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孤高にして影の王  作者: mikaina
2章
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元ぼっちな忍は過去を語る3



拙者が風を放った瞬間、笑っていた彼と目が合ったんだ。


今までは僅かズレていた視線がその瞬間、磁石のように引かれて彼の黒い眼差しと拙者の鋭い眼差しがぶつかった。


次の瞬間、彼は目を逸らした。


いや、その言い方だと拙者と目が合ったのが気恥ずかしかったような言い方になってしまうな。正確には彼は拙者の生み出した風の斬撃を見切り、顔を逸らし左側を向いたんだ。


風の刃は彼の頰を傷つけることなく木へとぶつかり消失した。


言葉を失うとはああいう時に使う言葉なんだろうな。


驚きで呆然唖然として何も喉が音を通してくれなかった。


彼はもう拙者を見てはくれなかった。当然だ、いきなり斬撃を放つ女などに視線を向けるわけがない。


それからは何処か空虚でな。一流だと思っていた拙者の技が脅しの一撃とはいえ、いとも容易く一般人に避けられたのだ。一般人にだ。それは凹みもするさ。きっとそれは今の拙者でも変わらないだろうな。


その場にいる事が辛くてな。空を飛んで帰ろうと考え、実行したが風と雨が想像以上に強く、しかも精神が乱れているせいで安定しなくてな、無様に落下したよ。幾ら何でも怪我などはしなかったがな。


苛立ちに水溜りを蹴り上げて、けれど苛立ちは霧散せず、暴風雨が拙者に叩きつけられる。髪と制服が靡き、顔に張り付き視界を塞ぐ。


ムシャクシャして頭を搔きむしり、電柱に登った。


もう大人しく帰ろうとしたんだ。


しかしそう人生は上手くいかない。


数度、電柱と屋根の上を跳び渡った時、一組のカップルが同じ傘に入っているのを見た。


普段ならなんてことはない光景だろう。拙者など色恋沙汰に興味はないからな、ゴミがいる程度の認識だったろう。だけど、その時だけは違ってな。


男の横顔が一瞬見えた。


--彼だった。


あり得るはずがないのだが、その時、彼は拙者の方を見た気がしてな。拙者の全てを見透かされた気がして、その姿を捉えた瞬間、苛立ちと羞恥が限界を超えるほど強くなって忍術が暴走した。


情けない事にその程度だったというわけだ。拙者の実力は。驕っていたくせに自身の心を制御することも出来ずに、力に振り回される。今だからわかるよ。力とは曝け出し驕るものではなく、隠すものだと。それこそ、彼のようにな。


そこが電柱で助かったよ。


もしも電柱でなかったら今度こそ怪我人が出ていたやもしれんからな。


「はぁはぁっ……」


暴走する心と忍術を必死に抑えようとも、そこは電柱の上。風が強く、雨も荒れている。精神の妨害で簡単に統一など出来るわけもなく、ただ痛みと疲労と苛立ちだけが増えていく。


「あああああっぁぁあああああっ……!」


押し殺せない声が漏れてな。


久しく感じていなかった痛みと、辛さを思い出した。


不思議なものだ。


痛みなど普段であるならば負の感情にしかなり得ないというのに、心を落ち着ける鎮静剤にもなり得るのだから。


「……ふぅーふぅー」


心を必死に落ち着けて、電柱を降りて地を駆けようとした。


だけど、限界でな。


身体も、精神も、忍術の暴走と感情の激流で疲れ果てていた。


その程度で根をあげる拙者ではないのだがなぁ。家畜と同等と侮っていた一般人に術を見破られ、自然の所為で術を行使する事を失敗し、挙げ句の果てに術の暴走。


思い上がっていた拙者の鼻をへし折るのには十分だった。


拙者は汚れるのも気にせず、地面に膝をついた。……いや格好付けるのはやめようか。膝が折れた、歩む事を拒んだんだ。


もう何も考えられなくて、制服も髪も、びしょ濡れで、それすらどうでもよくなって、ただアスファルトを見つめて夢想していた。


忍術や体術は一流でも心はそれに追いついていなかったんだ。


その時の拙者でも流石に気付いたよ。


ああ、未熟だなぁ。よくこれで……このザマで……頂などとほざけたものだなぁ。


一人、灰色の地を見つめ自嘲した。


でも渇いた笑いすらその時の拙者は出す事ができなかった。


ただ雨と風だけが拙者を嘲笑うように身体に打ち付けられる。自然は強く、家畜と嗤った外の者も強かった。弱いのは拙者だったんだ。


雨が止むまで、ずっとこのままでいるつもりだった。身体を濡らし、髪を濡らし、心を冷やす。現実逃避するにはちょうどいい、その筈だったのだがな。



ふと気づけば、身体を濡らし冷やしていた雨が当たらなくなってな。


ふと上を見上げたんだ、無い力を振り絞って。少し動かすのも億劫だったというのにその時の拙者にはやらねばならないという使命感と言うべきか、そんなものがあってな。


空は直接見えなくて薄い透明な膜を一枚隔てた状態、ぼやけたような状態だった。それがどこか綺麗でな。

ビニール傘が上にはあったんだ。


「…………か、さ?」


でもそれはそこまでには無かったもの。


即ち、誰かが拙者に雨が当たらぬようにしてくれたもの。


「っ!」


疲れも痛みも忘れて、急いで辺りを見渡すと、映ったのは雨に濡れながら傘を持つ女子の元へ向かっていく彼の……拙者の術を見切った彼の背中。



いつ振りだったか。人の優しさに触れたのは。


性格のせいなのだろうが、拙者は里でも、外でも温かな感情に触れてこなかった。常に抱かれるのは冷たい感情。それは嫌悪、嫉妬、憤怒、恐怖、憎悪。拙者が蔑めば相手も良い感情など持つわけ無かろうに。


それすらも分かっていなかった拙者は拗ねた子供のようなもの。


しかも相手は術を見切った、つまりは何もしていないのに術を放たれた彼。拙者に良い感情など抱いてるわけは無い。


――なのに。


御礼を求めるでもなく、対価を求めるでもなく。


きっと自分用に買ったであろう先は所持していなかった傘を、拙者の身体を心配してさしてくれた。


嬉しかった……醜いと、厚かましいと、傲慢だと、思いながらも嬉しくて仕方がなかったんだ。


遠い背中を必死で追った。


色褪せないように、焼き付けるように。


雨で濡れ、風に吹かれて、身体は凍えるように寒いはずなのに、ポカポカと心地良い温かさで包まれる。


温かさの根源たる胸に手を当てると、ただひたすらにあったかくて、冷たく尖っていた氷柱のような拙者の心が溶けていく。


実感したよ。


本当の強さってやつをな。



それから幾度か、彼の強さを知る機会がありはしたが、拙者の転換点はどこかと問われれば、その日だと拙者は一瞬の間を置くことなく答えるだろうな。



その日から、過去の拙者は死んだ。


真の強さを知ったんだ。



強さとは、力とそれを扱う心であるとな。




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