脅迫と誘導
皆が唖然とし、そのクローゼットをただただ……じっと見ていた。
紫色のドレスは、ハンガーにかけられるわけでもなく、投げ込まれるようにドサッと置いてあった。
一番近くでドレスを見たハンナが、「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた。
その様子を見ていたセシアナ王女は、たいそう満足気に声を張り上げた。
「どうやら、あったようですわね!」
誰も、何も答えられない。だがこの現状は、誰かによって作り上げられたものだ、ということはわかる。しかしそれを言ったところで、何にもならない…。広い砂漠に、コップ一杯の水を注ぐようなものだ。注いでいるという事実はあるのに、水が砂に触れたとたん、消えてなくなっていく。何も残らないのだ。
「レイノルズ殿下、手枷は外していただきますわよ。それから…」王女はラーナを見て言った。
「犯罪者をパーティに参加させることは、できませんわよね。」
その言葉を聞くや否や、ラーナは全身と視界が揺らぎ、他の皆は憎悪の目でセシアナ王女を睨んだ。
「彼女が盗んだという証拠はない。」レイノルズは必死に自分の激高を押さえて言った。
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。ただ、”私のドレスがラーナ様のクローゼットにあった”ということは、事実ですわよね?事実は、公表してもよろしいのではなくて?」王女の言い分をかき消すように、レイノルズが声を荒げた。
「我が国のことは、我が国で対応する!国外からの客人に、とやかく言われる筋合いはない!」レイノルズの声で、いよいよ怒りが抑えられないところに来ているのがわかる。王女は痛くも痒くもない様子で、
「と、言われましても…、私のドレスですわよ?せっかくパーティに着ていこうと思っておりましたのに。」レイノルズの目はもはや人を見る目ではなかった。軽蔑というよりは侮蔑のこもった視線を、王女に返した。
「では、あなたにもパーティの参加を見送っていただこう。侍女拘束の件により、あなたに容疑がかかるのも時間の問題かもしれない。そういう理由であれば、不参加も致し方ないだろう。そして明日には王子たちとともに帰国してもらいましょう。」
王女はギリッと唇を噛んだ。そのあとすぐに、またニヤリとして言った。
「そうだわ、レイノルズ殿下、こういうのはどうかしら。せっかく楽しみにしていたパーティ、参加できないのであれば、つまりませんわ。その代わりに、”私のドレスがラーナ様のクローゼットにあった”という事実を、王宮内に触れ回ってみますわ。もしかして、その方が楽しいかもしれません。」
本当に、この目の前の人間は、一国の王女なのだろうか。皆がもう、この理不尽で不毛なやり取りに辟易し始めたころ、王女が追い打ちをかけた。
「でも…さすがにそれは、困るでしょう?未来の皇太子妃が、窃盗犯だなんて…、前代未聞ですわよね。それよりもまだ、ラーナ様にはこちらでしばらく反省していただいて、殿下は私とパーティに参加された方が無難に終わりますわよ?」
彼女以外の全員の怒りが沸点に達した。
当然レイノルズが何かを言い返してくれるだろうという、皆の期待を裏切り、
「了解した。」レイノルズが、この無意味な対話の打ち止めを示唆するように、はっきりと言った。そして、
「衛兵、王女の手の拘束を外して、部屋に送り届けよ。話は以上だ。ケビン、ノーラン、ドアを閉めろ。」と、部屋からも、自分の視界からも、一刻も早く王女を消し去りたい気持ちで言い放った。その場が静まり、ドアが閉まり始めたとき、王女が異様な笑みを浮かべて声を上げた。
悪女、その言葉も生ぬるいと思わせるほどの、不気味な笑みで。
「ああ、そうそう!エスコートはもちろん、レイノルズ殿下にお願いしますわね。」
その言葉が終わると同時に、ドアが閉まる音がバタン、と響いた。




