直球の変化球
あの日、将太は志望大学をひとつに絞った。自分の行きたい学科のある大学への進学を決めた。ごくごく当たり前のことに踏み切れなかった将太を動かしたのは、あのときの奈央の言葉だった。奈央が変わらない気持ちを約束してくれたことが、将太の心に余裕を作ってくれたのだ。嬉しかったと同時に、自分の不甲斐なさを感じたのも事実だった。奈央は自分の進路も、夢も、将太のことも、しっかり考えて動いていたのだ。だから将太の背中を押すことができた。『お互いしっかりと、自分の足で立てることができたら、一緒になろう。そのためにも自分の夢を目指せる大学を選ぼう。』奈央は暗にそう伝えてくれたのだ。情けなかった。
次の日の朝、屈託のない笑顔で「おはよう!」と言ってきた奈央の顔を見て思った。
『大学で学んで、仕事をして、奈央を支える。それができないなら結婚もない。これ以上情けない姿はさらせない。』
ガタンゴトン…ガタンゴトン… 本日は晴天なり。
山の中腹には、自生している山桜のピンク色が、ところどころにポツンポツンと見えた。やわらかい風を心地よく感じながらウトウトしている将太を、奈央は優しい顔で見つめていた。
逆プロポーズもどきをする数日前、奈央にもちょっとした事件が起きた。
将太と仲のいい山田が、昼休みにコソコソとやってきて「ちょっといいか?」と裏庭に誘い出した。
「実は将太のことで気になることがあってさ。」山田が切り出した。
「あいつ、まだ志望大学で揺れてるだろ?あれ、俺のせいかもしれないんだ。」
奈央は何が何やらわからず、首をかしげた。
「野口さ、前に竹中から告られたことあったろ?あれ、あいつも知ってると思って、うっかりしゃべってしまったんだ。」
奈央の動きが止まった。
「そしたらあいつ、真剣な顔してさ、詳しく教えてくれって。次の日からはいつもと同じ様子だったから、安心してたんだけど…。最近何人かで集まって進路のこと話してた時に、なんかえらく悩んでたんだ。あいつ最初は志望大学一個決めてたはずなんだよ。なのにこんなギリギリになるまで迷ってるって…もしかしてって思ったら気になってさ。」山田は責任を感じて、奈央に相談しにきたようだ。
山田の話が終わる頃には、奈央も落ち着きを取り戻していた。
「ありがとう、話してくれて。心配しなくて大丈夫だから、受験勉強がんばって。」奈央の言葉に、山田はホッとした表情を浮かべた。
「余計なことしてごめんな。あいつのこと、よろしくな!」そう言うと、山田は去っていった。
『さて、どうしよう。』奈央は困った。
竹中に告白されたのは事実だ。入学して何か月かたったころ、たまたま同じ中庭掃除で、たまたま竹中と二人しかいなかったことがあった。二人して竹ぼうきで掃いていると、何気に竹中が近づいてきて言った。
「この状況はある意味チャンスなのかもしれないから、ダメ元で言っていいか? 俺、お前が好きだ。」
突然のことに、奈央はキョトンとなった。『将太と付き合ってること、知らないのかな?』
何を言いたいのかわかっているといった感じで、竹中が続けた。
「もちろん知ってるよ。葉山と付き合ってるってことは。でも好きなんだ。あいつと別れて、俺と付き合って欲しい。」
『ド直球だなぁ…』そのまっすぐさに感心さえしてしまう。
『だとしても答えはノーなんだけど。』なんてお断りしようかと考えていると、竹中が言った。
「やっぱり断る気だな。」『エスパーか?』
「わかった、言い方を変える。俺も、彼氏にしてくれ。」『⁉』
「ぶはっ!!あはははははっ!」奈央の返答は大笑いだった。竹中はムッとして言った。
「俺は真剣なんだぞ。」『まじか⁉』
「だってさ、気持ちはありがたいけど…フフッ」奈央はまだ笑いが止まらない。
「もしデートするとなったら三人でするってこと?ブブッ」想像して余計に吹き出してしまう。
「……デートのときは、交代だ。俺とお前の日、葉山とお前の日、って感じでな。」『逆ハーレムか?(笑)』
「ねえ、竹中、それって二股ってやつだよね?私そんなのやだよ。それに竹中にもして欲しくない。あと私、やっぱり将太が好きだから、竹中とは付き合えないよ。」笑いも落ち着いた頃、奈央が答えた。
