隣国の事情
『なるほど、あの女性がセシアナ王女か。噂通りの人だったってことか。』ラーナはさっきのことを思い返していた。すると国王が、
「側近の話によると、どうやらすでに彼女と会ったようだな、ラーナ嬢よ。」と悲しい顔で言った。
「嫌な思いをさせてすまなかった。あのような性格でこちらとしても手をこまねいているのだ。ひいては国同士の平和のため、事を荒立てることもなるべくなら避けたいところなのだが…。」
『もう陛下のお耳に入っていたのか…。』ラーナは何とも言えずにうつむいた。
「こちらに来てからというもの、ずっとあの調子なのだ。レイノルズにやたら接触してくる。やんわり拒否しているようだが、彼女は気にも留めずにあの繰り返しだ。それを見たメルリーナが注意するも、まったく聞き入れないのだ。」
『メルリーナ様はまっすぐなお方だ。目に余るものがあるならば、きっと注意を促すだろう。そしてレイルの姉君というお立場の方に、行動を指摘されても改めない…。危険な人かもしれない…。』
「陛下、質問してもよろしいでしょうか。セシアナ王女殿下はいつまでこのグリナリア王国に滞在されるのですか?」ラーナの言葉に、国王は目を閉じてため息をついて言った。
「それが、王女の留学を受け入れてもよいが、いつまで滞在希望かを尋ねたのだが…。それに答えぬまま、王女を送り込んできたのだ。」
「!?」
これにはラーナも、さすがのカイリも驚いたようだった。
「それは…どういう……」ラーナも考えがまとまらず、言葉にならない。
「うむ……これはあくまで私の推測で、他言無用だ。おそらくラジニア国王も彼女を厄介払いしたがっているのやもしれぬ。」
『……自分の娘を?……』ラーナは黙って聞いていた。
「素行の悪さは、以前よりあちこちから耳にしていたのだ。そのためだろうが、国内外のどちらからも縁談の話が来ないらしい。ラジニア国王は悪いお方ではない。かといって強くもないのだ。自分のそばで、このまま王女が結婚もせず、王城内で横暴な振る舞いをし続ければ、貴族からの反感を買うのは必至だ。現にそういう状況に追い込まれつつあると聞いた。そこでだ、ここグリナリア王国に押し付けることにしたのだろう。こちらには適齢期のレイノルズもいる。あちらと違ってこの国は一夫一妻制だが、例外もある。そこを狙って、そのまま王女をこちらの人間にしたいのだろう。思惑通り、レイノルズと婚姻関係を結ぶことができれば、あちらの国としても、王女を正当な理由で追い出すことができる。さらに、ここグリナリア王国と血縁関係ができたということで、後ろ盾もでき一石二鳥なのだ。」
国王の話をひと通り聞いた後、ラーナは寒気を感じた。
血のつながり、人のつながり、王家の平穏、保身、略奪婚……、何が正しくて、誰の思いが尊重されるべきか……。人とは、こういうものなのか…。
頭の中は混乱を極めていた。
「そこで心配なのが、そなたのことなのだ。」国王が深刻そうに言った。
「彼女のことだ、下手をすればそなたの命を狙いかねないと、私は危惧している。」
『そこまでなの!?』ラーナの額には汗がにじんできていた。カイリからも、ただならぬ殺気のような気配が感じられる。
「先ほども言った”例外”だが、我が国では皇太子妃、もしくは王妃に世継ぎが見込めない場合、またその命が失われた場合には、側室を迎えることが認められている。……最悪の場合、王女がそこまで見越していることも考えられるのだ。」
広間がシーンと静まりかえった。
父マシュリと兄フィルは、怒りでフルフルと震えているのがわかる。ラーナの心臓も音を立てて鳴っていた。
「そこでだ、ラーナ嬢に専属の騎士を二名つけることにした。我が国騎士団、副団長のケビンとその部下ノーランだ。」国王の言葉に、ラーナがたじろいた。
「副団長…ですか?副団長様にもこの国を守るという大変な任務がおありです。私なぞの専属になど…」ラーナの言葉を国王が遮った。
「そなたはこのグリナリア王国皇太子妃になる人間なのだ。ひいてはこの国の王妃だ。そなたに危害を加えるということは、この国に戦争をしかけるのと同意だ。それを未然に防ぐためにも、なるべく強固な力で用心しなければならないのだ。それを考えればケビンが妥当と言えよう。」
『ケビンには剣術の訓練時代に、かなりお世話になっている。だからこそ彼の強さも知っている。私の護衛などしていて良い人ではないと思うのだが…。』ラーナがためらっていることを無視して、国王が続けた。
「カイリには引き続きラーナ嬢の側近を任せたい。よいな?」
「はっ!必ずやラーナ様をお守り致します。」カイリが頭を下げた。
ようやくルオナ村から帰ってきたというのに、帰ってきたその日に、命の危険が迫っていることを知り。ラーナは今にも倒れてしまいそうなのを必死で耐えていた。




