生徒会長と副会長の会合
昼休み。紫音はその日、珍しく生徒会室にいた。
ほとんど持ち帰りで仕事を行うため、紫音が生徒会室に来る頻度は他校の会長と比べるとそう多くはない。
ただ時折、こうして昼休みに資料をまとめたり、不備をチェックする。
「会長」
ただその日は珍しく、生徒会副会長、鬼野 瞳も滞在していた。
鬼野瞳は鋭い目付きに女性にしては大きな身長で、紫音と対比するとそれがより一層顕著になる。そしてもう一つ、鋭く冷たさを感じさせる瞳が特徴的な外見をしている。
「ん……? どうしたの……?」
鬼野瞳は優秀な人物だ。
生徒会長、羽独紫音を常にクールで常に優しく、一人で全てをこなす万能な天使と称すなら、鬼野瞳は、自分にも他人にも厳しい指揮の才能に溢れた鬼だと、この学園に通う者ならば称すだろう。
現にその厳しさから鬼野は『鬼の副会長』と呼ばれている。
そしてそれを彼女自身もよく知っている。
鬼、と呼ばれる要因はその性格だけに由来せず、自分の名字と瞳の鋭さが絡んでいるのも彼女自身もよく理解していた。
「二年の黒瀬影莉の事です」
「? えい……黒瀬くん……?」
鬼野瞳は黒瀬影莉を知っている。というよりは中高問わず生徒会に一昨年から所属している者が彼を知っている。
あまり表面上は目立たない生徒であるが、素行に不良はなく、成績も悪いわけではないので、生徒会メンバーからの評価も悪くない。
だから彼女から彼の名が出るのはおかしくはないのだが、珍しかったため思わず紫音は目を丸くした。
「ええ、一応報告をと思いまして」
「報告……。はっ……」
報告、その言葉を聞いた紫音の頭の中を一瞬にして嫌な予感が駆け巡る。
まさか、まさかと思うが『おつきあい報告』なのではないかという予感。
紫音から見て黒瀬影莉はもっとモテないのかが不思議なほど最高にカッコいい人物だ。
外見は普通の人物に見えるかもしれないが、その心に秘める優しさと紫音よりも先を見据える透明な瞳と智略を知ってしまえば……。
何処と無くいつも険しい鬼野の瞳がいつもよりも一段と険しく見える。それが更に紫音の焦りを駆り立てて仕方がない。
いや待って、と。紫音は冷静になる。
普段から彼を監視、ではなく、見つめている紫音が彼と鬼野の関係を知らない。それなのに付き合っているなどあるだろうか。
もちろん仕事もプライベートもあるゆえに監視は常にではないため、絶対とはいえないがそれでも紫音のストーカー……ではなく紫音の心配の視線に常に見つからないなど不可能。
紫音は内心の焦りを見せず、ただ鬼野の言葉の続きを待った。
「犯人を突き止めたやもしれません」
「犯人……」
なるほど、そういうことか、と紫音は冷静に頷いた。
彼女が何故、黒瀬影莉を知っているのか。いや中高問わず生徒会に一昨年から所属している者が何故黒瀬影莉を知っているのか。それはこの『犯人』という言葉に関係している。
それは二年ほど前に寄せられた相談によるもの。それは影春学園生徒会史上例に見ない稀な便りであった。
一人の男子生徒が、ストーカー被害に悩んでいるというのだ。 ここまでなら珍しくはあるものの生徒会史上例を見ないというほどでもない。
しかし、その相談は男子生徒本人の届け出ではなく、届け出を出したのは親族ではあるもののこの学園の生徒でなかったのだ。
故にその届け出は非常に扱いに困った。
が、しかし、そこに中等部生徒会長の羽独紫音が声を上げた。困っている男子生徒がこの学園の生徒であるのだから特殊な事例ではあるが、請け負ってもいいのではないか、と。
それでも判断に悩む、その時の高等部生徒会長に紫音は提言する。今回の件のみ、中等部生徒会のみで引き受ける、と。
影春学園の生徒会は中等部、高等部に分かれているが繋がってもいる。中高一貫校であるため、イベント行事など中高合同で行うことが多いため、親密や信頼を深めるためだ。
