そして局所的中二病の彼女は彼に問う2
少し長め。
ゲームセンター帰り、エレベーターを使って人と会うのが怖かった俺は階段で一階へと向かう。エスカレーターにしとけば良かったと後悔するも既に目の前には階段。
はぁ、と軽く溜息を吐いた。
下りだったらそこまで体力もかかるまい。仕方なく、俺はそのまま階段で向かうことにした。
陽と別れ、彼此一時間ちょっと。もうそろそろ彼女も戻ってきているだろう。
早く家に帰って飯食いたい。ラーメンチャーハン食いたい。今日の昼飯知らないけど。
「待って……!」
上層から声が聞こえる。呻くような微かな、耳の良い俺でも僅かにしか聞き取れない叫び。
その漏れ出たような声はとても可愛らしく、姿は見えない女子にこんな声を出させる奴がいることに驚愕する。
世の中残酷だよね。彼女が出来たら絶対に浮気しないし、クッソ優しくする俺という人間に彼女がいないのに半グレクソ野郎には彼女がいるんだから。神様はなんもわかってねーや。まぁでもぉ! 声が可愛い子って、こうなんていうか体型が太ましいと言いますか、健康そうな女性が多いからぁ、まぁ悔しさはないっていうか。
「待ってっ……!」
階段を勢いよく、それこそ青春映画のヒロインのように勢いよく駆け下りる音が聞こえる。それは確実に此方へと声の持ち主が近づいていることを示していた。
だがどうせ俺には関係の無い話。俺を呼び止める者など、弁当の入れ忘れを教えてくれる家族か、交通違反取締りの警察ぐらいなもんだ。
俺は優雅に、他人から見られることがあっても恥ずかしくないようにゆっくりと堂々と、最後の階段を降り終えた。
「お願いっ待って……!」
瞬間、三度目の可愛らしい声が聞こえ、思わず振り向くと其の声の持ち主の姿が目に映る。
そこにいたのは女性というにはまだ幼き少女だった。
年はまだ十を少し超えたあたりだろう。身長も顔立ちも中学生である陽と同じかそれ以上に幼い。急いで駆けたせいで乱れる髪は、乱れてもなお綺麗で、そして身体とは不相応に長い。腰のあたりまであるだろうか。
っと、ゆっくり見れたのはそこまで。
彼女は勢いを殆ど殺さず、手摺と靴を使い無理矢理に踊り場を一瞬で通過する。
俺と彼女の目が合った。
そこで漸く気づく。待ってという言葉は、俺に向かって放たれた言葉で合ったのだと。そしてもう一つ重要なことに気づく。
――――彼女、勢い緩める気ゼロじゃないですか?
「待ってっっ!」
少女はやはりというべきかスピードを抑えることなく階段を数段降り、止まることなく、空を飛ぶ。階段という小さな飛び跳ね台から飛びだし、空を翔ける。
「おっっっ!?」
俺に向かって撃ち出された彼女は放物線を描いて、重力に従い落下する。
っぶね!!
荷物を咄嗟に床に下ろし、それをなんとか受け止め、無理に体裁を整える…………グキッと鳴った首と脚首からは目を背けることにしようかな。
俺の腕の中にすっぽりと収まった小さな少女。
小柄であるのに髪は長く、その柔らかな髪が俺の腕に触れる。……いや、こんな小さな子相手じゃ何にもないけどね? ホントだよ? いやいくら女性耐性がないからってそんな。ねぇ。俺がないのは女性耐性じゃなくて対人耐性だから。
彼女を地面に下ろすが、一向に離れる気配がない。
「はぁ、はぁ……!」
少女は酷く息を荒げていて、ここまで全力で走ってきたことが直ぐに理解できた。
いつまでも女の子の身体に触れているわけにもいかず、俺は彼女を受け止めたその両の腕を離す。しかし、彼女は離れない。俺の胸に顔を埋め、身体を震わせる。それはまるで『見たくないもの』を見ないように視界を遮っているようで。
それは俺がホラー映画の途中で枕に顔を埋めるのと同じ原理だ。
「はあぁ……!」
胸に顔を埋めているせいで、呼吸の熱が俺の肌にまで伝わってきて、妙に気恥ずかしく、軽く頭を掻いた。
この子はどうしたのだろうか? 「待って」とか言ってたよな。お父さんかお兄さんなんかと勘違いしたのか。
小さくはあるが、もう十は超えているであろう年齢。迷子センターらしきものに連れて行った方がいいのか、非常に判断に困る。
こう、迷子センターに連れて行こうとしたらさ、「はぁ!? この私が迷子ですって! 貴方不敬にも程があるわ! 高貴な私の奴隷になりなさい!」ってなる可能性があると困るじゃん。……本当は別段困らないし、むしろ嬉しいんだけど。
「……だいじょ」
「……はぁ!」
俺が少女に事情を聞こうと声をかけた瞬間、少女が一際大きく胸の中で息を吐く。その呼吸の熱さがやはり妙に気恥ずかしくもこそばゆく、思わず軽く身動ぎした。