「葉山に聞いてもダメか?」
「何を!?」
「俺も野口の彼氏になってもいいか、って。」
「ブフーーッ!!」ひとしきり笑ったあと、涙を拭きながらようやく奈央が言った。
「将太が混乱して、しばらく正気を取り戻せなくなるからダメ。」
キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン…掃除終了のチャイムが鳴った。
「竹中、好きになってくれてありがとう。あと、異次元の告白も楽しかった!」奈央が言うと、
「俺はいたって真面目に告白したんだが…。ま、最初からダメ元だったし、野口の笑った顔が見れたからいいや。」竹中も笑ってくれた。変なやつだけど、いいやつだ。
今でも竹中とはいい友達だ。そしてそんな変化球な告白をされたことを、誰かに言う理由もない。奈央は誰にも言わずに胸に秘めた。が、なぜ知られているのだろうか。噂とはそんなものだろうか。知られてしまったものは仕方がない。だが今更将太に事実を言ったところで、何やら言い訳のように聞こえてしまうのは不本意だ。それに受験勉強の邪魔にもなりかねない。竹中の話を掘り返すことなく、その竹中からの告白事件を、将太の記憶からスパーン!と消し去ることはできないだろうか。『難しいなぁ。』真剣に悩んでいると、うしろから「奈央ちゃん⁉」と呼ばれた。将太の母だった。自分が無意識に将太の家に向かっていたことに、そのときようやく気付いた。
「将太に会いに来てくれたの?急ぎじゃないなら上がっていって!」嬉しそうな将太母。
「ありがとう、おばさん。でも将太勉強中だろうし…、私もいろいろ考え事してたら、いつの間にかここに来てたって感じだから…。」焦ったように笑う奈央を見て、将太母は何やら悟った顔をして言った。
「将太が志望大学決め切れてない上に、最近様子が変だから心配して来てくれたんでしょ?」
まんざら当たっていないわけではない。『おばさん、ちゃんとわかってるんだ…。母親ってすごいな。』
奈央は答えをためらって、少しうつむいた。様子が変なのは自分のせい。申し訳なさで顔を上げられなかった。
「奈央ちゃんも自分のことで大変なのに、将太のこと気遣ってくれてありがとう。なんか、高校受験のときを思い出すわね。奈央ちゃんと同じ高校行きたいって言い出したときはね、家族会議したのよ。あの子ね、ほんとに奈央ちゃんのこと好きみたい。それが原動力となって今があるわけだから、あの子の奈央ちゃん愛は本物みたい。ちょっと重いわよね?フフッ。」将太母の言葉に、奈央もいつの間にか顔を上げていた。
「重たいついでに話すけど、笑って聞き流してね。そのときね話の流れで、私が『奈央ちゃんがお嫁に来てくれたら嬉しい』って言ったら、すっごく真っ赤になってね!とても照れていたわ。でもね、話の最後には真剣な顔つきになっていたの。ああ、もう将太にとって、今だけじゃなく、これから先も、奈央ちゃんのはかけがえのない存在になってるんだなぁ、って思った。」
奈央は、急に出てきた『お嫁に来る』の言葉に不意を突かれつつも、顔は真っ赤だった。
「決して奈央ちゃんの将来を縛ろうとしてるわけじゃないのよ!気分を悪くしたならごめんなさいね!ただ知っておいて欲しかっただけなの、あの子が心から奈央ちゃんのことを想ってるってことを。」
奈央は単純に嬉しかった。将太が、将太の家族も、これから先の未来に、自分の存在ありきで考えていてくれてることが。
「おばさん、ありがとう。嬉しい!」そう言うのが精一杯だった。
将太母の言葉が、突破口への光になった。奈央はその日の帰り道、どんな伝え方がいいか、案を出しては削除、を繰り返しながら歩いた。将来を確約するには時期尚早。その上重い。重さを感じさせず『この先の未来、二人で一緒に生きていたい』と思っている…ということを、さぁどうやって伝えよう。それが上手く伝われば、竹中事件だろうが、なんだろうが、将太はポーン!と忘れ去ってしまうだろう。自信過剰ともとれないこともないが、この方法しかないと思った。奈央が伝えようとしていることは、奈央自身も、望んでいる未来なのだから。