それ同様、生徒会に寄せられる便りも両生徒会で解を模索していく形になる。
それ故に紫音の提案もまた例にない事だった。
普通ならば問答無用で却下される案であったが、その時の生徒会長は中等部も高等部も少し変わり者であった。
ありとあらゆる面で完璧な中等部生徒会長に、他者を信頼することに長けた高等部生徒会長。
二人が生徒会の長であったため、その案は許可された。
その特異的な相談の件の男子生徒こそが黒瀬影莉。
余りにも珍しい件だったために、生徒会面々の覚えもいいのだ。
しかし未だその件は解決に至ってはいない。
不思議だ、と純粋に紫音は思う。
紫音はその届け出が出る少し前から彼を見守っているが、そんな人物は見たことがない。私が監視していることに気づいた犯人が逃げたのだろうと思っていたのだが。
まさか、また犯人が動き出すとは。影莉くんをストーカーしている犯人が一人とは限らない、私も体制を強化すべきか。
紫音は彼の安全を願い、これからも見守り続けることを誓った。
「先日、私用で休みを頂いた際、偶然彼を見つけました。そこで背後を付ける者を発見。息を荒げ、百面相しながら彼を見つめておりました。その場で話を聞くことも考えましたが、この件は会長が預かったことを思い出し、証拠を抑えるに留めました」
鬼野は猫が描かれたカバーのされたスマートフォンを取り出すとそこに映った写真を紫音へと見せた。
紫音は軽く目を細める。
「うん、了解した……。ありがとう……。後で写真を送ってくれる……?」
「もちろんです。それに、ついでですから。一年以上経ってしまいましたが、困っているのならば止めさせねば。それは生徒会として当然の責務です」
褒められた所でその瞳が緩むことはない。彼女の瞳が緩むことなどそうは無い。
「で、話は変わりますが」
しかし、紫音はその時、僅かに彼女の瞳が緩んだのを見た。
「優しいのですね、彼は」
「なっ……!」
「野良猫を撫でてたんです」
実は彼女、目つきと厳しさからは想像出来ないが大の動物好き。
中でも猫を愛する乙女である。猫好きに悪い人はいないと考えているほどの大の猫好き。そんな彼女から見れば野良猫に優しくする黒瀬影莉はとても優しい人に見えた。
しかしそれは家族以外は知らぬ真実。
紫音から見れば黒瀬影莉に好意を向けているように感じてもおかしくはない。
「ぐるるっ…………!」
優しい。その言葉にはそれ以上の感情は含まれていない。
だが、紫音はそれ以上を勘繰る。『鬼の副会長』と呼ばれる彼女の瞳が緩んだことは、深く勘繰ってしまうほど紫音にとっても稀有なことであった。
「……ふ、ふぅん……。私は……まぁ、私は、黒瀬くんと少し関係があるから……彼が優しいのは知ってた……」
必死なアピール。自分の方が彼について詳しいんだぞとマウントを取ろうとする。自分の中では冷静極まりないつもりではあるのだが。
「? そうですか。彼は猫が好きなんでしょうか?」
「くっ……!」
知らない。彼が猫好きかを紫音は知らない。新参者の影莉くんファンに古参影莉くんファンは私なんだぞ、とマウントを取ろうとしたのにまさかの知らぬ情報。
黒瀬影莉のことならば何でも知っていると自負していた紫音。昨日食べた夕飯から、歩く歩幅、最近聴いている音楽、靴のサイズ、果てには彼の小学校でのクラスまでも網羅している紫音は、彼が猫が好きかを知らない。
しかし、知らないとはいえない。それは影莉くんファン当然の責務。
「……好き……、うん、好きだと思う……」
虚言。とまではいかずとも偽り。
そして誓う。絶対、絶対に、より一層影莉くんについて知ろうと。
「猫好き……」
猫好きの彼女の小さな呟きは誓いを立てる紫音の耳には届かない。
それから少し二人で生徒会の仕事に取り組んだ。
後に鬼野より送られてきた証拠写真が、紫音の影莉くんフォルダにコレクションされたのはいうまでもない。
忘却の魔法にかかってました……。