その身動ぎで、冷静さを取り戻したのだろうか。彼女は俺を突き放すように手で押し、急ぎ距離を取った。
距離が生まれた俺は彼女の瞳を覗く。黒く黒く、穢れも淀みもない綺麗な瞳。
その瞳は透明な雫に濡れていた。
しかしその目尻に雫を溜めた瞳は、俺の顔を見つめてなどおらず、たしかに俺の左腕の方を見つめていた。
「なんで!」
んぅ……この娘どうした。大丈夫か? 頭打ったか? 少し情緒不安定だな、おい。正直言って周りの目が気になるからあまり大きな声を出すのはやめてほしいんだが。まぁ、今は、ってかここは周りに特に人はいないからいいか。
「なんで……」
少女は繰り返す。何が起こっているのか理解出来ないと、大きく開かれた少女の目が物語っていた。その理由は決して俺にはわからない。
「あの!? 包帯……!」
少女は俺に問う。
包帯? …………もしかして俺が左腕に巻いてた包帯のことか。俺の心当たりはそれぐらいしか見当たらない。……包帯といえば他にもあるけどあれは中学校の頃だしほんとちょっとの時期だったから関係ないだろ。
「左腕の包帯どうしたんですか!?」
俺はその言葉を聞いて予想が正しかったことを確信し、一度目を閉じた。
なんでこの娘、俺が包帯巻いてたって知ってんだ。どっかで会ったか? 人の顔とかまともに見れないから覚えてないもんなぁ。うーん、何処かで見覚えがあるような…………いやねぇな。
それに大声出して怖いんだけど。俺、小さい子はいくらかマシだけどやっぱり年齢とか関係なく対人恐怖症だからさ。正直、大声はやめてほしいなぁ。……さっきやっぱり頭打ったか? あとで病院に行くよう言っておこう。外科よりも精神科のほうがいいかな。
ぼっちながらに慎重に当たり障りない回答を選びながら俺は返答する。
「……あ、いや、えっ? えっと……もう必要なくなったから?」
もう怪我は治ったし包帯を付ける必要もない。ファッションで包帯を付けるほど俺は前衛的な真似はしない。
最初に吃り、最後に疑問符が浮かんでしまったのは緊張のせい。そして会話に慣れていないせいだろう。俺は他者よりも圧倒的に会話の基礎スキルが足りていないから。
なんでみんなすぐ普通に返せるんだろうなぁ。そんなの常に会話のこと考えてないと無理じゃない? そんなことしてたら疲れちゃわない?
「なんで……なんで……」
小さな声で目の前の彼女は呟くが、いかんせん目の前にいるせいでさっきから声が丸聞こえなんですが。なんでってどういう事なんだ?
「……そんなの、おかしい……」
おかしいのは君だ。
「だってだって……やっぱりおかしい……」
うんうん、おかしいね、わかるよ。
「新月が……それに夜空を……」
何でいきなり月の話? それなら今だと新月じゃなくて半月だと思うよ。夜空に関してはよくわからないけど。
彼女は小さく呟き、それから数秒ほど、呆然と向かい合ったまま俺と目の前の少女は硬直していた。
「――――ッ! 失礼したっ……!」
少女は長い髪を靡かせながら足早に去っていく。別れ際の言葉にはいくつかの感情が読み取れた。それはぼっちで人の感情に機敏な俺だから気づけたこと。
憤怒、悲哀、失望、そして落胆。
少女は何に怒り、悲しみ、失望し、落胆したのか。それは俺が知る由もなく、知る必要もきっとない。
だって、うん――――絶対人違いだよ。
いやマジで誰と間違えたんだろうなぁ。包帯は偶然だろう。俺を知っている人の確率と包帯をしている人の確率だったら百パーセントの割合で包帯巻きの勝ちだから。
「……」
ブルブルとスマートフォンが震えた。震えが足に伝わって非常にむず痒い。なんだったら気持ち悪い。あとくそ痒い。
ポケットから取り出して何事か確認する。
俺の連絡先を知っているのは家族ぐらいなもん。その中で現在連絡が必要なのはたった一人。
俺を買い物に誘ったくせに勝手にどっか行きやがった張本人、陽しか有り得ない。そしてメッセージ相手を確認すれば予想は的中。陽からだ。
影兄、今何処?
散々待たせた挙句、この可愛げの欠片もないメッセージ。だけどその遠慮や思いやりを必要としないメッセージに思わず、鉄仮面の俺に似合わない笑みがこぼれた。
と、そこで初めてある可能性に気づいた。
あの身長に幼い顔立ち。そして俺の怪我を知っている。
もしもこの憶測が正しいのなら俺は彼女に悪い事をしてしまった。
「やっちまった、もしかして陽の友達だったか……?」
中途半端なところで申し訳ありませんが、今年はこれでラストで。
来年も投稿していく所存ですので、どうぞ宜しくお願い致します。
良いお年を。




