お願いと約束とご褒美と
その後の高校生活は穏やかに過ぎていった。あの裏庭事件は先輩方の威信に関わるのか、さほど広まらなかった。が、なぜか、将太の奈央愛が半端ない、という裏話は校内に少しづつ根付いていった。
「なんでだよっ⁉」将太は若干不服そうだが、奈央はどことなく嬉しそうに見えた。
季節は廻り、二人は大学受験に備え、切磋琢磨の日々を送っていた。ある日図書館からの帰り道、背中に夕焼けを浴びながら二人で歩いていると、
「奈央、大学合格したら一個願い事聞いてくれないか?」将太が切り出した。
高校受験のことを思い出しながら、奈央が聞き返した。
「何?頑張ったらご褒美第二弾のお願い事?」
将太が照れながら怒った。
「そんな言い方するなよ。」そっぽ向く将太の手を取って
「ちゃかした言い方してごめん。お願いって何?」奈央が聞いてきた。
手をつながれて機嫌がなおったのか、将太が続けた。
「一緒にばあちゃんちに行ってくれないか?」
「ばあちゃんて、ときどき話してた、電車で3時間くらいの田舎に住んでるおばあちゃん?」
「そう。そのばあちゃん。日帰りで行けるから。…どうしても奈央に会いたいって。連れてこないなら認めないってうるさくて。それに……、いや、なんでもない。そういうことだから、一緒に行ってくれないか?」少し照れている将太が可愛く思えて、奈央はフフッと笑いながら、
「そんなの、お願いじゃなくてお誘いじゃん!デートのね。」と言った。
将太は余計に赤くなった。
「遠出のデート、楽しみにしてる!」奈央はつないだ手にギュッと力を入れた。
「あ、妹ちゃんたちも連れてく?」奈央のことばに
「やめろよ!絶対にあいつらの前で言うなよ!せっかくのデートが散々な子守になるだろ⁉」将太が半分怒って、半分慌てている。
「”せっかくのデート”、だもんね!二人きりで行こうね。」奈央がにんまりしながら将太の顔をのぞきこんで言った。
「今日はもう口聞かねぇ。」横を向いた将太は耳まで真っ赤になっていた。
奈央は満面の笑みを浮かべて、将太の右腕を両手でギュッ抱きしめた。
「楽しみだね。もっと勉強がんばるね!」
ガタンゴトン、ガタンゴトン…
心地良い振動と、車窓から入ってくるほんのり冷たい風が気持ちいい。
右も左も、山と田んぼだ。
「贅沢な景色だなぁ」奈央が目をキラキラさせて外を見ている。
二人は無事それぞれの志望大学に合格した。将太は最後まで奈央と同じ大学をあきらめきれずにいたが、そこには希望する学科がなかった。
「何年後かには、自分で稼いで食べていかなきゃでしょ?進学しなくても、働ければそれでいいと思うの。でも大学に行くってことは、そこで学んだことを仕事にいかしたいってことでしょ?私はそう思ってあの大学を選んだの。将太も自分の希望にまっすぐでいて欲しい。」
奈央のことばを丸ごと受け入れることはできなかった。
『別々の大学に行ったとして、同じ県内だ。距離的な問題はない。だが、自分がいないところで、他の男がうじゃうじゃ奈央に寄ってくるだろう。奈央はかわいい。頭も顔もいい男が言いよってきたらどうする?奈央は…どうする?』そんな心配が渦巻いていた。
最終的な進路志望調査書を提出する前日、口数の少ない将太を例の公園に誘った。短い秋が終わりを告げようと、少し冷たい風で枯葉を転がしていた。太陽が沈む前の、薄いオレンジ色の世界がきれいだった。幸い誰もいなかった。そんなときは決まって二人で二つのブランコを占領する。
「決まった?」沈黙の中、先に口を開いたのは奈央だった。目的語がなくても、何のことか二人にはわかりきったことだった。将太は黙ったままだった。行きたい大学には奈央がいない。奈央がいる大学には行きたい学科がない。『子供か…』将太は顔を歪めた。彼女がいないからと、自分の望む学科を蹴ろうかと考える自分が、情けなくてしかたがなかった。本当は志望大学は早くに絞っていた。が、その後ちょっとした事件が、将太だけに起きたのだ。
三年になったある日、思いもよらない噂話が耳に入って来た。「え⁉将太知らなかったのか⁉ごめん!聞かなかったことにしてくれ!」平謝りする山田。だが聞いてしまった以上それは無理な話だ。大丈夫だからと友達をなだめて話を聞き出した。
