尻拭い
メルリーナだった。
見たこともない暗い顔で部屋へと入ってきた。そして起きているラーナを見るや否や、駆け付けてきて、ラーナを抱きしめた。
「ラーナ!…よかった!無事でよかった!」メルリーナは泣いていた。
「ごめんなさい、ラーナ。あなただけをこんな目にあわせて…本当にごめんなさい!」涙がとめどなく流れている。フィルが自分が座っていた椅子に、メルリーナを座らせた。
「メルリーナ様のせいではありません。どうか泣かないで下さい。」ラーナがそう言うと、フィルがハンカチを差し出した。メルリーナは涙を拭いながら言った。
「いいえ、これは王家の大失態よ。私、あなたが帰ってきたと聞いて、王女のことを話しておかなきゃと思って、何度もあなたの部屋に行ったの。」
『知らなかった……心配してくださっていたのね。メルリーナ様、やっぱりお優しい…。』今度はラーナの目がウルッとなった。
「でもあなたは忙しそうで、お付きのものと会議だったり、剣の練習に行ったり、あの王女の策略で倒れて、騎士たちに運ばれていたり…。とても話しかけれる状態ではなかったの。それも全部私たちのせいで、あなたがそんな目にあっていると思うと、いてもたってもおられず…私、お父様に直談判に行きましたの。」
『そこまでしてくれていたなんて…』ラーナの涙はあふれる寸前だった。
「それなのに、国と国の平和も考慮しなければならないなどと…。あんな王女を送り込んでくること自体、ラジニア王国は我が国をないがしろにしているということなのに!」メルリーナは怒り始めた。
「陛下は、お優しい方なのですよ。」ラーナがメルリーナを落ち着かせようとすると、
「国王は、優しい人間には務まらないわ。」メルリーナは目をキッと光らせて、どこか一転を見つめて言った。こんな顔を見るのは初めてだ。しかも暗に、自分の父親に国王たる資質が欠けている、と言っている。皆口をつぐんだ。王家のもの以外は、口を挟める話ではない。
「と、昨日お父様に言ってやったの。」メルリーナの言葉に、皆が、
「え!?」と漏らした。
「時に優しさは、犠牲を伴うわ。国王たるもの、優しさで動いてはいけない。国民の幸福を一番に考え、それから国際的に平和を重んじていくものよ。…国民を幸せにできる王こそが、他国にも手を差し伸べ、平和を維持できるの。今我が国がしていることは真逆。ラーナという国民を犠牲にして、他国に平和をもたらそうとしている。それを見て国民はどう思うかしら。民は国王に、ついてくるのかしら?……とも言ってやったわ。」
『………正論だと思うけど、陛下、大丈夫かしら。それにしてもメルリーナ様、女王のような風格だわ。』ラーナは尊敬の眼差しでメルリーナを見つめた。
「お父様、ぐうの音もでなかったのよ。だから続けて言ったの。」
『何を……ですか?』ラーナはハラハラが止まらない。
「あの王女を甘く見ると、今に痛い目にあいますわよって。」
『痛い目にあっているのは私なんだけど…』と思いつつ、ラーナは黙って聞いていた。
「そのあとだったの、馬車の事故が起きたのは。私、はらわたが煮えくり返りましたわ!なので、”ご自分の尻拭いはご自分でされてください”って言ってやりましたわ!」
『ひーーーーーーーーっ』ラーナは冷や汗が出て来た。
『私のことで、国王陛下のお尻が!こ、ここは私が拭わねば!…ん?陛下のお尻を?……そんな恐れ多い!』ラーナはもはやパニックになっていた。
「私の言っていたことが当たってしまって、お父様、さすがに血の気がひいていたわね。私と同じように度々苦言を呈していたクリスガルド公爵は、ラーナの知らせを受けて、よくぞ怒りをこらえていたと思うわ。そのまま黙って玉座の間を飛び出していったの。彼が断りなく去るなんて…お父様に対する怒りだったんでしょうね。もっともなことだと思ったわ。そして私が言ったの。貴族の反乱が始まりますわよ、って。」
皆が息を飲んだ。
「そしてついに、いや、やっとね、お父様はこう叫んだの。
”セシアナ王女の部屋を捜索してこい!必ず証拠があるはずだ!ラーナ嬢の事件について、王宮中を捜査中だと言え!”」




