ひとつ目の清算、ズレた自分
「すまない、ふたりとも。彼女のお母さんはいつもこんな感じなのか?」
すっかり脱力しきった獅子王さんの姿を見て、普段からこうなのかを気になり、人となりを知っているであろうふたりに訊く。
「あー、せやな。モンジュのカーちゃん、普段はすんごいええ人なんやけど、反面キレるとメッチャ怖いねん」
「……うん。あれくらいの怒りレベル、まだマックスじゃないんだよね……」
何てこった、まだ進化を残しているというのか。その事実に戦いていると、やれやれと言いたげに、ふたりは叱られている獅子王さんを指す。
「ま、ありゃモンジュが悪いわな。控え目に言って超級の問題児や。熱しやすく、思慮に欠ける。一ヶ月に一回はなんか燃やして怒られる、ゆーんがテンプレ。んで、今回の不幸なターゲットは自分、っつーわけ」
俺を指差しながら、獣之助君は苦笑混じりにそう言う。一応のフォローのつもりなのか、望さんが耳打ちする。
「彼女、モンジュは天才なんだよ? 文明に火は欠かせない。獅子王の一族は代々その火を伝え、護っていくのがお仕事なの。その事に関してはとても熱心で、悪気はないんだけどね。やり過ぎちゃうだけだから」
成程。間違いなく善人ではあるけど、自重しない。ブレーキがぶっ壊れてるせいで、色々面倒をかける、と見ていいらしい。
そこへ、一通りのヘイトを吐き終え、いくらかスッキリした様子の獅子王蓮華さんは、平伏する愛娘に告げる。
「反省、しましたか? お返事は?」
「…………」
「──返事は?」
声のトーンを一気に落として復唱する。発言者以外の、この場にいる者全ての肩がビクッと跳ね上がる。
「は、はい! 母上!」
「よろしい。では、貴女がしっかりした後継者足り得るには何をすれば良いか、言ってみなさい?」
「え……、あー、はい。今まで以上にこの炎で色々燃やします!」
「愚か者!」
うひぃ、と一喝に腰を抜かす獅子王さん。そりゃそうだ。さっきまでしていた説教、彼女には効果が今一つだった様子。小さい声で獣之助君が「ホンマ、アホやな~」と漏らす。
「何故です⁉ 私、反省しましたわ! 頑張りますわよ⁉」
「そこです。貴女には責任感が足りません。力には責任が必要なのです。それが自覚できぬのであれば、貴女に家を継ぐ資格はありません」
確固たる言い分の前にばっさりと両断され、思いきり肩を落とす獅子王さん。
「ですが、私も鬼ではありません。その溜まりに溜まった汚泥の如き罪、雪ぐ機会を与えましょう」
それを聞いて、獅子王さんは項垂れていた頭をすぐに上げる。ここまで見ていて思ったのだが、どうも彼女は感情の上げ下がりが非常に激しいみたいだ。
「い、一体何をすれば⁉」
「まず、初歩的なことからです。そこの貴方、ええと…亀鳴さん」
「……え、俺ですか?」
ふいに指されたものだから、素頓狂な声を上げてしまい、ちょっとだけ恥ずかしい。そんな返しを軽く流して、蓮華さんは首を獅子王さんの方へ向け言う。
「はい。文殊、彼に言うことがあるのではなくて?」
と、蓮華さんは促す。獅子王さんは………沈黙。そういえば、彼女の口からは謝罪を聞いていなかったな。自分が勝手に水に流していたから、忘れていた。
そこへ、望さんが獅子王さんに向けて意見を言う。どこか、年下の子をあやすような、そんな口調で。
「モンジュ、モンジュん家のお母さんの言う通りだよ。イロハくんは気にしていないみたいだけど、こういうのは一応口にしたほうが良いと思うよ?」
死ぬほど言いたくない、という顔を浮かべる獅子王さん。プライドか、はたまた別のものか。なんにせよ、色々なモノが鬩ぎ合い、やがてゆっくりと口を開く。
「申し訳……、申し訳ありません、でした!」
「うん、許します。これからはよろしく頼みます」
とまあ、形式的にだが一応の和解を完了する。なかなか認めがたいと言いたげな拗ねた表情、かつ嫌々言わされたという雰囲気の組み合わせ。子供みたいな謝り方だが、俺自身は気にしていないから良しとする。
「はい。よくできました。次の禊は……」
「え、まだあるんですの⁉」
「当たり前です。上半期全ての汚名を雪がなくてなんとします?」
ひえー、という分かりやすい悲鳴を上げながらがっくしと項垂れる獅子王さん。そんな一部始終を見守っていたら、僅かに怪訝な面持ちで獣之助君が訊く。
「つーか、さっきもゆーとったけど、ホンマ恨んどらんの? 一回間違えて殺されかけとんねんで?」
「いや、言った通りだよ。あれはただ、価値観が違っただけだった。どっち道、ここ一週間はこの世界に仮住まいにするんだ。こんなことでいちいち恨んだり気を遣われたら、正直面倒だ」
全く憎たらしくない、という訳でもないが、反省の様子があるので情状酌量の余地はある。やっちまったことは悔いる気持ちがあれば、次はある。
「……ホントに?」
首を傾げて、望さんが問う。まだいまいち納得がいっていない、と言いたげだ。眼鏡越しの瞳から、どことなく心配を伺える。
「そりゃ、襲われたときは怖かったさ。でも必死だったし、何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ、とか考える余裕もなかったから」
「うーん。キミがそう言うなら、ボクがとやかく言うべきじゃないなぁ。そういうことにしておくよ」
「ああ。ありがと」
なんでお礼? と首を捻る望さん。髪の翼をパタパタとはためかせ、軽く伸びながら椅子に座り直す。
どうやったって俺はここじゃ異邦人だ。考え方、捉え方の違い、どうやっても生じるズレだ。ただ間が悪かった、それでいい。




