(局所的)中二病ぼっちは尾行する
「あっ……」
帰り道。
『星降りセレーネルーナ・ノベライズ版』を早く読むために、早足で中等部の玄関を抜けた夜宵は声を上げた。
それは視界にあの人の背が映ったから。
あの人とはつまり、夜宵の運命の相手。
名を黒瀬影莉。
影春学園のある特定の生徒に噂聞こえる有名な人物である。
噂の内容の真偽は夜宵には分からない。それでも彼が夜宵にとって特別な人物であることは変わらない。
第一、普通の人物であれば噂など流れる訳がない。彼には何かがあるのだ。
夜宵は彼を隠れてつけながら考える。
そして自己弁護する。
これは道が一緒なだけだと。
あの公園であったということは、降りる駅も一緒だろう。だから別に悪いことはしていない。ただ帰り道が同じで、偶然、時間も被ったために背を追っている様に見えるだけ。黒瀬先輩を観察しているなどということは決してない。
あっ、花を見てる……。花好きなのかなぁ……。
決してないのだ。
少し早い彼の歩行スピード。それに夜宵は喰らい付く。
夜宵は元来、運動を苦手としている。そしてそれ相応に体力もない。
体育で行われる千メートル走では中学二年女子の平均記録を下回り、クラスでもしたから数えた方が早かった。
だからだろうか。はぁはぁ、と呼吸が乱れるのは。
早足というのは意外と体力を使う。そんなことを知ったのは彼の後を追ってから僅か五分後のこと。駅までは半分以上残っている。
くくっ、恐ろしい……体力差よ。夜宵は額の汗を拭った。
少し歩き、曲がり角を曲がると彼が立ち止まった。
「っ!」
思わず口を押さえ物陰に身を隠した。
バレた? 後をつけてたのバレた? 後はつけてないし観察もしてないけどバレた? 偶然帰り道が一緒だっただけだけどバレちゃった?
あのあれ、イジメはイジメられた方がイジメだと思ったらイジメだって言うから、尾行も尾行された方がされたと思ったら尾行なのかも……。いや決して尾行はしてないんだけどねっ。
必死に取り繕ってみるがダラダラと全身から汗が止まらない。
冷や汗をかいた夜宵は思う。
夏だなぁ……。
「みゃぁ」
小さく鳴き声が響く。
その鳴き声は当然が如く、夜宵の発したものではない。増して黒瀬先輩の発したものでもない。
黒瀬先輩の隣に小さな黒い猫がいた。
「みゃぁ」
足を止めて塀の上の猫を見つめる黒瀬先輩。夜宵から見えるのは彼の横顔だが、その顔は夜宵が見たどんな時よりも優しい顔をしている気がした。
どうやら尾行がバレたわけではなく、猫と戯れるために歩くのを辞めただけだったらしい。
黒瀬先輩の髪と猫の毛並みは等しく同じ色をしていて、不思議と彼と猫が写る一枚の写真は絵になって夜宵は美しく感じた。
「……?」
夜宵はそこで首を捻る。
この光景を初めて見た気がしないのだ。
それどころか、確信めいたものがあった。この光景を私は一度――いやそれ以上目にしたことがあると。
自分自身に問いかける。
そうして記憶を探るとそれは忘れていたのが不思議なほど近い場所にあった。
それは夜宵の鞄の中。静かに眠るそれは『星降りてセレーネルーナ』。
「はっ……!」
目を見開き何かに気づく夜宵。
もしも側から、夜宵を見るものがいれば一人百面相する夜宵は不審者以外の何者にも見えなかっただろう。
だが感情の変化が表に現れるのを止められないほどに、驚愕だったのだ。
主人公、夜空とその親友、新月が仲良くなったきっかけ。
――それは野良猫であった。
まさに今のような光景。
野良猫を撫でる『星降り』の主人公、夜空に、後の親友たる新月が話しかけた。しかし今の状況とは、夜宵と黒瀬先輩の立ち位置が違う。
本来なら夜宵が野良猫と戯れ、そこに黒瀬先輩が声をかけるはずなのだ。
だが、だからこそ夜宵は考えるのだ。
これは――――絶好のチャンスである、と。




