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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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無一文死すべし

あのあと、挨拶を終えた俺は、望さんと獣之助君の案内を受け、地下の散策に乗り出していた。


道は明るく照らされ、俺のとなりを歩くふたりと似たような外見の、はたまた大きく異なるが、広義的には同じ人種っぽい人々が行き交っていた。


歩く道なりは一部が軽く崩落していたり、長い月日を経たことで新しく施工されたのか、知らない道が幾つか出来ていたりしているが、概ね俺が通学の折通う、勝手知ったる地下鉄とそこを中心に広がる地下街が、ほぼほぼ原型を留めて残っていた。


ただ、明かりに照らされた地下道の町町に、少しだけいそいそとした空気が満ちていたのが気になった。


何かの仕事に忙殺されている、という訳ではない。この雰囲気はどこかで見たような気がする。記憶の糸を手繰ってみると、それらしき光景が思い起こされる。


そうだ。現代から換算して一年前か。文化祭の準備中の事。忙しいけど、妙な一体感でそれが充足感を覚えるような。それに類似した感覚だ。慌ただしさの中に客気が満ちた、存外悪くない気分のそれだ。


そんなことを思いながら、コンクリの鋪装された町並を流し見していると、その壁には補強の後は見られず、あたかも新品のようにも見えた。正直、何世紀も後の世界という事を忘れそうでもある。


「日本の耐震工事は優秀だな」


そんなことを漏らす。何せここは俺が知るよりもずいぶん未来なのだ。その間、でかい地震のひとつやふたつ起きていても、なんら不思議じゃないと思うが。


「ああ。確かにボクらが生まれるよりずっと前、地を大きく割るほどの災害があったらしいよ。ボクの婆ちゃんから聞いた。本気で死ぬかと思った、ってさ」

「せやけど、その時は皆必死でな。当時の獅子王ん所の当主も、当代のファミリアが遺された技術をフルに使うて、ものの数年ですぐに復興したさかい」


なるほど。為政者としての仕事は全うしている、ということらしい。実際、あの獅子王さんの母君は、いたく貫禄のある佇まいだったのが強く残っている。


それだけに、娘の獅子王文殊がアレに理想像を抱き近づこうとする、という考えは理解できる。が、いかんせん努力の方向を間違って、気合いが空回り過ぎている気もする。


「当代の、というワードが気になったんだけど、あの俺が会ったあのファミリアは代替りしているのか?」

「ん、そうだね。というか、彼は『まだ』ファミリアじゃないんだけどね」


……? どういうことだ。首を傾げて、よほど不思議がる様子がわかる素振りを見せていたのか、付け加えるように望さんが続ける。


「初めてボクらと会ったとき、みんな用事があって出払ってる、って言ったでしょ? 覚えてるかな?」

「そういえば、そうだったかな。アレが何か?」

「ん。ファミリアは何十年かに一度、ちゃんとした場を設けて、次代へ継承の儀を行うんだ。その祝儀の準備が大体一週間後に控えててね」

「はあ。それで」


辺りを見回し、この奇妙な活気に対して、腑に落ちるものを覚える。この雰囲気は祭の活気、ということか。


───ぐうっっ、と虫の音が響く。偉い人への挨拶という緊張から解放されたせいか、先刻まで露程も思わなかったソレが沸き上がってくる。


「………すまない。ふてぶてしいと思うが、そろそろ食事を……」


おもむろに顔を伏せて、頼み込むように言う。顔に当てた手から、みるみる内に頬が紅潮していく様を感じる。はしたないというか、なんというか。


そんな恥ずかしい自分にフフッ、と微笑みかけてから望さんが髪の翼を指のように方角を指し、俺の手を引く。


「ちょうどいいや。大分散策して疲れたし、ボクらもご飯頂きたかったところだよ。ジュウくんも、いつものトコロでいいよね?」

「かまへんかまへん。お偉方に挨拶とか、肩凝って疲れるわ。ここらで腹拵えせなあな」


というわけで、力強く引っ張られるまま地下街道を悠然と往けば、十分ほどの時間も歩き、やがて一軒のお店に辿り着く。


「ここ、か?」


思わずひと言訊いてしまう。再三述べているが、ここは数世紀後の世界という。にも関わらず、ここは何だか古めかしい。ともすれば昭和の残り香すら漂う店先に連れられる。


「はいはーい。お邪魔しまーす!」


そんなふうに俺が訝しむ様子など露知らず、望さんは傍らにいる自分の手をぐいぐい引っ張り、慣れた足取りで暖簾をくぐって店に入る。


最初に飛び込んできたモノは香りだった。鼻を擽るのは油、揚げ物のそれだ。うっすらと海の幸が香るあたり、エビフライによく似た香りのようだ。


「はい、いらっしゃい」


奥で流麗な包丁さばきを披露する、店主とおぼしき四十代程の女性が声を掛けてきた。一瞥すると、その姿は蛸だった。いや、訂正しよう。本当に蛸ではない。頭は気球のように膨らんではいない、人間に寄ったものだ。


ただ、プルシアンブルーの長い髪が軟体動物の足そのものであり、吸盤に覆われたそれを器用に動かし、一人で何人分もの作業をこなし、調理場を切り盛りしているのだ。


「おや、ソッチは見ない顔だね。オトモダチかい?」


目線だけこちらを向け、手と蛸足は忙しく働かせながら訊いてくる。器用というレベルで括れない、俺の知る人間とは脳の使い方が根本的に違うのだとよくわかる。


「うん。彼はイロハくんっていうんだ。姐さん、よろしくね」

「……どうも、以後お見知り置きを」


フランクな望さんとは対照的に、ものすごく姿勢よく挨拶をする。獣之助君の言う通り、客観的に見れば確かに堅苦しい態度かもしれない。それを感じ取ってか、あちらは少し砕けた態度で返事する。


「んな畏まらなくてもいいよ。さっさと座んな。お疲れみたいだしね」


そう言って料理の仕込みらしき動作をしつつ俺たち三人を席へ案内する。席を着こうとすると、思い出したかのように一つの作業を終えて空いた蛸足で此方を指される。その先は望さんと獣之助君の懐を指し示していた。


「そういえばお宅ら、カネはちゃんとあんだろうね? 特に獣之助、前みたいにツケはナシにしておくれよ?」

「信用あらへんな。ちゃんとここにあるっつーの。ホレ!」


そう言いながら、腰に下げていたポーチから握り拳ほどの大きさの蝦蟇口財布を取り出し、中をひっくり返す。しかし転がり出たのは、ゴミと何か小銭らしき丸いものが幾つかで、後者に至っては片手で数えられる程度だった。


「ひい、ふう、みい……。ざっけんな! んなはした金じゃ素パスタ一皿も食えんわ!」

「なんやて!? おかしいわ、一週間前までこの十倍はおった筈や! インボーやインボー!」

「……ジュウくん。そういえばこの間、新しい発明に使うとかで散財してなかった?」

「………………あ、忘れとった」

「たわけ」


惚けた獣之助君に対し、びっくりする程冷たいトーンでひと言放つと、店主さんの蛸足の一本が彼の角を掴み、身体をドッジボール感覚でバウンドさせながら、暖簾の外に放り投げてしまう。


「ああ、自己紹介が遅れたねぇ。あたしは奥村送子(オクムラソウコ)。よろしく、イロハ坊」

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