狂気
それはそれは……長い長い沈黙が続いた。
レイノルズに向けられた視線、ラーナを見つめる視線、ただただ宙に走らせる視線、各々がどこかを見ながら、先ほど起こった、言わば悪女の企みの集大成を、頭の中で再生し途方にくれていた。
そんな中、ハンナが小刻みに震え、怯えるように声を出した。
「ラ…ラーナお嬢様……、こ、こちらに来ていただけますか?」ラーナはハンナの様子を見て小走りに駆け付け、今にも腰が抜けそうな彼女を支えた。
「どうしたの!?」
クローゼットの中の、こんもりと置かれたドレスを指さしてハンナが言った。
「ドレスが…ドレスが、何か変なのです…。」
皆がハンナのまわりに集まった。遠目には衣類の塊に見えていたが、近くで見ると何かが違う。カイリが、
「失礼します。」と言って、ドレスを出して皆に広げて見せた。
「ヒッ!」テスが恐怖に満ちた声を上げた。彼女だけではない。皆がそれぞれ短い唸り声を上げていた。
ドレスは上から下まで、刃物のようなもので、ズタズタに切り裂かれていた。
『狂気』
全員の脳裏に、その言葉が見え隠れしていた。
彼女がどんな様子でこのドレスを切り刻んだのかは、容易に想像がつく。それだけに皆がゾッとした表情を浮かべていた。
「どうする?」ザラがレイノルズを見た。
レイノルズは視線をドレスからザラに移した。しばしの沈黙のあと、
「予定通りパーティは決行する。二人は昨日話したように頼む。」ザラとイオスがうなずいた。そして最後にラーナに視線を移し、レイノルズが言った。
「ラーナ、今日で必ず終わらせる。俺を信じて待っていて欲しい。」
ラーナはレイノルズを見つめた。不安は山ほどある。言いたいことも……。だが言葉にならず、ただコクンとうなずいた。
「心配いらねーよ!俺たちがついてるんだぜ!?」ザラが努めて明るい声で言った。
「昔からあなたたちがしでかした後始末は、私たちの仕事でしたもんね。まぁ今回は、こちらの非ではない分、少々手荒になるかもしれませんが…。」イオスも珍しくどすの利いた声で言った。
「カイリ、後を頼んだぞ。ケビン、ノーラン、今後王女はホールに移るが油断は禁物だ。護衛をしっかり頼む。テス、ハンナ、ラーナから離れるな。」レイノルズが静かに命令を下した。
「はっ!」男衆が頭を下げた。それを見届けたレイノルズがラーナに歩み寄り、力の限り抱きしめ、耳元で囁いた。
「明日は…どこでもいい、散歩でもしよう。」
その普通の、何気ない一言が、平和だった日々を思い出させ、そしてレイノルズの優しさを感じさせ、ラーナの瞳に涙を溢れさせた。
「う…うん!楽しみにしてる!」ラーナはやっとの思いで返事をした。
「ラーナ!俺もハグしてやる!」
「あなたのは力任せで危なっかしい。ラーナ、私がしてあげます。」近寄ってくるザラとイオスの腕を掴み、レイノルズはドアへと向かった。歩きながら、ラーナを振り返り、
「行ってくる。」と言うと、そのまま部屋を出ていった。




