歓談会
ルオナ村にきて、まもなく2か月が過ぎようとしていた。
「そろそろ王宮に戻らねばなりません。村の者に頼んで、定期的に報告は届けていましたが…。当初の予定期間を越えて滞在しているので、王宮からの使いがこちらに来ないとも限りません。」カイリの言葉を聞いて、ラーナは焦った。
『そ、それはまずいわ!そもそもラビアの町に滞在することにしていたし、テスたちとは離れたまんまだし…』
焦ったラーナは、手に持っていたおやつの焼き菓子を、お茶の中に落とすところだった。
そばにいたリアが悲しそうに言ってきた。
「お言葉ですが、村の者はまだラーナ様に、あまりお目にかかっておりません。私たちも、急にラーナ様がおられなくなると……っ、」最後は涙目になって、言葉につまっていた。それを聞いたラーナも、もらい泣きしそうになっている。
『そうだよね。滞在してた割には、治療したり寝込んでいたりと、村の人たちと触れ合う時間はほとんどなかったもんね。』ラーナはカイリを見て言った。
「しばしのお別れパーティ…なんてどうかな?」
カイリがすごく嫌そうな顔をしてラーナを見た。
「なんですか、それは?そもそも村人全員が入れる会場など、この村にはありません。」
「外はどうかしら?」ラーナのさらなる質問に、カイリはこめかみをピクピクさせて言ってきた。
「何か起こったらどうするおつもりですか?」言葉は静かだが、ふつふつと何かがこみ上げているのは見て取れた。
翌日、なんだかんだでちょっとしたパーティが開かれた。村の広場で食事を持ち寄り、聖女様を囲んで歓談会ということになった。といってもカイリから、いろいろと制限はつけられた。
一、夜は絶対にダメ、ということでランチライムに開催。
二、ラーナは頭からマントを被る。
「それじゃあ誰が聖女様かわからないじゃないか。」というハザンの意見に、カイリは鋭い眼光を飛ばして対処した。
「お前がここで口を出せることは何もない。」これにはハザンどころか、周りの者全員、口をきけなくなった。そこをサラが頑張って、
「お、お言葉ですが、ラーナ様お一人マントを被られていれば、逆に目立ってしまうのではないでしょうか?」とフォローしてきた。
『なるほど!確かにそうだ。サラ、ナイス!』
「では…全員マントを被れ。」カイリが言った。
『えーーーーー!?』
そして皆、遠い沖合まで引いていった…かのように静かになった。
ということでなんと、今日は仮装パーティーならぬ、マントパーティーだ。みんなフード付きのマントを被ってもぞもぞ動いているので、なんだかおかしさが込み上げる。
ラーナのそばにはカイリが座り、少し離れて護衛が二人、その他の特殊部隊が交代で森の巡回となった。交代制なのは、“自分たちもラーナ様にお会いしたい“という希望からそうなったそうだ。
村人たちが代わる代わるラーナに話しかけてきて、感謝や喜びを伝えてくれる。ラーナはできるだけ村人の顔を覚えておこうと必死だった。
宴もたけなわとなり、そろそろ面談のような村人たちとの対話が終わるかと思った頃、また一人ラーナの前にやってきた。女性のようだ。その女性は跪いてフードをとった。
「失礼致します。ラーナ様、目が覚めてからは、お初にお目にかかります。この度は私の命を救って下さったこと、心より感謝申し上げます。いただいたこの命を大事に、これからの人生をラーナ様のために歩んでいく所存でございます。」そう言ったのは、ミリーネだった。
どちらかというと朱色に近い茶色の髪に、同じように明るい茶色の瞳、メルリーナを思わせるところがあった。
「ミリーネ!?もう起きて平気なの!?」ラーナは驚きと嬉しさで目を丸くして聞いた。フードをかぶりなおし、ミリーネが深く頭を下げて言った。
