父なる地球への帰還
惑星タウからFEまでの航行時間は約24時間。
ゴンザは操縦席に座って計器を見ながら周囲を警戒していた。
マーティが現れた以上、サー・アトロスからの追っ手がいつ来るともわからないからだ。
普通に考えれば、マーティがヒロを発見した段階で、軍への報告を行っていると考えられる。
ジャスティンはマーティが生きていると言った。そして再び現れると。
未来からきたというジャスティンがそう言う以上、マーティはブラックホールから飛ばされた先で何らかの手段を講じているだろう。
果たしてマーティがいつ現れるのか? ジャスティンは明言しなかった。
今日かもしれないし、ずっと先の未来かもしれない・・。
ヒロはFEへ向かう間、メディカルマシンに入り怪我の治療を行った。
マリーはまだメディカルマシンの中だ。手術は終わったものの麻酔で眠っている。
ビューティはマーティとの戦いで完全に機能停止してしまった。傷ついたビューティのボディは、倉庫の保管カプセルに入れられている。
縮れたウィッグはゴンザが丁寧に取り去った。そしていつもビューティがしていたように、細部にわたって綺麗に磨いてやり、現在のビューティの体はピカピカの状態になっている。
しかし凹んだ胸は元には戻らない。
いくら優秀なメカニックのゴンザといえど、機能停止したエネルギーコアは直せない。
ミス・アリスの研究所でオーバーホールが必要で、修理には相当時間がかかるだろう。
またドラゴンブレードと、アマリリス正宗についても戦いでダメージを負っている。これらについても再調整が必要だった。
船はステルス状態のまま最高速度でFEに向かっていた。
マーティの奇襲を受けたオンミツ地区は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
マーティが競技場を襲ったとき、ハットリ老は観客、選手団に対して避難指示を出した。
オンミツ体育大学教員であり大会選手でもあったプロセシオンとアンジェラに指示を与え、マーティとの戦いの中、観客達を安全に避難させた。
その後、ハットリ老を始め、プロセシオン、アンジェラを含むイガ・コミッティの何人かが、会場から少し離れた大学内の建物からヒロ達の戦いを見ていた。
マーティがブラックホールに吸い込まれ、ジャスティン自身も消え去った後、老師は急ぎイガ・コミッティの評議委員を招集、今後の対応について協議した。
ジェネラル・マーティがヒロを発見した以上、アトロス軍の総攻撃を受ける可能性が高い。
惑星グリーゼを消滅させる軍備力を持つアトロス軍との戦いは、今は避けるしかなかった。
巨大な惑星タウでさえ一瞬で消滅させられるかもしれない。
評議会の出した結論は、イガ・コミッティ本部の移転だった。
イガ・コミッティはいろいろな惑星に支部を持っていた。MEやFEにもその支部はある。
候補の惑星はいくつかあったが惑星ケプラーにある支部を暫定本部とする方向に決まった。
惑星ケプラーは惑星タウから60光年の距離にあるハビタブル惑星だ。
人口は4000万人程で小型の惑星に分類される。
MEやFEに比べて近代化からはほど遠い惑星だったが、さながら新時代のゴールドラッシュのように、一攫千金を夢見て多くの人の出入りがあることも選定のポイントとなった。
ハットリ老はスティングレイのヒロとコンタクトを取り、知っている情報を共有した。
ジャスティンのこと、暗黒波動剣のこと、マーティのこと。
ハットリ老も惑星ケプラーにイガ・コミッティの本部を移す事を伝えた。
「ほう。暗黒波動剣とな・・・」
「はい」
「私は直接リンクでジャスティンとつながり、技の一部始終をこの目で見ました」
「これから、アトロス軍との戦いに備え、この技を習得したいと思っています」
「うむ・・」
「じゃが気をつけるがええ。暗黒空間は時に術者の心をも取り込むことがあるでの・・」
ハットリ老が言葉を詰まらせる。
「え? 老師はこの技をご存知で?」
「うむ・・。いや、この話は今度きかせてやろう」
「ヒロ。マリーを頼んだぞ」
「こちらも準備ができしだい、今日からでも暫定本部への移動を始めるつもりじゃ」
老師は一方的に話題を変え通信を切ってしまった。
ヒロはジャスティンが未来からきて自分の息子と言ったことは、老師に伏せておいた。
話が荒唐無稽すぎてにわかに信じてもらえないと思ったためだ。
それにヒロ自身も未だ確信が持てない状態だった。
ヒロは、このことを老師に伝えるのを、本部の移転が一息ついてからにしようと決めた。
そして暗黒空間のこともそのときに聴こうと思った。
一方、アトロス軍ではジェネラル・マーティの探索が始まっていた。
マーティは、気になる事があるので惑星タウに行く、との言葉を残し単独で行動していた。
発進後は完全なステルス飛行に入り、飛行方向、降下位置などはロストしたままだった。
その後、認識信号は確認されていない。
しかし部下達はいつものことだからと気にしていなかった。
事態が一変したのはそれから少し経ってからだった。
サー・アトロス本人から、惑星タウの司令官に直接ヒロとマーティの探査指令が出たのだ。
