
こんなぼっちの兄なんて兄と知られたくないなんて理由じゃないんだ。きっとそうだ。
俺はそう思うことで傷付かないように自身の心にバリアーを張った。
「いい、って何?」
「良い妹を持ったなってな」
「キモッ」
パリンッ。
やめようよ。バリアーが壊れちゃったじゃん。俺の心に張ったバリアーが欠片も残さず壊れちゃったじゃん。君対策に張ったわけじゃないんだよ?
「それより影兄は一井って人知ってる?」
「知ってるけど」
天使だぞ。俺のクラスで最も天使の称号が似合う女の子、それが莉佐エルだぞ。そして最も悪魔に近しい女が獣飼。アイツ絶対憤怒とかそういった称号を司る悪魔だと思うの。悪魔じゃなくても危険な生物には違いない。苗字にケモノとも記してあるし。
となるとウチのクラスには司るものが四人もいることになるのか。
死を司る教師に、憤怒を司る獣飼、慈愛を司る莉佐エルに、孤独を司る俺。四人の司るものが集まった時、歯車は動き出すっ! 絶対十週で打ち切りですね。
「今日はその人にも会った」
「俺――」
危ねぇ。また、俺も混ぜてよ。って言うところだった。
ダメだってダメなんだって。え、エイリッ! ってなっちゃうから。
でもずるいよ、俺なんて莉佐エルと隣の席なのに接点薄々だってのによぉ。天使はどうして俺に微笑んでくれないのだろうか。
悪魔の獣飼は無視してもいいとして俺は純真無垢な信徒だぞ。頼んますからこの従僕めに御身を拝見させてください。……影が薄すぎて気づかれないだけ? ウルセェ。
「俺?」
「……俺は幸せだなってな」
「キモッ」
酷くない? 俺の優しい眼差しの何処がキモいってんだよ。可愛らしいくりくりっとした瞳だろうよ。アザラシみたいな感じで。
「少し、いや結構変わってるね。あの人」
「何処がだよ」
絶対天使リサちゃんの何処が変わってんだよ。……あっ、なるほど。優しすぎておかしいってことか。俺にも優しいもんなぁ。確かに変わり者かもしれない。
俺は独り納得し、うんうん頷いた。そんな俺を奇妙なものでもみつけたような目で見ながら陽は手を出してくる。
「おかわりいる?」
「いやもう腹一ぱ」
「おかわりする?」
「いやだから腹が」
「おかわりいるよね?」
「……いただきます」
腹はパンパンで痛いぐらいだが飯自体は大変美味かったから良しとしよう。
遅くなりました




