母心
カーテンからもれる朝日の光で目が覚めた。
いつもと違う場所で起きることには、ルオナ村訪問以来、ずいぶん慣れてきた。そもそも野営じゃないだけかなりましなのである。軽く伸びをすると、ハンナの声がした。
「ラーナお嬢様!まだ眠っていてよろしいのですよ!フィル様には、今日は一日ベッドで横になっておくよう仰せつかっております。」
『それはいくらなんでも…ケガもなければ、熱もないのに。あ!』
「お兄様はどこにいったの?」
「湯あみに行かれておられますよ。」ハンナは朝食の準備に戻った。昨夜フィルはラーナを心配して、同じ部屋のソファーで眠ったのだった。
『ちゃんと眠れていないだろうなぁ…。明日はパーティなのに申し訳ないなぁ。』そうこう考えていると、カイリが向こうの部屋から、お茶のワゴンを、ハンナが朝食を運んできてくれた。
コンコン、とノックの音がした。父マシュリと母ロゼッタ、湯あみを終えたフィルが入ってきた。
「ラーナ!」母が駆け寄り、ラーナを抱きしめた。
「目が覚めたのね!無事でよかった!本当に…よかった…」母は涙を流して言った。
「ラーナ、もういいわ。あなたは十分に、いいえ、それ以上の働きをしたわ。私からコーネリアに直訴するから。そしたらもう、屋敷で静かに暮らしましょう。」
王妃コーネリアと母ロゼッタは旧知の中だ。”自分の娘が何度も命を狙われ、黙っていられるわけがない”と訴えるのだろう。王妃も同じように娘をもつ母だ。ロゼッタの直訴を跳ね除けるのは難しいはずだ。
「お母様、ありがとうございます。そしてたくさん心配をおかけしてごめんなさい。でも、明日が終わるまで…お待ちいただけますか?約束を違えることは、クリスガルド家の規律に反します。それに…レイルも、とても苦しんでいました。また皆には迷惑をかけるかもしれませんが、どうか…明日まで…。」ラーナはか細い声で母にお願いした。母はまだあきらめきれない顔をしている。すると父マシュリが母の肩に手をのせて言った。
「確かに、私も陛下と殿下にお約束してしまったからな。…明日まで、明日までの辛抱だ。」
皆がグッと言葉を飲み込んでうつむいた。
「わかったわ。でも決して、皆のそばから離れないでね。」母が言うと、カイリが、
「私たちが、命に代えてもお守り致します。」と力強く言ってくれた。
「カイリ、ありがとう。今回もその言葉通り、あなたが命がけで娘を守ってくれたと聞いたわ。本当にありがとう。感謝してもしきれないわね。」と涙目でお礼を言った。カイリは少し恥ずかしそうにしていた。
「お礼はまた改めてさせていただくわ。今日のところはこれで我慢してね。」と、母がバスケットから大量の焼き菓子を出した。しかもどれも間違いなくおいしそうだ。
「早朝に料理長のヨハンを叩き起こして、作ってもらったの。」母がさらっとすごいことを言った。
「テス!ハンナもいらっしゃい。一緒に食べましょう。あ、カイリ、ケビンとノーランも呼んでちょうだい。」という声に、皆がキャーキャーざわめき、嬉しそうな声を上げた。久しぶりに皆の楽しそうな雰囲気に、ラーナは涙が出そうになった。
『あと二日……明日が終わる頃には、何かが変わっているだろうか…』
今のように、楽しかった日々に戻れるよう願いながら、ラーナは焼き菓子を頬張った。




