通う想い
薄暗い中に残っていた夕焼け色が、いつの間にか消えてしまっていた。明るさをなくした新鮮な夜の中、奈央はまだ公園にいた。
「ああ…もうあのとき、好きになってたんだ。」奈央はボソッと声に出していた。もしかしたら、それ以前からだったかもしれない…思い返すと、あのお守り事件?が分岐点なのだろう。
そして今日気付いてしまった。『他の女子が将太に触れるのは嫌だ』そう思っている自分に、気付いてしまったのだ。
さっきの裏庭での一連の騒動を思い出し、奈央は気恥ずかしくなってきた。
『私、何したっけ…。覗き見して、手の甲を拭いて、逃げてきた…』顔が完熟トマトのようになってきたころ、急に、夜がひときわ暗くなった。
見上げると、前に将太が立っていた。
「何かあると、必ずここだもんな。」優しく照れたような、でも悲しげな顔で将太が言った。
「どうして先に帰ったんだ?」
「………」奈央は言い訳の言葉をまだ準備していなかった。それどころか自分の気持ちを整理するのに精一杯だった。
言葉が出てこないのを紛らわすように、ただ座っていたブランコを小さく漕ぎ始めた。
「ごめん。」ようやく言えたのはこの一言。
「謝って欲しいわけじゃない。ただ訳を聞かせて欲しい。」夜の静けさに、将太の優しい声が染み込んで消えていく。
キー…キー…キー…ブランコの寂しそうな音だけが響いていた。
そのとき、ブランコの鎖を持っていた奈央の両手を、将太がギュッと握りしめ、揺れていたブランコを止めた。
「頼む。あのとき逃げた理由を…俺が聞きたいだけなんだ。」
見上げると、将太が泣きそうな顔で奈央を見下ろしていた。直視できずに奈央はうつむいた。
「俺、かっこ悪いのはわかってるんだ。」将太が続けた。
「彼女になってくれただけですっげー嬉しかったんだ。でも一緒にいるうちに欲が出てきた。奈央も俺と同じ気持ちであって欲しいって。……待つつもりではいたんだ。ゆっくり、俺のことを好きになってくれればいいって。それがさっきの奈央を見て、期待してしまった。もしあれが嫉妬してくれてるんだったら、…俺を好きだってことじゃないかって。」
暗がりに街灯の明かりだけが頼りだったが、それでも見てわかるくらいに、将太の顔は赤くなっていた。
奈央は心臓の音のうるささと、両手の甲から伝わってくる将太の熱が自分の中に入り込んで来ているようで、目をギュッと閉じた。生まれて初めての経験に頭は真っ白で、肩が震えていた。それに気付いた将太が、
「ごめん、急かすつもりはなかったのに…。追いつめてしまったな。今日はもう帰ろう。送ってく。」将太が手を離した。
入り込んできた空気がヒヤッとして、将太の熱が心地良かったことに奈央は気づいた。
背中を向けていた将太が振り返りながら
「明日は一緒に帰ってくれよ。もちろん朝も一緒に行こうな。」と優しい声で手を差し伸ばす。
『ああ、この手をずっと握っていたい。』そんな思いが頭をかすめた瞬間、将太に抱きついてしまっていた。頭より先に体が動いていた。
将太が勢いでよろけるのをなんとかもちこたえた。
「奈央⁉」将太は真っ赤な顔をして驚きながら、両手はどこに置いていいのかわからないといった具合に宙に浮いていた。
「好き。将太が好き。」将太の胸に顔をうずめたまま奈央が言った。
将太の目が呆然と固まったあと、宙ぶらりんだった両手がギュッと奈央を包んだ。
「ほんとに?ほんとに俺のこと好き?」そんな将太に、奈央はコクンとうなずいた。
将太は強く奈央を抱きしめた。お互いの温もりを確かめ合うように、二人はしばらくそのままだった。
「ねーママー、あの人たちギューッてして離れないよー。」の声を聞くまで。
突然の少年の声にようやく我に返り、パッと離れる二人。
公園入り口側の道路を母親と子供が家路を急いでいるようだった。
「シー!見て見ぬふり!見てないふりして!」母親が人差し指を自分の唇にあて、息子を制する。
「なんでー?僕見ちゃったよ?あの人たちどうしたの?」
「ずーっと一緒にいるよ、って約束してるんだよ。だから邪魔しちゃだめ。」
「そうなんだ!」じゃあ僕も明日カズマ君にギューッてしてくるね!」
「うっ……それは、なんか……違うわ。」
「えー!?なんでー??」
そんな会話を繰り返して親子が去ったあと、二人は顔を見合わせて「ブフッ!!」と笑った。ひとしきり笑った後、将太はまた奈央を抱きしめて言った。
「ずっと一緒にいような。」
「…うん!」奈央の目にはうっすら涙がたまっていた。