「ラーナ様のお力で、このように出歩けるようになりました。まだ注意が必要ですが、焦らず体を鍛えていこうと思っております。あの…私の治療のせいで、ラーナ様が大変危険な目にあわれたと聞きました。私、意識がなかったとはいえ、申し訳ございませんでした!」ラーナは突然の謝罪に驚き、慌てふためいた。
「あ、頭をあげて、ミリーネ!私はこうして無事だったんだし、あなたも元気になれたのだから、何も問題ないわ。それにあなたの治療は、私の意思でやったことなの。だから気にしないでね。」ラーナの言葉にミリーネは涙を浮かべていた。
「あ、それと大事なこと!ミリーネのこれからの人生は、私のためじゃない、あなた自身のためにあるのよ!あなたが幸せになるためにあるの!そのために、これからも命を大事にしていってね。」
「ラーナ様…」ミリーネは涙が止まらなくなっていた。そこにハザンがやってきて、彼女の肩を優しく抱いた。そしてラーナに瓶を一本差し出した。
「これ、ラーナ様に!村でできた酒の中で一番いい出来のやつです。ぜひ飲んでみてください。」
受け取って見てみると、ワインのような色に見えた。
「この村に自生している紫色の木の実で作ったものです。少し甘くなっていますので、飲み過ぎには注意してください。」とカイリがコップに注いでくれた。飲んでみると、香りも色も味も、ワインのようだった。
「おいしい!」ラーナが言うと、ハザンが、
「でしょ!?ラーナ様に飲んでもらえるなんて、夢のようです!そしてこうやってラーナ様と、ミリーネと、村のみんなと一緒に楽しく過ごせる時間がくるなんて…ほんと…夢のようです!」と泣きながら言った。すると、村人たちが聞いていたのか、一斉に、
「ラーナ様、ありがとうございます!」
「ラーナ様にお会いできたことが宝です!」
「ラーナ様、いつでもルオナ村にお越しくださいね!」と、たくさんの温かい言葉をかけてくれた。
ラーナの瞳から、嬉し涙がポロポロこぼれ落ちた。
「みんな、ありがとう!カイリ、嬉しいから、もう一杯だけちょうだい!」とワインのおかわりをもらった。それを二、三回繰り返したところで、眠気が来た。フラフラするラーナを見て、カイリが、はぁ…とため息をついた。
「先ほど注意申し上げたはずですが…」と、ワインの入ったコップを取り上げた。ラーナは、
「ん?なんで?大丈夫だよ。」と、トロンとした目でカイリを見た。すぐにカイリはラーナを抱き上げて、
「ハザン、ミリーネ、先にラーナ様を休ませてくる。あとは頼んだぞ。」と言うと、足早に去っていった。ハザンとミリーネが、心配そうな、苦しそうな顔をして、去っていく二人を見送っていた。それに気が付いたカイリだったが、そんなことはどうでもよかった。
酔いが回って、甘い目つきで見てくるラーナの表情を、誰にも見せたくなかっただけなのだ。
部屋についてベッドにラーナを休ませ、月の薬草茶の準備をした。
「さぁ、お茶をどうぞ。」そう言ってカイリはカップを渡した。ラーナは素直にコクコク飲んでいた。
「聖女という立場上、今後お酒は少し控えて下さいね。」カイリはラーナからカップを受け取り、おかわりを注いだ。
「少し飲んだだけで、私酔ってるわけじゃないよ。」とラーナは言うが、見る限り酔っていた。
「もう一杯お茶を飲んだら、今日はお休みください。明日からは王宮へと、また長旅が始まります。ゆっくり眠って下さい。」
「んー…、わかった。」わかっていないようにラーナは返事をして、おかわりのお茶を飲み干して横になった。そしてカイリを見ながら、
「カイリお兄様との長かった旅路も、ようやく終わるのね…」と言って、スゥーっと寝息を立てはじめた。カイリの目は、灰色の空のように曇り、しばらくそのままラーナを見つめていた。
「……あなたを独り占めできるのは、もうこれが最後なんですね……。」そういうと、ラーナの頬に手をあてた。
「ラーナ様、約束を破って申し訳ございません。これを最後にさせてください。」そう言うと、前回よりも、ラーナの唇に近いところに、自分の唇を押し当てた。




