熟練ぼっちは憧憬なり2
彼は皆の視線を偏に集めているというのに自身のペースを乱す事なく歩みを進めた。しかしある程度の場所まで来ると少し不思議そうに首を傾げた。
嫌な予感がした。
どうしてここは空席だったのだろうと、不自然に空くこの席周辺を見て疑問を抱いていた。もしかしたらそれが偶然なんかではなく、意図的に空けられていたのかもしれない。
この席は誰かの専用で、誰かが使う為に空いていて、他の人が侵すべき場所ではなくて。
であるならば、その誰かとは誰か。
それは夜宵の三つ隣に腰掛けた黒瀬影莉先輩の席だろう。
やってしまったァァァ!!
夜宵は本を読んでいく事を決めた数分前の自分と、外界から離れているとか考えてこの席を選んだ自分を責める。
責めるような厳しい視線が夜宵に幾多も飛ぶ。いや、飛んでいる気がするが正しいだろう。皆、夜宵に視線を向けているそぶりを見せてはいないのだから。
ただそれは自意識過剰などではなく、確実に棘となり刺さっている。
痛っ、視線が痛い……!
そんな夜宵の気持ちなど露知らず、黒瀬先輩は本を読みふける。
夜宵が入学当初、噂に聞いた黒瀬先輩は何というか凄い人物だった。
もしもその噂が全て真実ならば、夜宵の知っている物語の登場人物と同等、いやそれ以上の人物。
だが夜宵は黒瀬影莉を目の前にしても何も感じなかった。夜宵から見て少し大人な自分と似た雰囲気を放つ先輩。
それ以上でも以下でもない。
噂ほど凄い人物だとは到底思えなかった。
けど、黒瀬先輩は気付いていないかも知れないが、図書館にいる皆が黒瀬先輩に尊敬を超えた敬愛のような感情を向けている。
だから、何処かで噂通りの人物なのかも知れないと先入観を持っていた。
黒瀬先輩を横目でチラチラと見ながら本の続きを読む。
丁度、『星降りてセレーネルーナ・ノベライズ版』ではまるで差し合わせたかのように、主人公である夜空と親友である新月にスポットライトが当てられていた。
夜空と新月が仲良くなった理由が、野良猫によるものだということは『星降り』ファンには周知の事実であるが、ノベライズ版では漫画では詳しく描かれていない場所まで掘り下げられていた。
実に面白い。
面白いのだが、いまいち集中しきれない。それは好きなドラマが放送している中、勉学に取り組むような感覚。
少し離れた場所で本を読む、夜宵の親友となるべき人物が気になって仕方がない。
夜宵には友達がいた経験がない。
本やアニメ、ドラマなどで得た知識でしか友達を知らないのだ。
もしかしたら今世初めて出来る友達。その動向が気になって仕方ないのは当然。
どんな性格をしているのか、どんなものが好きなのか。
読んでいる本、噂になるほどの彼、盟友になるべき人物の読んでいる本が気になって仕方がない。
少し前傾になり、横目で彼が読んでいる本を盗み見ようとする。
「ちっ……!」
「ひっ……」
何処かから鮮やかな舌打ちが飛んだ。内容としては彼の邪魔してんじゃねーよと言ったところ。けれどこちらを見ている者は誰一人としていない。
怖い、怖いよ……お母さん……。助けて、聖域にいる時の私……。
ビクビクと恐怖で体を震わせていると視線を感じた。
横を向くと、黒瀬先輩と目があった。
「あっ……」
声が漏れた。それはどちらの声だったか。
いや、私に決まってるでしょ。この図書館にいるみんなから敬意を向けられている黒瀬先輩がそんな情け無い声出すわけないんだから。
思わず自分自身でツッコミを入れてしまう。
なるほど、声を出してしまったため、黒瀬先輩に見られていたらしい。
「ちっ……!!」
するとまた舌打ちが飛んだ。今度の内容は彼と目を合わせるとか何様のつもりだ、だろう。
黒瀬先輩にペコリと一礼し、夜宵は本へと視線を戻した。ビクビクと肩を震わせ涙目になりながら。
もう視線を感じることはなかった。
時計を見た。
もうすぐチャイムがなる。昼休みの終わりを告げる鐘だ。
あれから必死に集中して本を読もうとしたが、集中することは出来なかった。
残ったのは少し読み進めることのできた『星降りセレーネルーナ』のノベライズ版と、恐怖と倦怠感。
正直言って図書館で本を読むことを決意した過去の自分を助走をつけてぶん殴りたいほどに後悔していた。
収穫があるとすればやはりあの人であろうか。
黒瀬先輩。
彼について少し知ることができた。
噂どおりに寡黙な人で、図書館の人からは敬意を払われている。
「ぶるぶる」
そこで夜宵は舌打ちされた事を思い出し肩を震わせた。
キンコンカン☆コーンッ! キラッ☆
チャイムが鳴った。
夜宵が本をしまいゆっくりと立ち上がろうとすると、夜宵と黒瀬先輩を除く本を読んでいた全ての人がほぼ同時に立ち上がり一斉に片付けを始めた。
その動きは卓越されていて美すらも感じるほどのものだった。
隣にいた黒瀬先輩も立ち上がり本を戻し、出口へと向かっていく。
夜宵も急ぎ立ち上がりその後を追った。
一直線のまま扉を潜り、階段を上っていく。
皆がそれぞれの場所へと戻っていく。当然、夜宵も、黒瀬先輩も。
夜宵は道が分かれるまで、目の前の背中を見つめ続けた。




