3 奴隷は語る
『勇者』は俺に対して得意げな笑みを浮かべて言った。
「奴隷たちは今まで、この者との奴隷契約によって、この者の不利になることを言うこと、為すことができなかった。
また、当然この者に反抗することができなかった。
しかし、先ほど彼、彼女らの奴隷契約を解除した。
さあ、言うがいい。自分が何をされたのかを。」
猿轡をされ、弁明もできないこの絶望的な状況の中でも、俺は呆れてしまった。
ひどいことをされたと思っている女に対し、群衆の前でそれを語れというのだ。
確かに俺は、人を信じようとせず、奴隷にありとあらゆる制限をかけて、使用人として使ってきた。その奴隷がしゃべるのだ。
恨みつらみを聞くべきときが来たのかもしれない。
俺の身の回りの世話を、『勇者』に言わせれば、強いられていた女が前に出てきた。
「私たちに何を話せと言われているのか、わかりません。」
「屋敷の中で君がしてきた仕事でいい。大丈夫だ。
君が何を言おうとこの者から君へ危害が加わることはなにもない。」
女は俺を見ていたが、俺が何も反応しないのを見て話し始めた。
「では、私が旦那様から任されていた仕事について、お話します。
私は、3年前から旦那様の身の回りの世話と土地代の徴収、屋敷の管理を行っておりました。」
「ほう。身の回りの世話に土地代の徴収か。やはり、この者から乱暴されたのか。」
「旦那様は私や他の使用人、いえ貴方のいうところの『奴隷』に対して暴力を振るうことはありませんでした。」
「庇いだてする必要はない。暴力を振るうことはなくても、無理矢理手籠めにされるなどはあったのだろう。」
「もちろん、旦那様と夜を共にさせていただいたことはありますが、暴力や無理矢理といったことはありません。」
「なるほど、長く共にいれば情が移ることもあるだろう。
では、土地代の徴収はなんといわれていたのだ。」
「旦那様から言われたことは、
これから長い付き合いになる相手だ。きちんと徴収し、管理せよ。
また、最初の年は餓えることがないように注意せよ、と言われました。」
「それはおかしい。皆の姿を見よ。誰もが痩せ細り、餓えているではないか。」
「昨年は不作の年でしたので。」
「不作にしては、屋敷にいた者たちは痩せ細っていないようだな。貴様、偽ることは許さん。不作について、どう言われたのか皆の前で答えよ。」
「不作については、旦那様に申し上げたところ、
餓死者を出すことがないように注意せよ、と言われました。
そのため、徴収の規定量を下回りましたが、餓死者が出ないように徴収しました。」
ああ、俺はなんということをしたのだ。
自分のしたくないことを他人に任せて確認もしなかった結果がこれだ。
あの腕の細い小作人に、育ち盛りなのに腹を空かせた子供たち。
餓死者がでなければ餓えてもいいのではない。不作ならば、俺たちが食える程度に徴収できれば、豊作の年に補わせればよかったのだ。
だが、俺はあまり人と接したくなかった。使用人に対しても最低限のことしか話さない。
広場にいる群衆は痩せ細り、もし俺がこのまま処刑されれば、俺の指示に従った、屋敷の者たちにもその怒りは向きかねない。
奴隷を買った責任を今更ながら感じ、何もできない自分に腹が立つ。
そして『勇者』も女を悪人を見るような目を向ける。
「貴様もこの者と同類というわけか。皆の姿を見て、なにも思うことはないのか。」
「先ほどの方が言われました。家族で冬を越せるならこれほどありがたいことはない、と。」
俺はそう言って『勇者』を睨む女を見た。
ああそういえば、この女と会ったのはあの場所か。
俺は冒険者としてはかなり恵まれた方であった。
突然のパーティー解散となったが、その時には結構な金が貯まっていた。
人里離れて暮らしたいと思いながらも、これから隠居して一人で暮らすには所持金が多く、まだ引退のことなど考えてもいなかったため、今後の身の振り方を考えていた。
とある遠方の国、そこで一人になった俺は、一家全員が奴隷になるところに遭遇した。
農民にしては大きな家であるが、不作のため借金の形に一家全員が奴隷となるようだ。
この大きな家を残して一家で奴隷になるなど、誰かの思惑がありそうだが、所詮は他人事だ。
だが、突然の一家離散など気に食わない。しかも今はやることがない。
俺は気にせずに近づいて行った。
この家は不作のため借金をしたが、突然返済期限を収穫前だと告げられたらしい。
さらに、借金の形は一族全員が奴隷になるとされているとのこと。
そんな借金の仕方は普通ないだろうと黙って聞いていると、やはり誰かに仕組まれただの、なんだかんだと言っている。
俺は取り立ての男に借金はいくらかと聞いた。
なるほど、かなりの金額だが俺の払えない額ではない。
ならば、俺が肩代わりして払ってみるのも面白いと思い、その男に告げると、
「その提案はまかりならん。邪魔をするようなら、この領から出られないと思え。」
そう言ってこちらを恫喝した。
誰の企みか知らないが、そこまで言われたら俺も引き下がる気はなくなった。
どうせ守るものなど何もない。
「俺は冒険者なのだが、引退し、辺境の地で開墾しようと思っている。そのための奴隷を探している。この者たちを奴隷として売ってくれるなら、色をつけて支払おう。」
そう告げると男は少し考え込んだが、
「場所はどこだ。」と聞いた。
「ここから乗合馬車で東に20日ほど行き、さらに北に5日以上行ったところの予定だ。」
と以前のクエストで見掛けた開墾によさそうな場所を答えた。
「本来なら男は鉱山に、女は娼館に売り払うのだがな」
と渋るように言うが、
「高く売れるのは若い女は1人だけで、男なんて鉱山じゃ使えないガキや年寄りばかりじゃないか。
何か心配事があるのならば、奴隷契約でこの町から出て、再び町に自分から入れば、所有権をあんたに変えると入れてもいい。」
そこまでいうと男も頷いて、奴隷商のもとで奴隷契約することになった。
男は帰り際に、
「いい取引だった。いつまでこの町にいるんだ」
と聞かれた。
「今日は支度ができていないし、金も使っちまった。明日の乗合馬車で東に行くつもりだ」
と伝えると、納得したように去って行った。
奴隷となった者たち、一家の6人は突然の展開に戸惑っていたが、若い女とその父親は何か言いたそうに俺を見ていた。
素知らぬ顔をして連れ出す。
その後、知り合いの冒険者7人に東行きの乗合馬車に乗ってもらうことを前払いで頼むと、俺は6人の家族を連れて、自分の馬車で南へと向かった。
その後、風の噂で、盗賊がたまたま居合わせた冒険者7名に返り討ちにされたということを聞いた。
二度と戻ることのない国、そこは確か宗教国家だった。
「私たち家族は貴方と同じ国で、理不尽な借金を背負わされ、鉱山と娼館に売られるところで旦那様に買われました。旦那様は仕事以外で私たちとあまり言葉を交わそうとはしませんでしたが、私たちの家族は再び一緒に暮らすことができています。
なぜ、貴方は今更ここで、遠い異国で私たちの暮らしをまた奪おうとするのですか。」
『勇者』は、仲間に目を向けるが、誰もなにも言おうとしない。
『勇者』は、絞り出すような声を吐き出した。
「俺は人々の幸せを守るためにここにいる。我が国で何か間違いが起こったのならとても悲しく思う。この者に何か思惑があったにせよ、君たちが一緒に暮らせることは確かにすばらしいことだ。」
しかし、と『勇者』は俺を睨む。
「この者は人殺しなのだ。」




