縁結び
「次はー、田山中ー、田山中ー。」車掌のアナウンスが聞こえた。
二人の目的地、田山中駅まであと数分だ。
「駅、風景まんまの名前だね。」奈央が笑う。
「みんな同じこと思うんだな。」将太も笑った。
電車がゆっくりと止まった。降りた乗客は二人だけだった。静かだが、菜の花に囲まれ、桜の舞い散る、まるで異世界への入り口のような、無人の駅だった。名前の通り、まわりは山と田んぼだけだが、遠くに集落が見えた。
「ばあちゃんが迎えにくるとは言ってたけど、この景色の中歩いていくのも悪くねーだろ?」
「うん、賛成!」
二人は田んぼの中を走るあぜ道を、桜の花びらに歓迎されながら、手をつないで目的地へと向かった。
山の緑と、田畑の黄土色、田舎の優しい色の中、他愛のない話をしているうちに、あっという間に将太祖母宅に着いた。
昔ながらの屋根瓦、茶色の木造の壁に、やわらかな陽が差し込んであったかそうな縁側まである。
不思議と懐かしくて、暖かい匂いがして、いつでも『おかえり』と言ってくれるような優しい家だ。
奈央はとても気に入った様子だ。
ガラガラガラ…と引き戸を開けて、
「ばあちゃーん、ただいまー!」将太が大声で言った。薄暗い廊下から
「おおーーーー、帰ったかーーーー!」と、将太祖母が出てきた。割烹着に、おそらくもんぺ姿、頭には三角巾の、ザ昭和のばあちゃんが出迎えてくれた。
「よぉ帰って来たなーーー!」将太を抱きしめ、バンバン!と背中を叩く。感動の再会だが将太は痛そうだ。そしてすぐに奈央を見て、
「あんたが奈央さんか!?かわいかねー!!」と言って、将太と同じように熱烈歓迎を受けた。痛い。
「よぉ来てくれたねー!ささ、上がって上がって!」
「ばあちゃん、先にじいちゃんに線香あげさせて。」将太が奥の部屋へと向かう。
「おー、ありがとう。じいさんも喜ぶわー。その間にお茶入れてくるわ。」
祖父は、将太が幼いころに他界していた。どことなく将太に似ている遺影を見て、奈央も線香を上げた。
居間に通された奈央と将太がお茶を飲み始めると
「遠いところを大変だったなー。奈央さん、来てくれてありがとうな!」将太祖母が茶菓子を出しながら言った。
「いえ、こちらこそお邪魔してすみません。将太が言ってた通り、景色がすごくきれいで、見ているうちにあっという間に着きました。」奈央の返事に祖母は嬉しそうに笑った。
「私がわがまま言うたんよ、将太の彼女さんに会わせろて。こん子はしっかりしとるようで、ひとつのことに集中すっと、他が目に入らんようになる。優しいけど、どこか間が抜けとるとよ。そげな子が彼女ができたって言うもんだけん、もういてもたってもおられんでねー。」
奈央の湯飲みにおかわりのお茶をつぎながら、祖母が満面の笑みを浮かべて言った。
「やーっと安心できたわー!奈央さん、将太をよろしうたのむね!」
将太はただただ赤くなってお茶を飲んでいる。奈央は
「はい!任せて下さい!」と、胸をドン!と叩いて見せた。
祖母は「ガハハハーッ!」と笑って、追加の茶菓子をガサガサーッと菓子器に大量投入した。
受験のことやら近況やらを一通り話した後、将太が
「ばあちゃん、ちょっと神社さん行ってきていい?」と切り出した。
「ははーーーーん、将太もか。よかよ、行ってこい!ばあちゃんは昼食ば用意しとく。」祖母は何やらニヤニヤと嬉しそうにしている。
「奈央!行くぞ!」と将太は逃げるように家を出た。
20分ほど歩いて着いたところは、山のふもとにある神社さんだった。お社の後ろを、守るように森が茂っている。静かで薄暗いが、木漏れ日が多く降り注ぎ、神秘的な明るさを保っていた。参拝にきているのは二人だけだった。
「お賽銭、お賽銭…」奈央がバッグから財布を出そうとしたとき、将太が赤い顔で言った。
「ばあちゃんとじいちゃんは、この神社さんにお参りしたら結婚できたって。」
「え⁉縁結びの神様なの?」
「いや、そういう風には言われてないんだ。でも父さんと母さんも、この神社さんのおかげで結婚できたって言ってた。………だから、」将太はそう言いながらも、奈央の顔を見ることができない。
「だから、私とお参りしたい、って思ってくれたんだ?」奈央が嬉しそうに続けた。
将太が黙ってうなずいた。そしてようやく奈央を見て言った。
「いつか、お前と来たいって、ずっと思ってたんだ。ばあちゃんが来い来いうるさかったのもあるけど、ばあちゃんに言われなくても、連れてくるつもりでいたんだ。ただなんか、ばあちゃんを利用して奈央を連れて来たみたいで、なんかモヤモヤしてて…結局ここに来るまで言い出せなかった。黙って連れてくるような真似してごめん。」将太が悲しげにうつむいた。
「なんで謝るの⁉私、おばあちゃんちこれたのも、この神社さんに連れてきてくれたことも、すごく嬉しいよ!だって将太、私のこと、すっごく好きってことでしょ⁉」奈央ははちきれんばかりの笑顔で言った。
「っ……間違ってねぇけど、よく自信満々に照れもせずそんなこと言えるな。」将太の方が照れている。
「ねぇ将太。ってことは、私たちのずっと一緒の約束、神様に後押ししてもらえるんだね。心強い!」奈央が目をキラキラさせて、はしゃぐように言った。
「ちゃんとお参りしなきゃ!一緒にね!」
二人で並んで、二礼二拍手一礼のあと静かに手を合わせた。お参りではなく、お願いになっていた。将太が顔を上げても、奈央はまだ目を閉じて、真剣に手を合わせたままだった。ようやく奈央の目が開いたとき、将太の右手が、奈央の左頬に触れた。二人の視線が合わさったとき、優しい風が吹いて森が鳴った。そのまま将太は奈央にキスをした。そっと触れるように。お互いの唇の柔らかさを確かめるように、二人はしばらくそのまま唇を重ねていた。
突然突風が吹いて、森がざわめく。二人は唇を離して、フフッと笑った。
「その辺にしとけよ、って神様が言ってる。」将太が今まで見せたことのない、優しいというより、甘い顔で言った。奈央は恥ずかしそうに笑った。
神社を後にするころには、少し汗ばむくらいの日差しになっていた。このあと二人は、祖母の用意した大量の昼食に目を見張り、限界まで食べさせられ、祖母宅を後にした。
帰りの電車での記憶はほとんどない。二人寄り添って熟睡していたのだ。




