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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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意外な再会?

「すまない。俺も無一文なんだ。これでは出ていく他ない」


無惨に捨てられた獣之助君を見て、思わず白状してしまう。さっき見た感じ、俺の知る日本円とはいささか異なる様子だった。つまるところ、今し方つまみ出された彼よりヒドイ。しかし、望さんは手を振りながらニッコリとした表情で言う。


「あー、大丈夫だよ。ボクが奢るから」

「え、いい……のか?」

「ボクが案内したからね。それくらいしておかないと」


ふっふー、と少し膨らみのある胸を張り、妙に誇らしげな様子で言う望さん。どうやら、いくら遠慮しても押し通りそうだ。ここは好意に甘える他ない。


「……わかった。じゃあ、ご馳走になります」

「あ、ワシもよろしく」


暖簾の外からそんなことを宣う獣之助君。俺が言えた義理ではないが、彼はなかなかに面の皮が厚い男である。望さんは肩をすくめつつも承諾し、それを聞いて意気揚々と店内に戻ってくる。


「あんがとー! 流石幼なじみや!」

「コレ、ちゃんと返してね? ボク、恩と金と恨みは必ず返すようにしてるから、ね?」


先程同様ニッコリとした表情を浮かべる望さん。いや、微妙に異なる。血の温度が1℃か2℃下がったような、微かに恐怖を覚える笑顔だ。


「決まったかい。ほれ、メニューだ」


そう言い一人で黙々と下ごしらえをしながら、奥村さんは蛸足を一本こちらに回しお品書きを手渡してくれる。ざっくり流し読みしてみたが、ちゃんと日本語だ。外国語でなければ、何が書いてあるかはしっかりと理解できる。


「女の子にタカるとか恥ずかしくないんですか」という気持ちが隅で燻っているが、残念ながらそんなことを考えてられる程、今の腹は余裕を安売りしていない。


お品書きをあらかた見たところ、どうもここは定食屋らしい。店主さんの意向なのか不明だが、やたら烏賊の料理が多いのに対して、蛸に関してはひとつもない。──やぶ蛇っぽいので、突っ込むのは避けた方が賢明か。


他にも定食以外いろいろ取り揃えてあるが、一部よくわからないものもちらほら。なんだコレ、『ぜいたく色々眼球煮込み定食』とか。以前、化学の授業でブタの眼解剖したことはあるが、色々って何よ。ヒトが食っていいものなの?


値段は円なのかは分からないが、とりあえずそれを基準に、程々に安そうな、しかし明らかにゲテモノらしいものを避けて、ちゃんと腹は満たせるようなのを頼もう。


「決まった?」

「あ、うん。店長さん、この『烏賊の大雪山おろし定食』をお願いします」


手を上げて、注文を述べる。すると、今まで耳だけしか傾けていなかった奥村店主が、うって変わってしたり顔を浮かべ、自分を値踏みするように見回してくる。


「ほほう。お宅、見る目あるね?」

「そ、そうですか……?」


舐め回すように顔を見た後は、満足げな表情を浮かべて、またてきぱきと蛸足を使い棚から皿を取り出していく。烏賊料理によほど自信があるのか? いや、もっと別の要因な気がしないでもない。あえては訊かないが。


「望と獣之助は?」

「うん。姐さん、ボクらはいつものでお願い。いいよね?」

「おう、かまへん」


あいよ、と店主さんは気持ちのいい返事をすると、彼女はすぐに蛸足をフル稼働させて調理を開始する。備え付けの冷蔵庫から材料を取り出し、そのまま足を駆使して調理工程をスムーズに進めていく。


なんというか、異常に速い。二本の手と八本の足が、さながら楽団のように統制された動きで次々に料理のプロセスが終了していく様は、まるでサーカスを魅せられているようだった。


「しっかし、珍しいね。お前らのオトモダチにそんな礼儀正しいヤツがいたなんてね」


忙しなく働く蛸足と両の手とは対照的に、唯一フリーな口でこちらに話しかけてくる奥村店主。その言葉に少しムッとしたのか、獣之助君が反論する。


「あ、失礼やな。ワシらかて、礼儀知らずちゃうで?」

「ほぼ無一文な上、ツケが溜まりまくってるジュウくんがそれ言う?」


ぐふう、と側面から一刀両断され項垂れる獣之助君。まあ、滞納は罪だから仕方ない、のかな? はあっ、と店主はため息を吐きながら続ける。


「ま、そこのアホは兎も角、お宅らは暴れないだけまだマシか」


そこのアホ? 首を傾げて鸚鵡返しにそんなことを言ってしまう。どういうことなのか訪ねてみれば、首を振り目線で店内の端を指す。


指された方へ目をやれば、何やら質量過多の金色がモゾモゾと蠢いていた。その後ろ姿には見覚えがある。というか、本当にごく最近見たソレだった。


「……モンジュ? なにやってんの?」


どうしても気になり声を掛ける望さん。そう、ごく最近大目玉食らった彼女、獅子王文殊さんがそこにいた。客として来たのか、と思えばそれも違うようで、以前の身なりとは異なる。


具体的には、口にはマスク、頭には髪を収めるために三角巾という出で立ちだ。頭頂部の耳はぴょこっと飛び出ていて、質量の凄い髪は全然収められていないが、パッと見はさながら清掃員である。


「…………」


こちらに気がつき、目を配る。が、彼女は無言のままこちらを見つめている。


「………じぃーっ」


いや、こちらを見つめているというのは大分語弊があった。正確には眼光を鋭くして睨み付けている。ついでに言えば、望さんら三人ではなく、俺個人のみをターゲットにして睨んでいる。


「こら! サボりなさんな!」


店主の一声で、怪訝そうな面持ちのまま作業に戻る獅子王さん。よく見ると手には箒が有り、どうも本当に掃除しているようだった。


「すみません。なんで彼女、ここで掃除などをやらされて?」


その質問に、深い溜め息で答える奥村店主。何やら事情があるのは彼女の困り顔で大体察せられた。


「かいつまんで説明するとだ。ついさっき親御さんから連絡が来てね。社会勉強も兼ねて、コキ使ってくれと来たわけさね」

「なるほど、だからここで働いとったんか」

「そそ。こっちも人手が足りないもんでありがてぇ、と思って安請け合いしちまって、いざ働かせてみれば、なぁ」


呆れたような様子で件の彼女を指す。足下には光る破片のようなものがあちこちに散らばっていて、おまけによく見ればでかいごみ袋がやけに目につく。それについて溜め息混じりに説明する店主。


「注文を取ってこいと言えばてんでんばらばら、たまに客にキレて暴走を少々。矢場いと思い配膳任せれば皿を割りまくる。僅か一時間のうちに累計二十枚割った辺りでこれ以上はまずいなと思い、掃除を任せた」


はあっ、と一層深い溜め息で話を締める。望さんと獣之助君は心中お察しします、と深く頭を下げた。

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