指令はアトロスから司令官の脳神経にリンクして出された。
実の所アトロスとマーティは強力な能力者がゆえ、その存在を全宇宙どこでも認識できた。
アトロスはマーティからの超感覚相互通信により、惑星タウにヒロがいる事を知った。
マーティはオンミツ地区での戦いの状況をアトロスに逐一伝えていた。
そしてその後、アトロスはマーティの存在がその場から完全に消滅したのを感じた。
死んだ訳ではない事はわかっていた。
もし死んだのなら、その怨念は最後の瞬間まで克明にアトロスに伝わったはずだ。
しかしマーティのセンスはただ忽然と消え去った。
ジェネラルがヒロを抹殺するだろうと踏んでいたアトロスは、はたと感じなくなったマーティの存在に不自然さを感じ、惑星タウに駐留している司令官に探索命令を下したのだ。
軍艦にはくじら座星団一帯を統率する司令官、コマンダー・ヨシモトが乗っていた。
ヨシモトは初めて脳に響き渡るサー・アトロスの声に畏怖した。
サーからの指令を直接受けるなど、ヨシモトにとって神からの啓示を受けるに等しい。
ヨシモトは直ちに地上のアトロス軍にオンミツ地区におけるヒロとジェネラル・マーティの捜索を命令し、必要があれば武力行使による強硬手段も認めるとした。
また惑星タウ上空の宇宙に駐留している軍艦からも特殊部隊を降下させた。
アトロス軍は事実上、オンミツ地区制圧のための軍事作戦を開始したのだ。
アトロス軍の作戦が開始された頃、スティングレイはFEに到着しようとしていた。
幸いにもヒロ達が惑星タウを脱出したことを、アトロスは知らなかった。
マーティはジャスティンとの戦いが始まってすぐ暗黒空間へ送られたため、ヒロの逃亡をアトロスに伝えられなかったのだ。
ゴンザの操作で、スティングレイは大気圏への降下シーケンスに入った。
船は一路、ミス・アリスの研究所のあるロマニオール連邦共和国に向かっていた。
懐かしい機械都市マチュアンカが見えてきて、スティングレイは潜水航行に入った。
そしてミス・アリスの研究所の建物の地下ドックに向かってステルス航行で進んでいく。
ゴンザは海中のハッチから注排水ブロックに入り、ハッチを閉じて排水を行った。
ヒロは、麻酔の効いているマリーの救命カプセルを操作しながら船を降りた。
マリーはメディカルマシンで命を取り留めていたが、回復には十分な静養が必要だった。
ゴンザもビューティのカプセルとともに船を降り、FR550がそれに続く。
研究所ではミス・アリスが5人を出迎えた。
「ヒロ、久しぶり」
「随分とひどい目にあったようね」
ミス・アリスはカプセルを見て言った。すでにゴンザが報告を済ませていた。
「マリーは手術で一命を取り留めました。今は十分な休養が必要です」
ヒロは頭を下げ、ミス・アリスにお願いした。
ミス・アリスはうなずき、マリーのカプセルを医務室に運ぶよう看護士に指示した。
次に彼女はビューティの入っているカプセルを開いた。陥没した胸に目を見張る。
「ひどいものね。超硬質サーメットボディーが変形してる。一体なにがあったの?」
「ジェネラル・マーティと戦ったんです。惑星タウで」
「僕たちは手も足も出なかった」
「ビューティは僕たちのために一人でジェネラルと戦いました。そしてこんな状態に・・」
ヒロは唇をかみ、泣きそうな声で言った。
「この胸だとメイン・エンジンが相当ダメージを受けているわ」
「ゴンザ、ビューティをラボに運んで」
「あとユニット毎に分解し精密検査をして。使える部品とそうでない部品を分けるわよ」
「えと、君はFR550くんだったかな?」
「君はゴンザの指示に従ってスティングレイの整備にあたって」
「ゴンザ! 武器を目一杯補充しておいて」
ミス・アリスがテキパキとゴンザやFR550に指示をあたえる。
その後、アリスはゴンザと共にビューティのカプセルをラボに運んでいった。
FR550はスティングレイに戻ったので、ヒロは地下ドックに一人になった。
ヒロはドックの窓から見える海を眺めた。
まだ日の光が届いていて、窓からは美しい海中の様子が見られた。
FEの海の生物は独自の進化をたどりMEのそれとは随分違う。
ヒロは窓からじっとそれらの生物を眺めながら、頭では別の事を考えていた。
「厳しい戦いだった・・・」
ヒロはジェネラル・マーティとの戦いを思い出していた。
ビューティの修理には長い時間がかかるという。マリーも休養が必要だ。
アトロス軍は、惑星タウに調査団を差し向けるだろう。
ハットリ老や学校のみんなは大丈夫だろうか・・。
ヒロの脳裏に昨日までの学校生活や、競技会で戦ったみんなの顔が思い浮かぶ。
ひとときの平和だった日々。
その日常はまたもやアトロスのために崩れ去ろうとしていた。
「ジェネラル・マーティはいずれ僕の前に立ちふさがる。そうジャスティンは言っていた」
マーティの不敵なマスクをつけた顔が頭をよぎる。
ジャスティンの笑い顔が思い出される。また未来で逢いましょうと言ったあの笑顔だ。
「僕は・・・。そう、暗黒波動剣を自分の技にする」
ヒロの目の奥に闘志の炎が宿る。
夕日が沈み、海底ドックの窓の外は徐々に暗くなっていった。




