(局所的)中二病ぼっちは尾行する2
ここで――ここで、夜宵が声をかけたのなら距離はぐっと近づく。そして二人で夜、あの聖域へと赴き、星を見るのだ。
夜宵は静かに拳を握り、深く息を吸った。乱れ熱かった呼吸も落ち着いていく。
ただ心臓だけは変わらず鳴り止まない。
踏み込まなければならないのに、足が動かない。
動かないのは、自信がないからだ。
話しかけて嫌われないだろうか、という当然の恐怖が張り付いて離れない。友達のいた経験のない夜宵はどう話しかけていいかも分からない。
一人葛藤する夜宵。
何故か、黒瀬先輩も顎に手をやり悩ましげな表情をしていた。
「みゃぁ」
黒瀬先輩が猫に手を伸ばす。包帯を巻いていない右手で。
「ふしゃっ!」
しかしその手は猫に触れることなく、空を切る。
猫は黒瀬先輩の手を華麗に躱し、距離を取ると威嚇した。それから足早にその場を去っていく。
「……」
気の所為か、黒瀬先輩が少し落ち込んで見える。猫に触れなかったのが、そんなに悲しかったのだろうか?
不思議と心臓のバクバクが消失した。
正直、黒瀬先輩は欠点のない人だと夜宵は思っていた。噂もそうだが、実際に目にした時の堂々とした立ち振る舞い。そして図書館での周囲から受ける敬意。
夜宵が一つも保持していないものをいくつも持っているから、黒瀬先輩は会長と同じ類いの人間だと。いや、噂によれば会長以上に傑物な人物であると。
けれどそんな噂になるような凄い人でもちょっとした欠点があるんだと、それを知って僅かではあるが緊張が緩和したのだ。
夜宵は一歩踏み出す決心をした。
それは彼に声をかける勇気。
「でさー、その時先公がさー」
「ひゃうっ……!」
遠くから聞こえる声に驚き声が口の中で漏れた。
咄嗟に手で押さえて、背後を確認した。しかしまだそこには誰もおらず、まだ曲がり角の先だということがわかる。が、先ほどまでいたはずの黒瀬先輩はそこにはいない。
遠くに視線をやれば、既に歩き始めていた黒瀬先輩の背中。
「はやっ」
夜宵は呟き、彼の後を追った。
「……決定的だな」
自分を見ていた人物には最後まで気付かずに。
「運命……」
夜宵は瞬く星々の蔓延る夜空を見つめていた。
「我とディスティニーを共にする者……」
呟き、手を伸ばす。もう月は星よりも主張激しく、自己を顕示している。
誰だって抱く自己顕示欲。それは月すらも抱いている。
抱かないのは、新月だけだ。
「良い宵ではないか……、聖域に訪問者は来ないがな……」
誰もいない公園の入り口を見つめて夜宵は滑り台を滑り降り、着地の瞬間ポーズを取った。
今日は結局、良いところで決心を鈍らされ、話しかけることが出来なかったが、彼の家がこの聖域からも夜宵の住処からも、そう離れた地にないことは今日把握した。
だから一筋の可能性にかけ、待機していたのだが……。
「ふっ、まだ時期ではないということか……!」
一人で過ごす者は大体が自主性に欠けている。
誰かがやってくれる、何もしなくてもあっちの方から来てくれる。そんな考えを抱いて生きているのだ。
それは勿論、夜宵も例外ではない。
「くしゅん!」
風が一陣舞い、可愛らしいクシャミが響いた。
初夏、されど夜はまだ僅か冷たく、身体を冷やす。
「今日は来なそうだし、帰ろっかな」
夜宵はマントを翻し、帰路に着いた。