それは入学してしばらくたってからのこと。奈央は、当時のクラスメイトだった竹中から交際を申し込まれたらしい。竹中といえば知らないやつはいない。成績優秀で性格良し、その上イケメン。誰にでも好かれるやつだ。そんなやつから告白されていたなんて、寝耳に水だった。
「まぁすでにお前たちが付き合ってることは、周知のことだったわけだし、彼女もあっさり断ったって。ただ竹中だってさ、そうなる可能性大ってわかってたはずじゃん?それでも突っ走ったってことだよな。ちょっとかっけーな、とは思ったよ。」
山田のことばに将太は居ても立っても居られなくなり、その日の帰り道、是が非でも奈央に真相を聞くつもりだった。ただ実際聞こうとした途端、『何を聞くんだ?』という声が頭の中に聞こえてきた。『「告白されたらしいな?なんて答えたんだ?なんで俺に言わなかったんだ?」……そんなことを聞くのか?何のために?自分のために?……俺、かっこわりー……。』
結局将太は聞けなかった。そして今まで以上に、勉強に力を入れるようになった。奈央が行く大学にも入れるだけの力を付けておくように。
周りにどう思われても、将太にとっては悩むのに十分な理由だったのだ。幼いころから、将太の目に女子として映るのは、奈央だけだった。『奈央の目にも、映る男は俺だけでいい。』我に返って、自分自身に『キモッ』と思おうが、自分自身にどんだけ引こうが、想いは変えられない。奈央を想う気持ちを糧に、今まで頑張れたことは山ほどあったが、今回ばかりは、奈央を想うが故の迷いだったのだ。
「あのね、将太……お願いがあるの。」返事を待っていた奈央だったが、ブランコの鎖を持つ手にギュッと力を入れたあと、少し小さい声で話を変えてきた。ようやく将太も奈央の方を向いた。
「頑張ったご褒美のお願い、第三弾?かな?」その言葉に将太が顔を赤らめる。将太に反撃の間を与えないまま奈央が続けた。
「あのね、もし、二人とも志望大学に合格したら、………大学卒業して、就職してからでいいからさ、何年か先でもいいからさ………いつか、将太のお嫁さんにしてくれない?」
ブランコから落ちそうになって、あわてて鎖にしがみつく将太を、真っ赤な顔でうつむいている奈央は見ることができなかった。
いつの間にか街灯がともり、夜が訪れようとしていた。
将太はあまりの嬉しすぎる衝撃に、言葉が一向に出てこなかった。そして奈央はあまりの沈黙に堪えかねて
「あの、ごめんね!急に!忘れていいから!」と泣きそうな顔で叫ぶように言ってきた。
瞬時に将太がブランコを降りた。そして地面に両膝をついて、奈央を抱きしめていた。将太が乗っていた方のブランコがキーキーーと音を立てて揺れていた。その音にも気付かないほど、お互いの心臓の音の方が大きかった。
「こうゆうのって、男からするんじゃねーの?」将太が公園に来て初めて口を開いた。
「そ、そんな決まりはないでしょ⁉ あ、でも違うからね!これはプロポーズとかじゃないの!」
プロポーズだ。
「私待ってるから。将太がプロポーズしてくれるの。だから、それまでの約束のお願いだよ。」
「約束のお願い?」将太が不思議そうに聞いてきた。
「私をお嫁さんにしてくれるって、約束してね!の、お願い。」
それはプロポーズなのでは…。
「二人とも合格したら、私へのご褒美はそれでお願い。」そう言って照れながら笑う奈央が可愛かった。
「それは、逆に俺へのご褒美だな。」将太は奈央を抱きしめる手に力を入れた。
お互いの温もりを心地よく感じながら、しばらくの間そうしていると、
「あーーー!ママ、あの人たち、またギューーーってしてるよ!」いつかの少年の声が聞こえてきた。
「……こういうときは?」あきらめた様子で母が少年に尋ねた。
「見て見ぬふり!」少年は右手をシャキッと上げて、元気よく答えた。
「そうよね、じゃあ帰ろうか。」母と少年は手を取って歩き始めた。
「今度は何の約束かなー?」
「そうねー、『僕のお嫁さんになって』の約束じゃないかな。」
母、鋭し。
「じゃあ、僕もカズマくんにお嫁さんになってって約束してこようかな!」
「なんでそうなるのっ⁉ダメよ!」
「えー、なんでダメなのー?」
将太と奈央は顔を見合わせて大笑いした。
涙が出るほど笑った後、手をつないで家路を急いだ。




